第47話

 菓子パンに缶詰1つ。それが今晩の食事。

岩屋は割り箸で缶詰をつつきながら、力ない不満を零す。


「はぁぁぁ、寿司が食いてぇ……」


 駐屯地の作業に就いて初日だが、疲れも一入。

夕食を楽しみに戻って来たれば、配給された質素な食糧で凌がなくてはならないからガッカリだ。涙目の岩屋に統也は苦笑する。


「仕方ありませんよ。

 少ないとは言え、1日3食も食べられるんですから、感謝しないと」

「でもな、朝はカンパン五粒に昼メシはカップ麺で、夜にはコッペパンにサバ缶って……」

「ハハハ。自分で選んだんじゃありませんか。

 それなら俺の焼き鳥缶、食べますか? 味を変えれば進むかも知れませんよ?」

「そりゃ良い! 水原君はホント気が利くよなぁ! ユトリにしては まぁまぁだ!」


 ユトリに対する岩屋の偏見は いつまでも変わらない。

最も、言われ慣れてしまえば笑い話だから、統也と日夏は小首を傾げて顔を見合わせる。

こうして空腹を中途半端に誤魔化しつつ、統也は昼間の出来事を思い出す。



『ただ、覚悟なさい』



(あの後の、彼女の言葉が耳から離れない……)



『ここの連中の所為で研究が台無しになったけれど、蘇えりには個体差がある』

『……感覚が鋭いヤツもいるって事ですよね?』

『ええ。その個体差は、眠りの期間によって生じているんじゃないかと』

『どうゆう意味ですか?』

『眠りが長ければ長い程、地球の心音に適応する。耐性が作られるとも考えられるけど、

 どちらにせよ、死んだ後には例外的に強い力を持って蘇えっている』



 優れた感覚を持つ特殊なケースを生む死者の事例に、眠りの期間が関係している。

これはホームページには書かれていない由月の憶測だ。



『田島の事を……言っているんですか?』

『ええ』



 田島は既に6日間を眠り続け、睡魔発生からの時間を含めれば、優に2ヶ月以上が経過している。

由月は統也にそれを確認し、田島が脅威に繋がる存在である事も自覚させたかったのだろう。



『田島が死ぬって……そう考えているんですかっ?』

『可能性の1つとして』

『何でそんな事言うんです!?』

『アナタの問う、眠りや自殺・発狂のタイムラグも、個体差としか言いようが無い。

 けれど、決定的な結論を出す前に、眠る者は蘇えりの者によって捕食されている。

 だから、あくまでも仮説よ。けれど、私の考えに間違いが無かったなら……』

『だったら何だって言うんですか!?』


『彼を死なせてはならない』


『!』


『それでも死なせてしまったら……その時は、アナタが殺してあげなさい』



 由月の言う、恐ろしい可能性の予言。

友人の回復を願い続けた統也には想像したくもない苦渋に、仁美は食事の手を止める。



「統也クンっ?」


「!」



 仁美の呼びかけに、統也は息を飲んで我に返る。


「だ、大丈夫ですか? 統也サン……」

「顔色悪いぞ、水原君」

「ホラぁ、ちゃんと食べなきゃっ、人に食べ物恵んでるからそんなんなるんだよっ?」

「俺は恵んで貰ったわけじゃねぇぞ! トレードだ、トレード!」

「ハハハ。すいません、寝不足ですよ、寝不足。今日こそは早く寝なくちゃ……」


 皆を不安がらせない為にも、田島の今後を相談する事は出来ない。

今は未だ、胸に秘めておこう。



*



 食事を済ませ、岩屋達と共に部屋へと向かう途中、統也の目に松尾の姿が映る。

玄関前で木下からの現状報告を聞いている様だが、これはチャンスだ。


「松尾将補!」


 松尾が振り返って間も無く、統也が駆け込む。

そして、息を切らした儘に言うのだ。


「田島に、田島に会わせてください!!」


 由月は田島の死を予感するからこそ、あんな縁起でもない事を言ったに違いない。

ならば、容体を確認せずにはいられない統也の嘆願に、松尾は口調を穏やかに言う。


「あぁ、キミは確かぁ……田島君の友人だったね?

 大丈夫だ、彼は我々が責任を持って治療に当たっている。

 それに、今さっき他県にも生存者が集う避難所があると確認された。

 そこに幾らかの医療物資もあるそうだから、明日にでも行って」

「それは本当に良かったです! でも、田島が本当に無事でいるのか確認したいんです!

 勿論、皆サンを疑っているわけじゃなく、友人として!」


 感情的に訴える行為が幼稚である事は解かっていても、一切の面会を許可されない事には疑念を抱いてしまうのだ。統也のこの剣幕に、松尾は一息を落とす。


「――そうだな。会わせないと言うのも誤解を生む。着たまえ、彼の所に案内するから」

「ありがとうございます!!」


 統也の粘り勝ち。

これに便乗する岩屋・日夏・仁美も、統也の後に続く。


 駐屯地内でも隅に設けられた医務室前は、見張りまで立てる厳重さに一同は固唾を飲む。

室内にはストレッチャーに寝かされ、ベルトで固定された田島がいる。

統也は田島に駆け寄ると、憂惧に松尾を振り返る。


「な、何で こんな拘束を……」

「いつ命を落とすか分からない。

 蘇える事にでもなれば、ここの者達を危険にさらす事になる。理解してくれたまえ」

「……田島、」


 田島は当初に比べて肌の色も土色に変色し、随分と痩せ細っている。

腕に刺さった1本の点滴針が心許なく命を支え、心電図が鼓動を伝えるばかりだ。


「彼のこんな姿を見せては、キミ達もショックだろうと思ったのだがね」

「……明日には、もう少し良い環境になるんですよね? ここは、」

「幾ばくかは。医師がいる訳では無いから、過度な期待はせんでくれよ?」


 由月の仮説を信じるとすれば、医者がいた所で改善に繋がったかは分からない。

地球が気まぐれを起こして、明日には元通りの心音に戻ってくれれば話は別だが。


(この人達は何処まで知っているんだ? 大川由月の仮説を聞いているのか?)


「……大川サンは、田島の治療に当たっているんですか?」

「いいや。彼女には死者と眠る者についての調査をさせている。

 だが、情報が少ない今は何とも言えんとね。もう少し期待していたのだが……

 あぁいや、彼女もここへ来て間も無い。

 発狂者についての調べも進めて貰っているから、手が混んでいるのだろう。

 時機に仮説の1つくらいは持って来るだろうから、キミ達も何か気づいた事があったら

 協力してやってくれたまえ」


 松尾の言葉に嘘は無さそうだ。だからこそ、合点がいかない。


(何故だ……俺にはあれだけの事を言ったのに、肝心の人達には何も言っていない?

 信用してないって事か? ここの人達を……)


 松尾は出入口のドアを開ける。


「さぁ、もう良いだろう。

 引き続き彼の事は我々が監視するから安心したまえ」


 治療でも無ければ看病でも無い『監視』の言葉に、一同は顔を見合わせる。


(田島が危険な存在だと分かったら、この人達は田島を善処する……

 田島が殺される……)




*

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