第53話 忌憚の屏息。

 Y市の自衛隊駐屯地を出て2時間余り、時刻は13時を回る頃、K県を経由する。


「暑いなぁ、オーイ……」

「ええ、40度以上はありそうですね……」


 近頃は秋風も吹き、涼しくなって来たにも関わらず、土地ならではの気候か、

この辺りはやけに蒸し暑い。

燃費を押さえる為、窓を僅かに開けるに留まっていたが、やり過ごせそうに無い。

岩屋は渋々とエアコンのスイッチを入れる。


(大川サンの調べでは、気温や天気がアイツらの行動を左右するらしい。

 寿命と言う概念も併せると、この暑さじゃ腐敗も早まる筈だ。今の内に距離を稼ぐか……

 それでも日没は早いだろうから、今日中にN県入りするのは諦めて、

 食料調達に合わせて休憩場所を探すか……)


 統也が考えを巡られている間に、先頭のセミトラックがウインカーを出す。

見晴らしの良い通り沿いにある大型スーパーの駐車場にピットインする様だ。


「調達か? 随分でかいスーパーだけど大丈夫かよぉ?

 ウジャウジャいるんじゃねぇかぁ?」


 岩屋は肩を竦めつつ、ウインカーレバーを倒す。

強い日差しを照り返す広い駐車場内に死者の姿は見当たらない。

車が数台停まっているばかりだが、他に人の気配は無さそうだ。

ジープに並んで停車するなり、統也はライフルを肩にかけ、2人に言う。


「岩屋サンは、」

「留守番は任せろ」

「はい。お願いします。平家サンはこのまま待機していてくださいね」

「……あぁ、うん、」


 統也が車を降りると、仁美は窓ガラスにへばりついて外の様子を窺う。

車両から降りるメンバーが集まって作戦会議する中に由月の姿を見つけると、後部座席の窓を開け、6人の会話に聞き耳を立てる。


「ここで調達ですか? もう少し小さい店を狙った方が……」


 大型スーパーなら従業員も多そうだ。

看板を見れば【早朝7時から営業】と言うから、異変が明るみとなった時点で少なからずの客もいただろう。それが その儘そっくり死者の数と過程すれば腰が引ける。

そんな警戒心を見せる統也に、浜崎と坂本は言う。


「この先は店も少ない。コンビニも考えたが、数が賄えるか不安だ」

「何度も足を止めて時間を無駄にしない方が良いだろう。

 1度に食料補給を済ませるべきだ。その後は、進める限り進む」


 速やかに任務を全うして駐屯地に帰還する事を考えれば、時間をかけ過ぎるのも考え物か、

統也は躊躇いながらも頷く。


(確かに、田島の体調を思えば、のんびりしていられない……

 診療所の人達だって、食糧を待ってる。……大丈夫、これまでとは違う。

 この人達はプロだ。ここは一気に行くべきなんだ)


「分かりました、手伝わせてください」


 隊員3名と揃って頷く統也の横で、日夏は恐怖に体を震わせている。

この様子では、とても店内に連れては行けない。

否、初めて会ったあの日の様に、のべつ巻く無く発砲されても適わない。

統也は日夏の肩に手を置き、隊員等に聞こえる様に言う。


「日夏、お前は店の全体が見えるここで見張っていてくれ」

「えっ? で、でも、統也サンは中に入るんですよねっ?」

「俺は浜崎サン達の後ろにくっ着いて行くだけだから大丈夫だよ」

「で、でもっ、」

「日夏には、大川サンや平家サンをここで守っていて貰いたいんだ」

「ぼ、僕が? ……は、はいっ、が、頑張ります!」

「頼んだぞ。

 それじゃ、安全が確認されるまで、大川サンは車の中で待機していてください」


 隊員等は放置された車やスーパーの周囲に不審者が隠れていない事を確認し終えると、手を挙げ、統也を招く。だが、統也が店の入り口へ走ろうとした所で由月が呼び止める。


「待って。警戒すべきは蘇えりだけでは無いけれど、

 この陽射しを避ける為、彼らは屋内に留まるケースが高いわ」

「はい」

「検索したら店内の間取り図が見つかったの。陽射しはこの角度、南西から当たっている。

 陽射しを背中にすれば、警戒は極めて前方に絞られる筈よ」

「ぁ、ありがとうございますっ、それなら浜崎サン達にも」

「知識だけの私の言葉は通用しない。アナタが直接 現場で指示するの」

「俺が?」

「だってアナタ、英雄なんでしょ?」

「ぃゃ……」

「それから、商品棚の転倒に注意して。動きを失えば一環の終わりよ。

 彼らの聴覚を利用して、自分が立ち回りやすい場所に呼び出して仕留めるの。

 解かったわね?」

「は、はぃ、」


 由月の声は淡々と冷静。

まさか戦術のアドバイスまでされるとは思いもしなかったが、統也は説明された言葉を頭の中で反復させ、隊員等にスッカリその儘を口伝する。


 日夏は統也の背を見送り、鼻を啜る。泣きそうだ。


「統也サン……」

「大丈夫よ。昨日の晩と同じ。アナタはアナタの任務を全うすれば良い」

「は、はいっ、由月サン!」


 由月に髪を撫でられれば、日夏は忽ちエンジンがかかる。


 統也はライフルを構える。背を低く、入り口のマットを踏めば、静かに自動ドアが開く。

聴こえて来るのは、スーパーを宣伝する軽快なテーマソング。

あの日から、ここにはずっとこのBGMが流れている。



(何が潜んでいるか分からない……)



 4人は壁に沿って、ゆっくりと店内に侵入。

統也と吉沢は手前を重点的に、浜崎と坂本は奥へと足を運ばせる。


(エアコンが効いてる所為か、臭いはそれ程 強くないけど、間違いなくいる……)


 床や壁にこびり付いた血飛沫とは別に嗅ぎ取れる、アルコールに似た肉の腐敗臭。

然し、店内には死者の姿が見られないから、何処かに潜んでいるのだろう。

浜崎と坂本はバックヤードに向う1枚の押し扉を見つけ、アイコンタクトを取る。

坂本がドアを押せばフワリ……と開かれる。

その先に照明は無く、目を凝らしても何も見えない。


「―― うん?」


 ライフルを構える浜崎が首を傾げると同時、空気が動く。

次には、ドアの奥から押し出される様に、死者が溢れ出す。


「ガガガガガ、グアァアァアァアァ!!」

「アァアァアァアァ!! アァアァアァ!!」

「「!?」」



 ダン!!

 ズダダッ、ダダダダダダダ!!



 ライフルを容赦なく連射。

頭を弾き飛ばされた死者はその場に倒れるが、後から後から湧いて出る。


「な、何でこんなにいやがるんだ!!」

「ゾンビが日除けするってのは、本当だったのか!!」


 どうやら由月の言う通り、忠告は軽視されていた様だ。

駆けつける統也と吉沢は、ドアの入り口を壊さん勢いで飛び出す死者の群れを目前に息を飲む。


「ク、クソ!! 化け物!! 化け物めぇえぇえぇ!!」

「一旦引きましょう! これじゃ、数が多すぎますよ!」


 予想していた以上に死者が多い。

ライフルで応戦しようと、倒れた死者が防波堤になって仕留めきれない有り様だ。

これでは弾を無駄にしてしまう。

統也が一時撤退を呼びかけると、浜崎は後ずさりながら指示を出す。


「俺が援護する! お前達は距離をとれ!」

「「了解!」」


 指示を受け、坂本と吉沢は放射線状に大きく距離を置いた後、狙撃を再開。

同時に浜崎は背を屈めて、死者からの追撃を逃れる。

これなら弾も温存でき、間合いと視界も広く取れる。

見事な連係プレーに、統也は光明を見る。

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