第66話

 浜崎が発砲すると同時、統也と吉沢は二手に分かれる。

浜崎が2人の間に立って援護している間に、統也は田島を見つけなくてはならない。


(緒方サンは田島を医務室の隣の部屋に移動させたと言っていた!

 それなら、この備品庫だろう!)


 備品庫のドアは開け放たれた儘だ。

統也は全力疾走で滑り込み、ライフルを構える。



「田島!!」



 フロントサイトを室内の中央に合わせれば、その的の中心には男の背が見える。

統也は息を飲み、銃口を下げる。


「緒方、サン……」


 広く大きな背中に蟹股足。何処か愛嬌のある その体格を見間違う事は無い。

緒方はのっそり……と振り返る。


(そっか……)


「緒方サン、逃げ切れなかったんですね……

 アナタの事だから、要領よく隠れられたんじゃないかって、期待してたのに……」


 緒方の腹は素手で穿られた穴が開き、臓器がだらしなく垂れ下がっている。

全身血まみれだ。生存者を食い散らかした残飯が、口の端に付いている。

そんな姿でノソノソと統也に歩み寄る。


「ごめん、緒方サン……俺、また間に合わなかった……

 でも、酷いじゃないですか……田島を殺しに来る何て……食べる何て……

 俺の……友達を!!」


 銃口を上げ、緒方の額を撃ち抜く。



 ズダダダダン!!



 緒方の頭は銃弾に吹っ飛び、仰向けになってグシャリと倒れる。


「田島!!」


 統也はストレッチャーに駆け寄り、横たわる田島の肩を掴む。


「田島っ?」


 点滴も心電図も取り払われてはいるが、僅かに浅く、呼吸が繰り返されている。



(生きてる!!)


「良か、った……間に合った……田島……バカヤロ、心配させやがってっ、」



 膝をつき、安堵に涙が溢れ出す。

だが、感動の再会を果すにはまだ早い。統也は鼻を啜り、立ち上がる。


「田島、ここで待ってろ。全部片付けたら、もう1度迎えに来るから!」


 統也は備品庫を出るとドアを閉め、応戦中の浜崎に合流する。


「田島君は!?」

「無事です!」

「良し! 吉沢も車庫の鍵を手に入れた!

 これより生存者確認を行う! 食堂へ向かうぞ!」

「はい!」


 隊舎内に響き渡る無数の銃声。

これだけの騒ぎを起こせば、屋内に隠れている生存者も気づくだろう。

食堂の扉は開け放たれた儘、中には破壊されたバリケードが横倒しになっている。

襲い来る死者達は、ここで餌食となった避難者だ。

見知った顔がボロ切れの様な体で飽く事無く襲いかかる。


(木村サン、荒居サン、堀サン、奥井サン……皆、皆、ごめん!!)


 3人はトリガーを引き続ける。

死者の頭を撃ち抜くのは簡単な事だが、1発を弾き出す指先が重くて堪らない。



「水原君、後ろ!!」


「!」



 背後に迫る死者の追撃。

統也は銃身を握り、振り向き様に死者の頭部を殴りつける。



 ガツン!!



(母サン……)



『彼等はまだ死んでいないわ』



(分かってる……全部、分かってる……)



 ギリギリと奥歯を噛み締め、再びトリガーを引く。



「全部 解かって殺ってるんだよ、俺は!!」



(罪は、重なるばかりだ。

 でも、殺らなきゃ殺られる。殺られたら大事な人達を守れない。

 でも、殺したくない。誰も、誰も、誰も。でも、守れなくなるくらいなら……)



「殺す!!」



 室内に立ち込める硝煙。飛び散る薬莢。そんな感覚には既に慣れ親しんだ。

右も左も、上も下も分からない。

ただ、腹を空かせてやって来る死者達を体が勝手に撃ち負かす。



(守る為なら、発狂者にだって俺はなる!!)



 暫く後に、銃声は静まる。

躯に還った遺体を数えれば、ここに残った人数が きっちり揃う。

誰一人、逃げられなかった現実を突きつけられる。

竜巻が過ぎ去った後の様な無残さに、3人の虚脱感は言い知れない。


 統也は目を細める。



「松尾将補がいない」



 【例外】である松尾の姿を、未だ確認していない。

この騒ぎでも出て来ないとなると、既にこの場を離れたのか、雖も、断定するには性急だ。

【例外】である以上、知能の程を軽視する事は出来ない。

吉沢はゴクリと喉を鳴らすと、上に続く階段を見やる。


「屋上ともに、2階・3階の確認が手つかずです」

「ああ。だが、残弾も僅かだ。万一に備え、武器庫で装備を整えよう」


 松尾の存在が、今後どれ程の脅威になるか知れない以上、見逃しておく事は出来ない。

速足で武器庫へ向かえば、ドアは開放された儘だ。

室内の雑然とした様子に待機していた隊員達の慌てた様子が想像できる。


「俺が部屋の外を警戒している。装填は2人に任せたぞ」


 浜崎の指示通り、統也と吉沢は手早く銃弾を漁る。

弾帯を肩にかけ、箱に詰まった弾と弾倉をポケットに捻じ込み、吉沢は統也にハンドガンを差し出す。


「アサルトライフル一丁じゃ不安でしょう? このハンドガンは9発撃てるわ。

 フルオートだから引き金を引いている間は弾が出続ける。上手く使って。

 それから、サブマシンガン。使い方は、説明しなくても分かりそうね?」

「はい、多分」


 映画に出て来るアクショクンヒーローさながらの装備。

ここまで揃えると結構な重量だ。


「浜崎サンも、マシンガンを………」


 吉沢は浜崎を振り返ると同時、息を飲む。

そして、吉沢の顔が見る間に青くなるから、統也は慌てて踵を返す。



 ゴキ……ドサ……



 浜崎の体はズルズル……と壁を滑り、床に伏せる。


「浜、崎、サン……?」


 浜崎の代わりに立っているのは、大男。吉沢の声が震える。



「松尾、将補……」


「ガァアァアァアァアァアァ……」



【例外】の登場だ。

2人が身構える間も無く松尾は室内に侵入し、大きな手を振り上げる。


(早い!)



 ガシャン!!



「ッッ!!」


 2人は背を屈め、寸での所で松尾の平手打ちを回避。

松尾の手は棚に命中。銃器の類はヘシ曲がり、室内に激しく飛び散る。



「吉沢サン! 一旦引きましょう!」

「了解! ロビーまで一気に走るわよ!!」


 小狭い武器庫で銃器を使っては、流れ弾で仲間を傷つけかねない。

まるで空気中を泳ぐ様に両手を振り回す松尾の追撃を、2人は床を転がってかわす。

武器庫を飛び出す先に倒れる浜崎の瞼は ピクリピクリと細かく動いている。

上半身と下半身が奇妙な角度に曲がっているが、息はある。

統也は武器庫のドアを体当たりで閉ざすと、開かないように背中で押さえる。


「吉沢サン! 今の内に浜崎サンを!!」

「解かった!」


 吉沢が抱え起こそうとすると、浜崎は僅かに首を横に振る。


「だ、駄目、だ……よ、し、ざわ……水原君と、逃げ……ろ……」

「そんな事できません! 浜崎サン、確りしてください!」

「吉沢サン、早く! ドアが破られる!」

「私が背負いますからっ、」

「……頼む、吉、沢……」

「で、でも……」


 ドアに向かって松尾がタックルを繰り返している。

何れは統也ごと吹き飛ばす勢いだ。



「早く、行け……吉、沢……お前が、守る、ん、だ……」


「!」



 浜崎の虫の息に吉沢は立ち上がり、統也の腕を取る。


「水原君っ、行くわよ!」

「なっ、」

「来なさい!!」


 吉沢は強引に統也の腕を引き、駆け出す。


「浜崎サ……浜崎サン!!」


 ロビーへ一直線。

走る1歩に合わせ、浜崎の姿が小さくなっていく。


「ここを離脱する! 田島君を連れて来て!!」

「浜崎サンはどうするんですか!?」

「浜崎サンの意志を無駄にする事は、この私が許さない!!

 アイツは私がここで食い止めるから、早くしなさい!!」

「ッ、」


 武器庫のドアを押し破り、松尾は廊下に姿を現す。

他の死者に比べ、力強い足並みだ。

統也は浜崎への思いを振り払う様に備品庫へと走る。


「直ぐ戻ります!!」

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