第52話

 若者が我こそはと挙手する中、肝心の大人が引き下がっている訳にもいかない。

村岡は頷く。


「で、では、自分が行きます」

「アンタはいかんだろぉ! ここの代表なんだから!」

「し、然し、」

「村岡三等陸佐っ、自分が責任を持って任務を全うして参ります!」

「じ、自分も、皆サンのお役に立ちたいと思います!」

「……ゎ、……私も、……同行します……、」


 挙手をしたのは隊員3名。

浜崎・坂本、吉沢に限っては数少ない女性隊員の1人だ。


 岩屋は統也と日夏を窺う。


「3人もプロが出揃ったなら、キミらが行く必要ないだろ。足手纏いになるだけだ」

「……、」


 岩屋の言葉には反論の余地も無い。

だが、隊員等としても駐屯地の医薬品は切らしたく無いのだ。統也が気負う事は無い。

然し、相手の都合に便乗する様で気が引ける。

男として、1度言った事を引っ込めるのは小狡くて気まずいのだ。

そして、理由はもう1つ。



(あの人は行くのか……)



 統也は由月に目を側む。

由月は機敏だ。隊員の挙手によって統也の意志が揺らげば、即座に踵を返す。

そして、同行する3名と速やかに打ち合わせを始め、統也には目もくれない。


(バカだな、俺……手を差し出されて、少し勘違いした。

 俺が行くから、あの人は着いて来るんだって……)


 昨晩、由月は体を呈して田島を守った。

統也にとってこれは、とても重大な意味を持つ。



(一緒に、同じ目的を持っていられる人)



 あの瞬間、救われたのは田島だけでは無い。

統也も『自分は1人では無いのだ』と強く思えたのだ。

守るだけで無く、守られる事。この安堵感に意味を与えたい。



「俺も行きますよ。人手なら、無いよりはあった方が良いですよね?」



 訓練を積んだ隊員等に比べて頼りなくとも、物資調達に必要な頭数を埋める事は出来る。

統也が4人の輪に足を向ければ、日夏もソロソロと着いて行く。

性懲りも無い2人に、岩屋は呆れ返って口を開ける。


「うわぁ、これだからユトリはぁ……」


 流れに置き去りにされたのは岩屋だけでは無い。

ジレンマに舌打ちする仁美を見下し、岩屋は気の抜けた一息を零す。


「はぁ……平家サン、キミは行かないんだ?」

「まぁ。行って役に立てるとは思えないんで」

「だよなぁ……あぁ、でもなぁ……うーん、うーん……俺は行くかなぁ」

「はぁ?」

「死体の始末、やっぱぁやりたくねぇわぁ」


 役に立つ・立たないの前に、消去法。

それが岩屋の思考回路。




*


 N県に向かうメンバーは車庫に集まり、余念なく装備を整える。


「まさか、岩屋サンが来るとは思いませんでした」


 統也は大きな木箱を椅子代わりに腰かけ、護身用に預けられたアサルトライフルに弾倉を装填させる。残った2つの弾倉はビニールテープで固定して連結。

 これで最初の弾倉が殻になっても直ぐに交換できる。

 実戦部隊さながら、板に付いた統也の手付きに、岩屋は胡坐をかいて唖然。

 そして、我に返って統也の言葉に返す。


「ぁ、あぁ……ここに籠もってるのも、息が詰まるんだよなぁ、」

「それはそうかも知れませんけど、ここにいた方が安全だと思いますよ?」


 危険は御免の岩屋だからこそ、今も生きていると言っても過ぎる事は無い。

 然し、岩屋は表情を曇らせる。


「……こうゆう話はさ、ここだけにしたいんだけど、」

「?」


 岩屋は周囲を見回し、そばに人の耳が無い事を確認する。

 さぞ聞かれたく無い話の様だ。統也の手が止まる。

 そして、岩屋は呟く様に言うのだ。


「キミはスゴイな」

「えぇ?」

「危険だって分かってる所に飛び込んで、人を助けて、自分も生きて戻って来た」

「ハハハ。運を使い切った気がします」

「運かな? 俺は違うと思うよ。単に、キミの力だ」

「岩屋サン?」

「……俺も、そう出来たら良かったのになぁ」


 視線はコンクリートの床に。

 岩屋の脳裏は、婚約者を思い出している。


「キミを見てると気づかされる。俺は、そうゆう勇敢な男になりたかった筈だって。

 ホントは真っ直ぐに生きたいんだよ。でも、そうはいかないんだよなぁ……

 いざとなると、こぉ……自分の事しか考えられなくなるってぇか。カッとなるってぇか。

 自分を棚に上げて偉そうな事を言ってるってのは、いつも後んなって気づくんだ。

 でも、止まんねぇんだよなぁ……それも俺の本音だからさぁ。

 だから憧れるんだよ、キミみたいなヒーローに」


 これが、岩屋がこの場に来た本当の理由。

 ヒーローにはなれない。でも、ヒーローに力を貸したい。そんな情意。


「ヒーローか……今日は褒められてばっかりだ。調子狂う、」

「ヒーローだからな、早めに慣れといた方が良いぞ?」


 ここ迄の話はここ迄だ。

 岩屋は腰を挙げ、ワンボックスカーの運転席に乗り込む。


「んじゃ。そーゆーわけだから、俺の言う事聞いて安全にな!」

「ハハハハ。はい。努力します」


 岩屋の車に乗る以上、主導権は岩屋にある。

 それに逆らえば手痛い鉄拳が飛ぶのは学習済み。

 そして、エンジンがかかる。



「行くぜぇ、統也! 俺は前の車に着いて行く!!」



 信頼を以って統也を名前で呼び、岩屋はアクセルを踏む。


 先頭を走るのは浜崎・坂本が乗るセミトラック。

 続くジープには由月と日夏に、運転手の吉沢。最後尾に、岩屋の運転するワンボクスカー。


 正門は車で通れる状況に無いから裏門へ回る。

 そこに、飛び跳ねて手を振る仁美が見える。何か言いたそうだ。

 統也は助手席の窓を開け、顔を出す。


「どうしたんですか、平家サン!?」

「止まって! ちょっと止まって!」


 岩屋が急ブレーキで車を止めると、仁美は素早く後部ドアに手をかける。


「乗せて! 私も行くから!」

「えぇ!?」

「イイから早く! 前に離されるよ!」


 早速、前の車両に後れを取るわけにはいかない。

 岩屋が慌ててドアロックを解除すると、仁美は後部座席に飛び乗る。


「はい! イイよ、行って!」

「ど、どうして来たんですか、平家サンっ」

「どうしてって、1人で居残ったってしょうがないでしょっ?」

「皆がいるじゃないですか、」

「……あぁもぉ、イイから!」


 駐屯地には避難者の多くが残っているも、仁美にとっては親しみのない赤の他人。

 信頼できる統也がいなければ、誰もいないのと同じ事。

 統也に向かう先があるなら、そこに着いて行くのが1番安全なのだと、仁美は信じて疑わない。

 こうして、車はN県を目指すのだ。



 ジープの助手席に乗る日夏の携帯電話がメールを受信する。


「あ。統也サンからだ!」


 メール本文【平家サン合流】のメッセージに、日夏は笑みを深める。


「由月サン、吉沢サン、平家サンも合流したそうですよ!

 これで8人ですね! 心強いです!」


 後部座席で揺られながらノートパソコンのキーボードを叩く由月は、顔を上げるでも無く、日夏に問う。


「平家サンと仰るのは、どなたでしょうか?」

「平家サンは、さっき食堂で由月サンも話した女の人ですよ。

 セミロングの髪で、えっと……統也サンと一緒に避難して来たました!」

「あぁ、あの方。ありがとうございます。一致しました」

「はい!」


 由月の役に立てた感に、日夏は頬を赤らめ、座席に座り直す。

 由月は指を止め、僅かに後ろを振り返る。



「8人――何人生きて帰れるのかしらね?」



 独り言。




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