第65話 理性と正気。

 13時。

Y市自衛隊駐屯地の正門が見える位置に車は停車される。

周辺に死者の姿は無い。



「着いたぞ……」



 岩屋の言葉に一同は顔を上げる。

だいぶ長い事、車に揺られていた様な気がするのだが、到着してしまえばアッと言う間。

永遠に到着しなければ良かったのにと、何処から兎も無く嘆きが聞こえて来そうだ。


 前の車両から浜崎と吉沢が降りる。

2人の表情に浮かぶのは、恐怖を押し殺す闘志。

駐屯地には生存者が1人でも残っていると信じ、隊舎内に突入する段取りを話し合う。


「連絡が入ってから4時間が経過している。生存者は……絶望的かも知れない」

「はい。分かっています、けれど……」

「生存者がいないと断言は出来ない。吉沢、お前は自分が生き延びる為の選択をしろ。

 逃げる事も必要な判断だ。俺に着いて来る必要は無い」

「ゎ、私はッ……生き延びる為、自衛隊員として生きる決意をしています!

 せ、生存者の有無が確認できない以上っ、て、撤退は、出来ません!!

 それに……同胞に、これ以上……生存者を襲って欲しくありません」


 内部には同志の蘇えりが徘徊している。

今一度、仲間に銃口を向けなくてはならないこの局面、吉沢の震えは止まらない。

然し、仲間だからこそ立ち向かわなくてはならないと感じている。



「俺も行きます」


「水原君」



 これまで以上に危険と見做される現場に、統也が現れるとは思いもしない。


「中は危険だ。民間人のキミを連れて行く事は出来ない」

「友達が待ってるんです。

 俺が行ってやらなきゃ、アイツはずっと1人でいなきゃならないから……」


 統也はライフルを握る手に力を込める。



(田島を迎えに行ってやるまでは終われない。そうでなきゃ、死ねない……)



 統也の強い決心は、その眼から感じ取れる。ならば、これ以上 拒む理由は無い。

浜崎と吉沢は頷き、3人の足は隊舎へと向けられる。


 車中では4人が言葉ない時間を送っている。

それは、今回がこれ迄で最も危険である事が肌で感じ取れるからだろう。

隊舎内には避難者を含め、40人近い死者が蠢くだけで無く、【例外】の存在がある。

待機していた隊員の誰もが返り討ちにされたのだから、たった3人で太刀打ちできる相手とは思えない。


 統也は下車する際に、『皆はここで待機していてください』と、いつも通りの言葉をかけたが、誰にも目を合わせる事はしなかった。

それが、決意を揺るがせない為の小策である事は解かり切っている。

死を覚悟する統也を見るのは、岩屋と日夏にはC市の中心部以来になるだろう。


 岩屋はハンドルに凭れ、3人の背を見送れずにいる。

日夏は緒方の電話以来、泣き通している。仁美は膝を抱え、再三再四の溜息を零す。

由月は目を伏せ、ただ一点を見つめる。その面持ちは、あらゆる可能性を考察するもの。

生き延びる為の手立てを休み無く考え続けている。


「なぁ……どうすりゃ良いんだよ、俺らは……」


 ここに残り、これまで通り3人を待つべきなのか、そう言い含めた岩屋の問いが何を言わんとするのか、考える迄も無い。

仁美は顔を上げ、敢えて険しい表情で問い返す。


「どうって? 何が?」

「何って、何だよ……」

「どうすればイイか何て、そんなのこっちが聞きたいっての! ホント、もぉ最悪ッ」


 話し合う余地も無し。

『そんなの自分で考えろ!』と言い含めて仁美が岩屋の問いを突っ撥ねれば、危険に対する焦りと、溜まり溜まった怒りが爆発する。


「あぁ、もう……何なんだよ、お前!?

 何がって何だよ、そのどうでも良さそうな言い草はよぉ!

 ただ くっ着いて来るだけで何もしねぇで、都合が悪くなりゃ黙りやがって、

 言い逃げばっかじゃねぇか! 自分で何かしようって、少しは動けよ!

 足手纏いのクセに、場所だけ取ってんじゃねぇよ!」

「はぁ!? そんな事 言われる筋合い無いんですけど!?

 そっちだって運転してるだけで、何でもかんでも統也クンにやらせて、

 肝心な時んなって人に判断押し付けてさ!」

「押し付けて何かねぇだろ! 運転してるだけって、お前はそれすらしてねぇだろ!」

「免許持って無いんだよ! 男のクセにつまンねぇ事 言ってんじゃねぇよ!」

「何だと!? もう我慢できねぇッ……降りろ! とっとと降りろ!」

「ッ、」


 こうまで言われては、仁美が岩屋の車に留まる事は出来ない。

シートを跨ぎ、日夏を押し退けて車を飛び降りる。


「へ、平家サンっ、」


 日夏の制止を無視し、叩きつける様にドアを閉めると、仁美はジープの後部座席に身を隠す。

結局、2人の言い争いすら傍観に留まってしまった日夏は、怖ず怖ずと岩屋を見やる。


「ぃ、岩屋サン、マズイですよ、危ないと思います……

 何かあったら、平家サン、運転できないのに……」

「知るかよ! 少しは自分の立場を分かった方が良いんだ! ああゆうのは!」


 完全決裂。



*



 一方、統也・浜崎・吉沢の3人は、正門のバリケードを攀じ登り、敷地内に降り立つ。

左右を見回すも死者の姿が無い所を見ると、日差しを避けて隊舎内に留まっているのだろう。

浜崎は長息を吐く。


「そう言えば、水原君は我々より敵との接触は多く経験していたんだったかな?」

「移動していましたから、その都度は」

「大したもんだよ。今更だが、キミならどうする?」


 統也は隊舎の正面玄関と、その並びに位置する食堂の窓を見やる。


(出入り口は締め切ったまま……窓のバリケードも外されて無い。

 皆、脱出に間に合わなかったのか……いや、裏口があるじゃないか、

 車庫に向かう最短距離を選んだのかも知れない!)


「車庫に避難できた人がいるかも知れないから、グラウンドを経由して確認、

 それから、1番近い裏口から隊舎内に侵入します。

 どうせ大腕振って歩いてるのはヤツらぐらいでしょうから、派手に撃ってやりますよ」

「名案だな。吉沢、そのプランで行くぞ」

「はい!」


 生存者の存在を信じるからこその判断。

3人は背を低く走り、建物や花壇の角々で立ち止まっては進行方向を確認。

グラウンドに踏み込むと、車庫を左斜め前方に捉える。


「グラウンド、クリア。蘇えりの姿はありません」

「車庫のシャッターは閉まったままだな。誰も車両を使ってはいないと言う事か」


 車庫に駆け寄って対人用ドアに声をかけてみるが応答は無く、人が籠城している様子は無い。


「やっぱり、まだ隊舎に……」

「隊舎に突入したら、私が車庫の鍵を取ってきます」

「良し。2人の援護は俺に任せろ。水原君、キミは医務室を見て来るんだ」

「え?」


 統也が聞き返すと、浜崎は一笑する。


「田島君を迎えに行くんだろ? 早く行ってやらないとな」

「は、はいっ、ありがとうございますっ、」


 統也は浜崎達と共に裏口から隊舎に突入。早速、死者達の出迎えだ。


「ガァアァアァアァ!!」

「アァアァアァアァ!!」


 仲間達とこんな形で再会を果たさなければならない事に、浜崎と吉沢は忍苦を隠せない。

フラフラ……ヨロヨロ……と2足歩行はたどたどしくも、死者となった者達は、生きた獲物を見つけるなり無心に手を伸ばす。


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