第54話
(流石だ!! この勢いならいける!!)
統也だけなら尻尾を巻いて逃げる所、隊員等の力があれば多勢となった死者を押さえ込む事が出来る。この調子で店内を一掃してしまおう。
矢先、吉沢の真横にある店内トイレの扉が勢い良く開け放たれる。
ドン!!
「ひぃッ、」
まるでビックリ箱の様に現れる死者の首には清掃用のゴムホースが巻きつけられている。
どうやらトイレで首吊り自殺をした従業員の様だ。
回避する吉沢が慌てて身を裁けば、浜崎が後方より死者を狙い撃ち。
そうして一難を逃れるも、吉沢は体勢を崩し、そのまま商品棚へと倒れ込む。
ライフルで的の無い天井を撃ち上げながら、吉沢は商品棚と共に横転。
……ガタン!!
ガタン!! ガタン!! ガタン!! ガタン!!
将棋倒しとなる商品棚は、死者に応戦する坂本の頭上を押し潰す様に傾く。
「坂本サン、危ない!!」
「!」
陳列された商品が滝の様に流れ落ちる中を、坂本は両手で頭部を守りながらの後退。
下敷きにならない迄も、ライフルを構え直す隙を縫って、死者の手が伸びる。
「坂本サン!!」
「うっ、あぁあぁあぁ!!」
統也は素早く銃口を向ける。
然し、狙撃練習をした事も無い統也が、坂本に掴みかかる死者との微妙な差異を撃ち分けられはしない。仕方なく、ハンドガードを両手に持ち、鈍器使用で死者に殴りかかる。
「クソッ」
坂本から死者を払い飛ばし、ライフルを構え直す。
乱射であれば、統也でもお安い御用。だが、次の瞬間、由月の言葉が思い出される。
『彼等は まだ死んでいないわ』
同時に、母親の頭を殴りつけた感覚も掌に蘇える。
「! ――母、サン……」
*
統也達が店内に潜入して間も無く、由月は車内に戻らずに、日夏と共に周囲の様子を見やっている。この暑い日差しの中、いつ襲われるかも分からないと言うのに、由月は無表情。
恐れも見せない振る舞いには神経を疑ってしまう。
車中で待機する仁美は、そんな由月を眺めながら運転席の岩屋に問う。
「岩屋サン、あの人、何やってんの?」
その口調はやはり、『どうでも良いけど』が聞こえてきそうだ。
ソレが度々 気に入らないから岩屋は眉を顰めるのだが、暇を潰す様に答える。
「何って? そりゃ分かんねぇけど、ああやって何か研究してんじゃねぇの?」
「ふーん。でも、研究って……学生なんでしょ?」
「らしいけど。それでも頭はキレるから。あの人」
「ふーん。靖田クン何か、そーとー懐いてるみたいだけど、あの2人、付き合ってんの?」
「さぁ? それはねんじゃねぇかな?」
「年は?」
「どっち?」
「取り敢えず両方」
「靖田君は16で、大川サンは20才だって話だ」
「私と同い年か……」
「えぇっ? 大川サンと同い年ぃ?」
「はぁ? それ、どうゆう意味ですか?」
「いや、意味なんてねぇけど? 平家サンってOLだったっけ?」
「そうですけど?」
「あぁ、だからか。まぁ何てぇか、大人ッポイ? って事だよ。
大川サンは……この世のものでは無い、みたいな、ちょっと浮世離れしてるからなぁ。
年齢不詳だ」
「それは言えてる」
「でも、ヒーローと天才が揃う何て、ある意味無敵か知れねぇな!」
そうこう2人が話している間に、店内から響く発砲音。
「な、何!?」
「始まったって事だろ、この音は……」
*
統也は死者達を前にライフルを下ろし、後ずさる。
「水原君、何をしているんだ!? 坂本、早く援護しろ!!」
反対側の通路から浜崎の叱責が飛ぶも、統也にその声は届かない。
『彼等はまだ死んでいないわ』
由月の言葉が、何度と無く統也の脳内でリピート。
(厳密に言えば死んでいて……厳密に言えば生きている……)
状況にもよるが、人の脳の一部は肉体の死後一定時間、活動すると由月は言う。
肉体と脳の死にタイムラグが発生すると言う事だ。
脳波が完全停止する前に地球の心音が死者に与える影響として、蘇えりが発生すると言う仮説。
この説明は確りと頭に入っている統也だが、『厳密な死を』理解するには至っていない。
(母サンは、生きていた……)
『統也、母サンを頼んだぞ』
(ほんの僅かでも、生きていた……)
目の前にいる死者達も、ほんの僅かに残った脳波で生き続けている。
どんな姿になろうと、動く死体に生を感じたなら、銃を向ける事は出来ない。
「う、……わぁあぁあぁあぁ!!」
遂に統也は床に腰を打つ。
戦う術が失われたなら、ただ恐怖し、逃げるしか無い。
然し、それでも死者は迫るのだ。
意志だけで無く、生前の記憶も情も持たずに、ただ貪る行為を繰り替えす存在として。
この儘では、統也が餌食になってしまう。
坂本は落としたライフルに飛びつくと、統也を押し退けて死者達の頭を撃ち貫く。
こうして、暫く後に、全ての銃声が収まる。
*
「――終わったみたいね」
由月の言葉に、日夏はホッと肩を撫で下ろす。
然し、戻る統也が坂本の肩に凭れている事に顔色を変え、血相を変えてに駆け寄る。
岩屋と仁美は車窓を開け、頭を出す。
「と、統也サン、どうしたんですか!? 怪我したんですか!? 大丈夫ですか!?」
坂本は日夏に統也を預ける。
「大丈夫だ、怪我は無い。ただ奴らの数が多かった。それに驚いたんだろう」
「え? 統也サンが?」
「中は制圧したとは言え……入るのは止めた方が良い。
食料は我々が入り口まで運んで来るから、キミ等がトラックの荷台に積み込んでくれ」
「は、はい……、」
統也が大量の死者に恐れをなしたと坂本は言うが、そんな条件はこれ迄に幾らであった事だ。
今更、統也が恟々するとは思えない。訝しむ日夏に由月は言う。
「車で休ませてあげたら?」
「は、はい、」
統也を抱える日夏がワンボックスカーに戻れば、岩屋は素早くロックを解除。
仁美が統也を迎え入れる。
「統也クン!」
グッタリと項垂れる統也は、死にたての死体と変わり無い程に顔面蒼白。
「すいません、統也サンをお願いします……」
「任せて!」
日夏の手を離れると、統也は崩れる様に後部座席に腰を下ろし、背を預け、首を寝かして車の天井を仰ぎ見る。手にライフルを握っているが、完全に戦意喪失の放心状態だ。
食料をトラックに運ぶのは日夏と由月に任せるとして、岩屋は統也を振り返る。
「統也……お前、どうしたんだ……?」
これまで統也のヒーローぶりは完璧なものだったからこそ、この
返事をする事も出来ない統也が目を閉じれば、仁美は眉を吊り上げ、岩屋を睨みつける。
「しょうがないくないッ?
あんな銃撃戦させられて、平気で帰って来れる方がどうかしてんでしょ!」
「あぁ? 何だよその言い方はッ、こっちは心配して言ってんだよ!」
「もぉイイ! だったら静かにしてくれる!? 休ませてあげたいんだけど!?」
「ッ、」
2人の囂々も、今の統也の耳には届かない。ただ眠りたい。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます