第55話

 あれからどれくらいの時間が経ったか知れないが、統也が目覚めたのは夕闇が近い頃。

気怠そうに目を開ける統也を、仁美が覗き込む。


「統也クン、起きた?」

「ここは……」

「丁度良かったよ、今ガソリンスタンドに着いたトコ。

 今日中にN県入りするのは無理だからって、今日はここで朝まで休むんだって」

「そう、ですか……中は?」

「大丈夫。自衛隊の人達が片付けてくれたから」


 ヒーローだの英雄だのと誉めそやされての このザマだから情けない。

然し、元々そんな資質が無い事は、統也が1番良く解かっているからジレンマも無し。

体を引き摺る様に車を降り、大きく深呼吸。


 セミトラックの荷台には、スーパーから持ち出した食料を詰めた大きな麻袋が幾つも積まれている。随分な量になるから、明日からは只管N県を目指して進めそうだ。

言葉も無く休憩所に入ると、奥まった位置にある手洗い場でバシャバシャと顔を洗う。


(駄目だ、今に集中しなくちゃ、)


 耳には水が流れる音。脳裏には死者達の姿。


(今日は坂本サン達のお陰で生き延びる事が出来た。

 こんなラッキーな事、これからも当たり前に起こるわけが無い……)


 統也が顔を上げると、目の前にある鏡には背後の様子が映される。

隊員3名も又、おぞましい攻防戦に精神は困殆し、床に座り込む姿が痛々しい。


(彼らは頼りになる。でも、任せっきりにする事は出来ない。

 俺がもっと上手く立ち回らなくちゃ駄目だ。

 信頼されるだけの働きを見せられなきゃ、いつか綻びる……)


 由月からのアドバイスは統也の口から隊員等に伝えらたにも関わらず、半信半疑に留まってしまった事実が残る。これからはより一層、1つ1つの行動が試される。



「拭く物は持っているの?」


「!」



 統也は我に返る。

振り返れば、いつの間にか由月が立っているから、統也は慌てて水を止め、場所を空け渡す。


「す、すいません、気づかなくてっ、」


 長らく手洗い場を占領していた様だ。

統也は袖口で顔を拭いながら、由月に向き直って背を正す。


「アナタの服はタオルなの?」

「え!?」

「コレ、どうぞ」

「……」


 差し出されたのは、刺繍が美しいハンカチ。

とてもこんな上等な物で顔を拭く気にはなれない。統也は頭を振る。


「だ、大丈夫ですっ、俺の服なんてタオルと変わりませんからっ、」

「そう。それは合理的で便利なお召し物で」

「は、はぁ……、」


 由月に冗談は通用しない。

真に受けられ、統也は狭い通路を蟹歩きになって通り過ぎる。



「ねぇ、どうしたの?」


「ぇ?」



 呼び止める様な由月の疑問符。

そして、ゆっくりと由月の黒目が統也に向けられる。


「何があったの?」

「何、って」

「お店の中で」


 統也は由月の視線から逃れる様に顔を背ける。


「……ぃぇ、何も、」

「質問を間違えたかしら?」

「?」

「何を思ったの?」

「!!」


 確信的な由月の問いに、統也は息を飲む。


(この人は飛び込んで来る……

 真っ直ぐに飛ぶ弾丸みたいな言葉で、的確に言い当てる……)


 統也の様子がおかしい事は誰の目にも明らかだが、その原因については、大量の死者に臆したとすれば誰にでも言える事と憶測のまま留められ、それを勝手に確信されている。

然し、由月は『統也に限ってそれは無い』と判断しているのだ。

死者を前に、統也が我に返る何らかの要因があったと考えている。



「アナタは噂どおりの人よ。だから、今日のアナタはアナタらしくない」



 噂と言うのはヒーローだの英雄だのと言うレッテルだろうか、

然し、今の統也には耳が痛い。



「……違いますよ。俺はその辺のガキと変わりません」



 一言告げ、統也は由月に背を向ける。


 休憩所のフロアに戻ると、窓のサンシェイドは下ろされ、室内の明かりが外に漏れないよう即席カーテンが引かれている。日夏は統也は駆け寄り、カップ麺を手渡す。


「お湯が湧かせたのでカップラーメンにしたんですが……食べられそうですか?」

「ありがとう、日夏。貰うよ」


 全員の顔がフロアに揃うと、浜崎は外の様子をチラチラと確認しながら言う。


「明日は早朝から出発し、N県の避難所への到着を目指す。

 夜間の見張りは交代で行うから、キミ達も協力してくれよ?」


 夫々が頷く中、統也は1番に挙手をする。


「俺、見張り入ります」

「駄目ですよ、統也サンっ、統也サンは休んでくださいっ、

 まだ顔色も良くないですし、僕、頑張りますから!」


 日夏は食料をトラックの荷台に乗せるばかりが今日の仕事。

死者との銃撃戦を繰り広げた側と比べれば、楽な役回りだ。

ここは率先して動かなくては立場が無い。

然し、それを言っては統也の思いも似た様なものなのだ。

自分が情けなくて仕方が無いから、皆の役に立ちたいでいる。


「大丈夫だよ、日夏。俺はさっき車の中で休ませて貰ったから。

 どうせ暫くは眠れそうに無いし」

「で、でも……」

「良し。それじゃ、1番手はキミ達に任せるんで良いかな? 2人いてくれれば安心だ」


 浜崎の言葉に、統也と日夏は目を合わせて頷く。

由月はカップ麺にポットの湯を注ぎながら一同に言う。


「私の方から宜しいでしょうか?

 食事をしながらで結構ですので、聞いて頂きたいの」


 由月とカップ麺のミスマッチな絵面を思わず凝視。

その様子を是と捉えると、由月は続ける。


「この度は無事に生き長らえる事が出来て何よりでした。勇敢な皆サンに感謝します。

 然し、我々が生きて帰還するには、今日のようなやり方では危殆が過ぎると、

 お気づきですか?」


 隊員等は顔を見合わせる。

仁美は首を傾げるも、統也と岩屋・日夏は 由月が何を言わんとするのかが想像できる。


「大川サン、それはどうゆう事だ?

 確かに今日は蘇えりとの戦闘はあったが、こうして無事に食料を補給する事が出来た。

 何か問題があるのかな?」

「でしたら、浜崎サンには認識を改めて頂かなくてはなりません」

「我々の作戦に不備があると言いたいんですか?」

「はい」


 カップ麺の蓋を閉め、壁かけ時計を見上げる。時刻は16時半。

由月は空いている椅子に腰を下ろす。



「彼等との接触は、極力避ける事を推奨します」



 これに、浜崎は露骨に眉を顰める。


「ゾンビを倒さなければ、我々は永遠に逃げ隠れしなくてはならない。

 キミは、それを分かって言っているのか?」

「逃げ隠れは兎も角、彼等を見つけて狩猟行為を繰り返すには限界があります。

 先を急ぐのは解かりますが、危険の水準を高めるべきではありません」

「我々は速やかな任務遂行を求められている。

 それとも、キミの言う『ゾンビの寿命』が尽きるのを待てと?」

「極論を言えば」

「待ってちょうだい、大川サン!

 アナタの話では、ゾンビの寿命には個体差があるんでしょう!?

 そんなの、いつになるか分からないじゃないの! 何年先になるかも分からない!

 私達は貴方達の、民間人の命も預かっているのよ! 

 一刻も早く片付けなくちゃ、こっちが先に死んでしまうわ!」

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