第46話


 動物界では一定期間を眠る事によって、食料不足を乗り切る知恵がある。

又、そうする事によって低体温による生命の安定が図られると言われている。

最も、人間に於いてそのサイクルは適応しないのだが、眠りによる安息の獲得は確かな事。

身近な話で言えば、つまらない授業を聞きたくないからこそ訪れる睡魔の様なもの。


(地球の発する不協和音から逃れる唯一の方法が、眠る事……

 眠る事で、自殺願望や発狂、蘇えりを防御している……だとしたら、)


「こうして起きている俺達は、今も不協和音を聴き続けているって事ですかっ?」

「そうなるわね。地球の心音は7.8ヘルツから年々上昇。そして、

 16ヘルツ周辺に近づいてからは、私達の体にある遺伝子に強力な影響を与え続けている」

「それが、自殺者や発狂者を生んだ……」

「私達の体は絶えず細胞分裂を繰り返しているの。

 その時、螺旋状の遺伝子が解ける瞬間、16ヘルツ周辺の電磁波がDNAを攻撃する。

 その際、自殺者や発狂者は、眠り以外の方法で不協和音に適応したのだと私は予測している。

 たまたまその反応が、自殺者は速やかな死を持って、発狂者は暴挙を働く事に繋がった」

「自由……」

「そう。自由」


 統也の父親も雅之も『自由』を謳っていた。


「俺も……何れは、自殺や発狂をするんでしょうか?」

「どうかしら? そうかも知れないし、そうはならないかも知れないし。

 どう振り分けられるかはDNAレベルの問題よ。タイムラグにしろ、誰にも分からない。

 とても静かなものなのよ。

 カルシウムイオンを奪い、人が人である為の正常な遺伝情報を破壊するだけ。

 その現象に感触も無ければ、直接的な死を招く事も無い。

 ただ、少しずつ変化していく。変化に気づいた頃には手遅れよ」

「手詰まり、って事ですか……」


 こうして避難が叶おうと、精神的な安寧には程遠い崖っぷち。

早くに覚悟して損する事は無いと言う事だ。


「今、断言できるのは、変化によって磁気体を持つ松果体が刺激されていると言う事だけ。

 一方は膨大に分泌されるメラトニンによって眠り、一方は眠りでは無い部分に結びついた。

 そこから連想して、手を進めていくしか無いわ」

「俺にはさっぱり分からない……それで、何が連想できるんですか?」

「サードアイチャクラ。第3の目」


 それもホームページに書かれていた事だが、岩屋は眉唾と言い、統也も半信半疑な説だ。


「それはぁ何か、複雑な思想っぽいとしか……」

「眠りを飛び越え、人の霊性を開花させる場合もあると、科学的にも立証されている。

 神経ホルモンの異常分泌を起こしている以上、疑えない思想だわ」

「は、はぁ……」

「でも、人の霊性を、超能力や霊能力の類とは思わないでちょうだい。

 発狂者を引き合いに出せば、単純に、理性の箍を壊す力が働いたと思えば良い」

「理性の箍……だから、発狂……」

「正常な者から見れば発狂でしか無い。

 けれど、当人からすれば真の姿に目覚めた霊性の高い存在。

 本来、人が持っている当たり前の衝動に突き進み、流されているだけ」


 人間は狩猟民族だ。武器を作り、攻撃し、命を狩る。

その原始の時代を超えても、主張や宗教の違いで多くの血を流して来た種族でもある。

他の動物には見られない行為だ。

これが人間の持って生まれた性であるなら、統也の父親や雅之は起源の意識を取り戻したと言える。


 最も、由月の主張には明確な裏づけが無い。

だが、専門家なりに根拠を持って分析し、真実に近づこうとしている。

その賢明さを統也が疑う事は無い。言葉を失う統也に、由月は続ける。


「6日前のあの日、あの時間、地球の心音は全てのボーダーラインを超えた。

 それによって世界は急変し、誰の目から見ても明らかな変化が現れた。

 今更この現象を止める事は出来ないわ」

「そんな簡単に割り切れませんよっ、俺達に抵抗する術は無いんですか!?」

「どうかしらね? 今 分かっている以上の影響が見られる可能性も無いとは言えない」

「これ以上の変化なんて冗談じゃ無い!

 アイツらにしろ、死んだって生き返って襲って来るっ……

 これも影響の一部だって言うなら、手も足も出ないじゃないですかっ、」


「彼等はまだ死んでいないわ」


「ぇ?」


 由月の言葉に統也は目を見開き、息を飲む。



「――死んで、ない?」



 脳裏に蘇えるのは、食欲の儘に襲いかかって来る母親の姿。

顔の半分を食い千切られ、見るも無残な母親が、あの時にはまだ生きていたと言うなら、統也の恐慌は言い知れない。



(母サンは生きていた?

 死んで蘇えって来たんじゃなく、ただ生きて……?)



 統也の体がガタガタと震え出す。

由月はそれを一瞥で確認すると、話を続ける。


「誤解しないで。“厳密に言う”と、と言う話よ」

「でも、ぃ、生きて……だから、死んでなかった、って……」

「厳密に。状況にもよるけれど、肉体の死と脳の死は速度が異なるのよ」

「何ですか、それ……」

「医学的な死は確かよ。けれど、脳科学的には違う。

 脳の一部は肉体の死後一定時間、僅かであっても活動し続ける。

 睡眠時と同じデルタ波も観測されている。

 その間、地球の心音をダイレクトに受け取り、蘇えりと言う生態に変化するのだと……

 勿論、これも私の推測に過ぎないけど」


 由月の主張を引いて説けば、肉体と言う機能を失う事で脳は丸腰になるのだ。

直接的に不協和音を受け、霊性を呼び覚まし、そして、蘇える。



「最後に残る脳機能の一部と言うのが、食欲。だから彼等は貪る」



 敵は死者でも発狂者でも無い。原発は地球そのもの。

最も、諸悪は自然破壊に温暖化を招いた人間だと言うから堂々巡り。

解決の糸口が見つからない。


「私の話を聞いて、信じるか、どう捉えるかはアナタの自由よ。

 それよりも、アナタはどう生きたいと思っているの?」


「!」


 既に見失いかけている命題に、統也は頭を振って項垂れる。


(どう生きたいか何て、そんなの分からない……ただ、こうなる前に戻りたい!

 皆が当たり前にいた時に戻りたい! それだけだ!!)


 願っても過去に戻れない事は解かっているが、今を生きる事が精一杯すぎて、それ以上の希望が持てない。そんな統也の苦しみは空気を伝う様だ。

由月は目を細め、固く握られた統也の拳に手を添える。



「ぉ、大川サン……?」


「今、アナタを頼る者が生きている。

 アナタが守りたいと思っている者が生きている。

 それだけで、アナタは前を見なくてはならない。どんなに辛くても」



 由月の言葉に誘われる様に思い出すのが、岩屋や日夏、仁美だ。

そして、目覚めを願っている田島もいる。


(どんなに辛くても……それが、俺の生きる理由……)




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