第51話
「車の数も向こうの設備も、人数分が間に合ったとして、N県までは車で……」
「あ~、こっからだと普通に行けて、6時間はかかるなぁ」
「6時間……途中に何が起こるかも分からない、
補給も併せて、今日中に行って帰って来るのは難しいですね……
そうなると、全員で押しかけるのは危険だと俺は思い――」
2人で話し合っている所、いつの間にやら一同が耳を欹てて聞いている。
統也は自分の口を押え、ブンブンと頭を振る。
「!! ……あ、ぃ、いやっ、素人の考えですからっ、」
専門家でもあるまいし、解かった様な口をきいてしまった様で憚れる。
とは言え、昨晩の英雄が苦言を呈しているのだ。
皆も冷静さを取り戻し、神妙に考え込む。
「そうだよなぁ……統也の言い分は最もだ。うん」
「村の診療所なんて言ったら、大きくも無いだろうしねぇ」
「掘っ立て小屋だったらどうする?」
「中には病人もいるんじゃないですかね? 病気をうつされても困りますよ?」
「行っても、あぶれたらここに戻って来なきゃいけないのよね?」
「知らない土地でゾンビに襲われたら、逃げ場も無いか知れんよ……」
「だったら、ここにいる方がマシかも知れないわ、」
今は自己の安全が最優先。
少なくとも、昨晩は食堂に籠もる事で難を逃れている。
ここでの避難の術は身に付けたのだから、移動する危険に比べれば安全だ。
考えを改めると、緒方は提案する。
「んじゃぁ、こぉゆぅのはどーだい?
どっち道あっちに行く用事があんだから、ついでに何人くらい入れるもんか、どんな環境か、
丸っと見て来て貰おうじゃねぇか。それからまた考えるってのがイイんじゃねぇか?」
これに一同は力強く頷く。
緒方は満場一致に満足すると、村岡に向き直る。
「村岡サンよ、俺らシロートの考え何だけど、やって貰えるかい?」
「それで良ければ、」
「でもよぉ、兵隊サン全員で行かれちゃぁ困る。
最低でも半分はなぁ、残しておいて貰わなきゃよぉ、
ここも使う事を思やぁ片付けねぇでおくわけにゃいかねぇし、どーだい?」
「そ、そうですね、」
皆が落ち着いている今の内に話を纏めてしまおう。村岡は隊員等を見やる。
「こうゆう状況だ、自主性を尊重したい。N県へ向かってくれる者は挙手を」
危険を伴い出発するか、ここに留まり特殊清掃をするかの二者択一。
隊員等は夫々顔を見合わせる。そこに見えるのは、迷いの表情。
自衛隊員と言う職務に就いた以上、危険は覚悟の上とは言え、死者と対峙する事は常識の外にある。それは、ただ只管の恐怖だ。
死んだ者が蘇えり、生者を喰らうと言う行為に悚然を隠せない。
そんな隊員等の様子に、避難者達の額には俄かに怒張が浮かぶ。
頼みの綱が このザマでは先が思いやられる。
争いに発展しかねない空気に、統也は勢いに任せて挙手する。
「ぉ、俺、行きます!!」
ギュッと目を瞑り、片手は固く拳を握る。
(しゃ、しゃしゃり出てしまったぁ……俺なんかが行ったって役に立つ事なんか無いのに、
出来る事って言ったら、ここに残って、外の人達を埋葬する事くらいなのに、)
存外 損な性分。
否、馬鹿がつく程のお人よしだから、岩屋は統也の腕を掴み、手を下ろさせる。
「な、なに言ってんだよ、水原君!
道が通れるかも分からねぇ、ただ車に乗ってりゃ着くわけじゃねぇんだぞ!?」
ここ迄の道のりを運転して来た岩屋だからこそ分かる事。
残虐な現場は繰り返しフロントガラスの視界から見続けている。
ストレートに進めれば時間のかからない目的地であっても、死者の群れに出くわせば否応無しにも迂回せざる負えない。もと来た道を戻れる確証も無い。
これ以上、自分の持つ運に期待するのは
雖も、知らぬ顔が出来ないのが、統也と言う男。
「点滴が、足りないんです」
統也が求めるのは、田島を生かす為の生命線。
その呟きに、岩屋は息を飲む。
(あれが無ければ田島が死ぬ……死なせたくない……もう誰も死なせたくない……)
『統也、母サンを頼んだぞ』
(俺はもう誰も、殺したくないんだ……)
死ねば死者として蘇える。
そうなれば、統也は速やかに田島を殺さなければならない。
それは友として、誰にも任せられない事なのだ。
だからこそ、今生きる田島の為に出来る限りをしてやりたい。
そこに、由月が腹を押さえながら現れる。
「一部を除いて、皆サンご無事だったんですね」
「由月サン、起きて大丈夫なんですか!?」
昨晩、意識を失った由月は統也によって部屋で寝かしつけられ、今の今まで眠っていたのだが、食堂に顔を出して早々実に淡白な物言いを聞かせる。
一同も由月には威圧されるのか、心配して駆け寄るのは日夏ばかりだ。
由月は呆ける統也を見やる。
「統也君、私も同行するわ」
どうやら話を聞いていたらしい由月の言葉に、統也は色然。
両手を突き出し、由月の主張を撥ね退ける。
「だ、駄目ですよ!
ここを出るのは危険な事で、それに、負傷した人を連れては行けません!」
「こちらは情報が足りないのよ。こうなったら自分の足で稼ぐしかないわ。宜しいかしら?
どうせここに居ても、負傷した頭でっかちな小娘は役に立ちはしないでしょう?」
「そ、そんな、大川サン、我々は……」
「構いません。アナタ方の腹の内が聞こえた所で、私のすべき事に変わりはありませんから」
ここに来て初日に脱走を企てた事もあって、隊員達の間でも由月の悪評は高い。
由月は一同を見やる。
「それで、他に同行する人はいないのね?
それなら統也君、アナタのバイクで行きましょう。私、免許を持っていないのよ」
差し出される細い白尾魚の様な由月の指先に、統也の目は奪われる。
「あの、決定……ですか……?」
「文句は出ていないようだけど?」
文句も何も、話の早さに誰もが着いていけてない。
然し、それを打ち破る様に、仁美が統也と由月の間に割り込む。
「ちょ、ちょっと待って! 2人で? はぁ? ムリに決まってんじゃんッ?」
N県の避難所へ行けば良いと言う話では無い。
道々食料を得て、届け、医薬品を持ち帰らなくてはならない。
避難者の搬送も併せれば、バイクでこなすには不可能な容量だ。
だが、由月は仁美を見るでも無く答える。
「何にしろ、2人で出来る範囲に限られると言うだけの事」
「はぁ? それって意味ナイって思うんですけどっ?」
「他に手が借りられない以上、二束三文の収穫を豊作と捉えるしかありません」
「な、何それ!?」
由月に中止する頭は無い。然し、それを言えば統也も同じだ。
「どうすんだよ、水原君、キミを巡って女が2人、争ってるぞ」
「岩屋サン、揶かうのはよしてください、」
「ぁ、あの! ぼ、ぼ、僕も! 由月サンが行くなら、僕も!」
「靖田君、キミまでなに言っちゃってるんだぁ?」
「はぁ!? こんなんじゃ行けないじゃん! バイクって2人乗りなんですけど!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます