第67話

 松尾を引き付ける吉沢は、マシンガンを構え、トリガーを引き続ける。


「化け物め!! クソッ、……来るな!! 倒れろ!! 倒れろ!!

 ッッ……何で、……何で倒れないのよぉ!?」


 松尾の頭は不規則に前後左右に大きく揺れ、的が絞り込めない。

腹部を狙って撃つも致命打にはならないから、松尾との距離は縮まり続ける。


 統也は備品庫に舞い戻り、田島の息を確認しながらストレッチャーを動かす。


「田島、生きてるな!? ここを脱出するから、もう暫く我慢しろ!」


 松尾は吉沢のもう1歩にまで迫っている。


「吉沢サン!!」


 統也と合流すると、吉沢は素早く体を翻し、裏口から外へ。

開放された裏口ドアから、統也はストレッチャーと共に屋外へと脱出。

吉沢はドアを蹴りつけて閉ざし、統也を誘導する。


「このまま正門を目指しましょう!」

「はい!」


 裏口ドアが松尾の足止めをしている間に距離を取りたい。

然し、グラウンドの芝生がストレッチャーのキャスターに絡み、進行を妨げる。

推しては引いてを繰り返している間に、松尾は裏口のドアをブチ破り、陽の光の中に姿を晒す。

強襲は終わらない。



「来たかッ、化け物め! 私がここで仕留めてやる!!」



 吉沢は更に銃弾を装填。松尾の全身を無数に撃ち貫く。


「くたばれぇえぇえぇえぇ!!」


 着弾の威力に松尾は伸ばしていた両手をダラリと下げ、魚の様に口を開けては閉めてを繰り返す。足は1歩1歩と後退。後ひと押しだ。

だが、次の瞬間、松尾は胴間声を上げる。



「ウ、オォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォ!!」


「「!?」」



 松尾に一体何が起こったのか、何処からそんな大きな声が出るのか、まるでサイレン。

そして、周囲の木々がざわめく。

颯々と何かが近づいて来る感覚を全方位から感じ取ると同時、2人を取り巻く景色は一変する。



「な、何が起こったんだ!?」



 風に木々が揺れていただけでは無い。

死者の群れがバリケードを越え、木々を掻き分け、隊列を聞かせていたのだ。

先程までは見えなかった、規格外とも言える死者の軍勢が集結しようとしている。

吉沢は余りの蕩恐にトリガーを引く事も出来ず震え上がる。



「まさかコイツが、呼び寄せたの……?」



 松尾は叫び続ける。

それに呼応する様に、現れた死者達も唸り声を上げる。


「ウォオォオォオォオォオォ!!」

「アァアァアァアァアァアァ!!」

「グゥアゥアァアァアァアァ!!」


 死者の遠吠えが空気を振動。


(バカな……コイツらに意思疎通は出来ないんじゃなかったのか……?

 これが【例外】の持つ力だって言うのか!?)


 動揺を隠せない。否、

統也達に理解する頭は無くとも、死者達に完全包囲される前に この混迷を突破する事が先決だ。


「これじゃ脱出は無理よ! 水原君っ、車庫へ! 車庫へ逃げましょう!」

「は、はい!」


 ストレッチャーを押す統也を吉沢1人の援護で守りきるのは難しい。

明哲保身である為には、1度、態勢を立て直す必要がある。

2人は正門を諦め、最も近い位置にある車庫へと走る。



*



 恐ろしく野太い声が、駐屯地敷地内から海鳴りの様に響き渡る。


「な、何だ、この声は!?」

「ひ、人の声みたいですけど……でも、違う……化け物の……」


 死者の声。

頭の中では答えが弾き出されているのだが、それを口にするのは恐ろしい。

日夏が肩息を続ける中、由月は窓の外を見る。



「彼等が動き出したわ」



 道の前後左右から、死者達が姿を現す。

これ以上 数が増える様であれば、この集団に車を転がされかねない。

今の内なら加速で逃げる事も出来るだろう。岩屋はギアに手をかける。

だが、アクセルを踏む事が出来ない。


「ッッ……統也のヤツは、何やってんだよッ、」


 ここを離れてしまえば、統也達を見捨てる事になる。

これ迄の岩屋であれば考える間も無く逃げる選択しただろうが、今は迫り来る危険と仲間意識、この2つに心が揺れる。


 由月は腰を上げる。


「私が彼等を引きつけます。

 その間にジープから彼女を保護して、安全な所に退避してください」

「由月サン、な、なに言ってるんですかっ」

「そうだぞ! アンタ、頭イカレたか!?」

「もうとっくにイカレているわ。頼んだわよ?」

「由月サン!!」


 由月は車を飛び降りるとジープの窓を叩き、膝を抱えて怯える仁美にジェスチャーで合図。

岩屋の車に戻るよう指示すると、そのまま先頭に停まるセミトラックに乗り込む。


「オイ、あの人、車運転できたか!?」

「ぃ、いいえっ、免許無いって言ってました!」


 由月はセミトラックの運転席で暫し手を泳がせる。

この方一度もハンドルを握った事が無い。然し、見よう見真似だ。

シートベルトで体を固定し、刺さった儘のキーを捻るとエンジンがかかる。

発進させるにはどうすれば良いのか、人差し指でこめかみをトントントンと叩き、これまで見て来た記憶を手繰り寄せる。

確か、サイドブレーキと呼ばれる左のレバーを後ろへ引いていた様な気がする。

次に、ギアを握り締めてドライブへ。



「進め!」



 加減無用でアクセルを踏みつければ、エンジンは唸り、タイヤがゴロゴロ……っと転がる。

両手で握るハンドルは重たく左右に震え、それでもアクセルは全開の儘、駐屯地の正門に向けてセミトラックを走らせる。


「バカヤロ!! 突っ込むぞ!!」

「由月サン!!」


 2人が車中で叫ぶと同時、セミトラックは正門に激突。



 ――ガツン!!

 ガシャンガシャンガシャン!!



 バリケードは正門と共に薙ぎ倒され、車体の下に挟まり、摩擦に火花を上げながら引き摺られる。



 ガガガガガガガガガ……!!

 ドォン!!



 車体は轟音を上げて横転。

タイヤは用も成さずに回転を続け、煙が上がる。

この衝撃に死者達の耳は一気に引きつけられ、足は迷う事無くセミトラックへ。

仁美はジープから転がり降りると、騒動を振り返りながら岩屋の車に逃げ戻る。


「ねぇッ、何あれ!? どうゆうコト!? あんなんじゃ、大川サンはっ、」

「うるせぇ!! ドア閉めて、とっとと座れ!!」


 まさか自分を助ける為に、あんな暴挙を働いたとは思いたくは無い。

仁美は岩屋に一喝されると押し黙り、崩れる様にシートに凭れかかる。


「どうすんだよ!? 大川サンは今の内に逃げろって言った!

 その時間稼ぎにあんなバカな事をしやがった!! お前らは どうしたいんだよ!!」

「そ、そんなの、どうしたいか何て……私達に何が出来るっての!?」

「出来る事なんか誰も聞いてねぇよ!! どうしたいかって聞いてんだよ!!」

「うぅぅ、っっ、由月サン、由月サン……嫌だっ、僕はこんなの嫌だぁあぁあぁっ、」

「あぁそうかよ! 口だけで、泣くだけで、そんなら俺の勝手にさせて貰うからな!!

 後で文句言うんじゃねぇぞ!!」


 岩屋はアクセルを踏む。



「どうせ死ぬなら、全員助けに行って死んでやる!!」



 この地上で生きる事の難しさは、とっくに理解している。

ならば、どっち道死ぬとして、死に方くらいは自分で決めたい。

最後くらいはヒーローになりたい。岩屋は車を走らせる。

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