第48話


 医務室から部屋へ戻る最中も、統也のショックは拭えない。

仁美は統也の傍らに身を寄せ、様子を気遣う。


「あの子、統也クンの友達なんだ?」

「はぃ……」

「田島クン、だっけ? あの人達が面倒見てくれるって言うなら任せるしかないよ。

 今はそうするしか無いんだから、ね?」

「由月サンも研究してくれてますから、僕達はそれを信じて待ちましょう!」

「靖田君、キミさ、エンジン切れるとホント、大川サン頼りだよな?

 松尾サンも言ってただろ? 情報が足りてないって。

 それが無けりゃ机上の空論も立たないって事だ」

「そんな、由月サンならっ」

「だからぁ、そうゆうのが大川サンのプレッシャーになったりするんだよッ、

 田島君の事にしたってどうなるかも分からねぇのに、適当な事言ってんじゃねぇって!

 水原君も そこんトコはちゃんと言わなきゃ駄目だろ!」


 曖昧な観測で何度も出鼻を挫かれている。他人に縋ろうと、結果は自らに返るのだ。

だからこそ、下手な慰めは統也の為にはならない。

統也にも『周りに勝手な事を言わせておくな!』と言う岩屋に、仁美は露骨な不満顔を見せる。


「それ、私にも言ってます?」

「言ってますが?」

「あ。そうですか。まぁイイですけど」

「は?」


 仁美はここでだんまり。

岩屋の様な男と言い合ってもラチがあかないとでも言いたげに、仁美は顔を背けて無視。

さすれば岩屋も苛立たしげに溜息を零す。


「ハァ、だから嫌なんだよッ、ったく!」


 岩屋は3人を置いて足早に部屋へ戻る。

やはり、ソリが合わない。仁美も女だてらに舌打ちをするから負けん気が強い。

小心翼翼な日夏は、やはりしょげ返る。


「す、すいません、統也サン……僕、勝手な事を……」

「日夏が謝る事なんて無いだろ? ありがとう。皆、気遣ってくれて。

 大丈夫だよ。俺も大川サンを当てにしているし、自分で出来る事はしなきゃと思ってる。

 だから、仲良くやっていきましょう。ね? 平家サンも」

「……まぁ、そのつもりではいるけどね」


 話を纏め、ロビーに差しかかった所で、外の様子が慌しい事に気づく。

窓ガラス越しに見える夜の闇の中を、まるでミラーボールが光を乱反射させる様に明かりが飛び回っている。


「何だ、あの光?」

「も、もしかして……ソンビ、来た?」

「化け物!?」


 この騒ぎに、隊員や避難者達もロビーに集る。


「日夏、平家サンを頼む!」

「と、統也サン!?」

「ちょ、ちょっと! こんなのに私を任すなっての!!」


 統也は2人を後ろ手に制し、隊員等と共に外に飛び出すと、隊舎の屋上を見上げる。



「ぁ、あれは……何で、木下隊員が……」


「ぶら下がってる……アイツ、死んでる、のか……?」



 光の正体は隊舎の屋上に設置されている投光機。それが傾き、首を振っている。

木下は投光機の太いコードで首を吊り、ブラブラと宙に揺れている。



「タイムラグ……」



 いつ影響が表面化するか分からない。それは個人差があるもの。

統也の呟きに、隊員達は震え上がる。


「じ、自殺者か!?」

「拙いぞ……早く何とかしなけりゃ蘇える……また、あの時みたいに、」

「ぉ、落ち着けッ、蘇えったとしても一体! あの日とは違う!

 冷静に速やかに対処すれば良い! この距離から木下の頭を狙撃する!」

「待て! 発砲許可が下りてない!」

「そんな猶予があると思ってるのか!? 今すぐ狙撃だ! 狙撃の準備をするんだ!」


 隊員達は揃ってライフルを構える。



「ま、待って……」



 統也の制止は隊員等の耳に届かぬ儘、トリガーが引かれる。



 ダン!! ダダダダ、ダン!!



 一振り。二振り。木下の体は大きく揺れ、そのまま落下。

ベシャリ……と鈍い音を立て収拾。

統也は その瞬間から目を背けるが、最悪の予想に悪寒が止まらない。



「ヤ、バ、イ……」



 屋上では、未だ煌々と駐屯地内を照らすライトの存在。


「ライトを、消さなけりゃ……」

「キミ! ここは我々が片付けるから早く中に戻りなさい!」

「銃声も聞かれた……血の臭いも、いずれ……」

「オイ! 早く戻れと言っているんだ!」


 死者には視力もあれば聴覚もある。

緩やかな風は血臭を運び、招かざる客を引き寄せるだろう。

統也は生唾を飲み込み、声を上げる。



「ヤツらが来る!!」



 そう叫んだ言下、周囲から上がる悲鳴。


「きやぁあぁあぁあぁ!!」

「うわぁあぁあぁ!! ゾンビだ! ゾンビが来やがった!!」

「何だ、あの大群はぁ!?」


 最悪の予感が的中。

降って沸いたか、否、元々 周囲に潜んでいたのだろう死者達が、食欲に駆られて騒ぎの中心にと集おうとている。

隊員等は再びライフルを構え、バリケードの隙間から顔を出す死者達に向けて発砲。

大きくなる騒ぎに、避難者達のパニックは収まりようが無い。


「駄目です! そんな事したら、余計にアイツらを呼び寄せてしまう!」

「どけ! 子供は下がってるんだ!!」

「バリケードは越えられません!

 ライトを消して血の臭いを誤魔化して、中に籠もって大人しくしていれば、

 ヤツらは諦める筈です!」

「1匹でも多く倒す!! そうすれば、我々が怯えて生きる必要も無いんだ!!」


 統也の言葉は届かない。

正門に群がる死者達を前に、隊員達は冷静さを欠いている。

確かに、銃によって制すれば僅かな死者を葬る事は出来るだろう。

だが、弾数が足りるとは思えない。


(ヤツらは基本、非力だ。でも、集れば……)



「何で分かってくれないんですか!!」



 正門前には頭を打ち抜かれた死体が次々に積まれていく。

それは次第に死者達の足場となって、バリケードを跨ぐに至るだろう。


(あの群れの中に【例外的な蘇えり】がいる可能性もある!

 そんなのを呼び込んだら、こんな砦、エサ箱にしかならない!!)


 他の死者との比では無い、強い力を持った蘇えりの存在。

最悪のケースを想定すれば、こうしてはいられない。

統也はロビーに舞い戻り、騒然とする一同に避難を呼びかける。


「皆サン、落ち着いて!! 静かに! 一箇所に纏まって隠れれば大丈夫ですから!

 ヤツらは目も見える! 音も聞こえる! 騒げば余計に呼び寄せてしまうんです!」

「見えるんだったら隠れても無駄じゃねぇか!!」

「緒方サン、だからこそ隠れるんです! 見えなければ追って来られないでしょう!」

「うぅぅ……そ、そんな事言ったってよぉ、」

「皆を食堂に集めて、静かにさせて! 良いですね!? 頼めますね!?」

「ぉ、おぉ、やってみらぁよ!」

「俺は屋上のライトを消しに行って来ます!

 明かりがなくなれば、隊員の人達もヤツらを狙えなくなる!

 戻って来たら一緒に隠れてください! 日夏、お前も緒方サンを手伝ってくれ!」

「は、はい! と、統也サン、でも、1人で……」

「大丈夫、まだ中にはいないだろうから。平家サンの事も頼んだぞ?」

「は、はい!」

「ちょっと待って! 1人は危ないよ! 隠れるなら一緒に!

 ライトなら他の隊員に頼んで、消させたらイイんだって!」

「平家サン、今は誰とか言ってる時じゃありませんからっ、」

「ぁ、あの、統也サン、……ゅ、由月サンがいないんですっ、」


 この騒ぎで皆がロビーに集っていると言うのに、由月の姿は見当たらない。


(1人で部屋にいるのか!?)


 日夏はブルブルと震えている。この状態で由月を探せるとは思えない。


「分かった。彼女の事も俺が見て来るから」

「ぁ、あぁ、でも、ぼ、僕も……あぁ、でも、」

「分かってるよ、日夏。そっちは頼んだぞ?」

「は、はぃ、」


 日夏と仁美を残し、統也は階段を駆け上がる。

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