第50話 7日目。

 ――7日目。



 翌朝を迎え、騒ぎは収束。

統也の指示通り、一同は食堂の一箇所に集り、息を潜めたのが功を制し、由月が投光機を消した時点で発砲を繰り返していた隊員達も隊舎に撤退したからこそ、被害を最小限に留める事が出来た。



「スゲぇぞ、統也! オメぇはホントにスゲぇ!!」



 緒方は統也の頭を両手で撫でる。

統也の髪はモミクチャだ。然し、どれだけ褒めても飽き足らない。

抱きついたり背を叩いたり、陽の目を拝めた感動を抑えられずにいる。


「ぉ、緒方サン、本当にもう充分褒めて貰いましたので、」


 隊員等からすれば肩身の狭い話だが、統也がここでの英雄だと認めざる負えないだろう。

岩屋は統也の背を肘でつつく。


「水原君、既に女子は皆、キミのトリコだ。羨ましいなぁ」

「な、なに言ってるんですか、岩屋サンっ、」

「統也サンはやっぱりすごいです! 僕、本当に尊敬してます!」

「皆を集めて纏めてくれたのは日夏と緒方サンだろ? 俺は口だけだから」

「違います! 統也サンが指示してくれなかったら、今頃……うぅぅ、」


 日夏が泣かない日は無い。

そんな中、仁美は虫の居所が悪そうにそっぽを向いている。

どうやら女性達が統也に向ける羨望の眼差しが気に食わない。

『ガキ扱いしてたクセに!』と言いたげだが、それを言っては仁美も同じ様なものだから、口を尖らせるに留まる。


 緒方は問う。


「んでぇ、これからどうしたらイイってんだよ?

 松尾将補はドサクサに紛れて寝ちまったんだろ? これから誰がここを仕切るんだ?

 幾ら統也の頭がキレるからって、まだガキだ。何でもかんでも押し付けられねぇぞ」


 駐屯地内の混乱を避ける為、松尾の昨夜の暴挙は統也と由月の胸に留まっているが、避難所としての機能を失わない為にも統率者を不在にした儘にはしておけない。


「松尾サンの代わりを決めましょうよ! こんな時だもの、責任者は必要だわ!」

「松尾サンの下って誰なんです? やっぱり、その人が代表になるべきでしょ?」

「そうなると……村岡サン、アンタじゃなかったかい?」


 避難者達は口々に話し合い、三等陸佐の村岡を指名。

村岡は松尾より若く、それ程の貫禄は無いから少し押され気味だ。


「た、確かに自分ですが……」

「それじゃぁ村岡サンにお願いしよう。皆サン、それで良いですかね?」

「頼みましたよ、村岡サン! アナタにかかってるんですから!」

「ちゃんと指示してくれなきゃ、オレ達はどうすりゃイイのか分からねぇぞ!」

「ぁ……は、はぁ、解かりました、尽力します……」


 押し切られる形で、村岡がこの駐屯地の新たな代表となる。

ともなれば早速、陣頭指揮を取らねばなるまい。

騒ぎが収まったとは言え、外の状況は目にするも無残。

木下の死体と、正門前には死者の躯が山積している。

悪臭や感染病も予想される事から、後始末と消毒作業を万全に済ませなくてはならない。


(松尾サンは田島の隣で眠っている。

 このままじゃ点滴が足らないと、看護師の清水サンが言っていた。

 今後も、タイムラグの影響は無視できない。

 ここの安全面や物資にしたって、今の状態じゃ不充分だ……)


 自衛隊員は15名、一般避難者は28名、内2名は眠りについている。

この人数での避難生活を維持するには、危険を伴う行動に出なくてはならない。

統也はソロリ、と手を上げる。


「あの、今日は他の避難地に物資を分けて貰いに行くと、そんな話を聞いたんですが……」


 こんな話は初耳だ。一同はざわめく。


「な、何だってぇ!? 他に避難所があるんかいなぁ!?」

「そんな大事な話、私達は聞いてませんよ!? どうゆう事です!?」


 余計な事を行ってしまっただろうか、避難者全員の視線の集中砲火に隊員等は後ずさり、代表に選ばれたばかりの村岡が慌てて答える。


「み、皆サン、ご静粛にっ、話は今お聞きの通りで……えぇ、連絡が取れたのはN県の、」

「N県!? 随分遠いじゃねぇか!」

「どうやって連絡を取ったんです!? まさか、この避難所の場所を公開したんですか!?」

「そんな事して、発狂者ってのは大丈夫なんだろうな!?」

「そうゆう事は我々にも相談してくれなけりゃ困るぞ!」


 昨夜の一件で、隊員等への信頼は傾いている。

村岡が話していると言うのに、一同の騒ぎは収まらない。


「順にご説明しますのでっ、昨日、隊員の関係者からの一報が届きました!

 身元はハッキリしていますので、ご安心を!」

「向こうは何人いるんです!?」

「10名程が村の診療所に避難しているとの事、そこには医薬品などの設備も充実しており、

 我々は今日にでも出発し、食料供給に向かうと共に、場合によっては避難者の搬送を、」

「えぇ!? 食料!? ちょと待ってくれ! ここのを分ける気か!?」

「こっちにゃ何人いると思ってんだ!? それで無くてもギリギリだってのに!」

「問題ありません! 食料は道中にて収集、輸送します!」

「それじゃぁ、こっちの食料はどうするつもりだよ!?」

「他所の分まで面倒見てる余裕が何処にあるんだ!!」

「ここの分は、N県からの帰路にて補給して来ますのでっ、」

「避難者の搬送って、向こうの人をこっちに連れて来るって事!?」

「それは、希望者があればと……」

「いやいや! ここは死体の山だ! どうせなら全員でN県に移動した方がイイ!」

「そうね! こんな所、とてもいられないわ! きっとまたゾンビが襲いに来るわよ!」


 1度 襲撃された場所を安全だとは思えない。一同は揃って頷き合う。

然し、この駐屯地の総勢を村の診療所が収容できるのか、喚く避難者達を前に、隊員等は頭を抱える。


「皆サン、ここは安全です! 昨晩のような事は起こりません!」

「そんなの分からないでしょ!? アナタ達の所為でゾンビが集まって来たんだから!」

「そうだ! それに、N県に行ってる間、ここはどうするつもりだ!?」

「アンタ達がいないんじゃ、警備も手薄になっちまうだろ!」

「まさか、民間人の俺達に銃を持って戦えってのか!?」

「ム、ムリよぉそんなのぉ、銃なんか撃った事ないのにぃ……」

「だから! 皆でここを出れば良いんだ! なぁ、そうしよう!」


 死者と対峙したい者なぞいない。

考えれば考える程、居てもたってもいられない。

そんな一同の動揺を、ただ傍観する岩屋は小声で統也に問う。


「なぁ水原君、どう思うよ? 全員でN県に行くってのは?」

「車両は足りているんですか?」

「俺のワンボックスだろ? それから、キミのバイク。あとぉ、

 自衛隊の持ち物が、3人乗りのセミトラ1台、セダンが1台、ジープが2台、戦車が1台。

 他はスクラップで乗れたもんじゃねぇ。

 荷台に積まれても良いってなら話は別だが、田島君や松尾将補を運ぶ事を考えるとなぁ、」


 押し込んで詰め込んで。それでも座席が足りない。

この炎天下では、セミトラックの荷台に乗ってもいられない。戦車に限っては論外だ。

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