第45話 6日目。

 ――6日目。



 早朝から作業に駆り出される。

駐屯地内には様々な施設棟があるも、死者との戦闘で殆どが使い物にならなくなっている。

現在、確保されている生活領域は、隊舎と車庫、その2つを繋ぐグラウンドだけだ。

統也と日夏は清掃係として、敷地内に散らばるガラスの破片やら残骸を箒で掻き集める。


「そう言えば、まだ由月サンを紹介してませんでしたね!」


 昨夜は熟睡できたらしく、日夏の顔色は良い。

尊敬する統也とも無事に再会を果せた事もあり、表情は頗る明るい。


「本当は昨日の夕食の時にでもって思っていたんですが、由月サンはいらっしゃらなくて……

 多分、研究が思うように進められないから、食事どころじゃ無かったのかも……」


 それを他所に自分達は呑気に腹拵えをしていたと思うと、忽ち申し訳なくなって来る。

これは拙い。又も日夏がしょげ返る前に話を進めてしまおう。


「日夏、研究って言うのは、アイツらの生態とか、そうゆうのだよな?」

「はい!

 由月サンは大学の研究室で、世界がこんな風になってしまった原因を調べてて、

 それと一緒に化け物の観察もしていました!

 お陰で僕らは色々な事を教えて貰えて、ここに辿り着く事が出来たのだって、

 由月サンが後押ししてくれたから何です! 僕の事も、ずっと励ましてくれました!

 統也サンが生きている事だって、由月サンには分かっていたし、

 由月サンは本当にすごくて、素晴らしい人なんです!!」

「ゎ、分かったよ、日夏、落ち着けって、」


 熱弁する日夏を見るのは初めてだ。

キラキラと目を輝かせ、頬を真っ赤に染める様は恋する乙女と言って過言では無い。


「後で由月サンを紹介しますね!」

「サンキュ。でも、昨日の晩に会えたから大丈夫だよ」

「え……?」


 ピタリと、日夏の手が止まる。


(あれ? 俺、何かマズイ事を言ったのか……?)


 日夏は両手で箒の柄をギュッと握り、今に泣き出しそうな顔をして統也に詰め寄る。


「き、昨日の晩って……夜ですか? 何でっ?

 昨日は一緒に早くに寝たじゃないですか、それでどうして由月サンにっ?

 いつ会ったんですかっ?」

「ぃゃ、たまたま……」

「たまたま会うんですかっ? 由月サンの部屋は僕達とは反対側の棟で上の階なのにっ?

 それなのに、たまたま会えるんですか!?」

「ト、トイレにさ、行こうと思って……暗くて迷ったんだよっ、

 そ、それで困っていた所にバッタリ!

 あの人も寝つけなかったみたいで、本当に助かったよ!」


(な、何だよ日夏っ、もしかして大川由月の事……)


 統也の言い訳はピンと来るものでは無いが、これも信頼関係の成せる技か、

日夏は充分に納得し、安心した様子で肩の力を抜く。


「何だ、そっかぁ。由月サンはすごいなぁ、困っている人の所にパッと現れるんですね!」

「ぁ、あぁ……そうゆう考え方、前向きで良いと思う、うん、」


 今後、日夏に由月の事を聞くのは控えるべきかも知れない。



「ちょっと宜しいですか?」



 噂をすればだ。由月が2人の作業場に現れる。

昨日までは白衣にロングスカートだったが今日には長い髪を後ろに一纏めにひっつめ、女性隊員の物だろう白い長袖Tシャツに、迷彩柄のパンツを履いている。

研究職としてトレードマークの白衣はその儘に、まるで軍医の様なコーディネイト。


「ゅ、由月サン、どうしたんですか、その格好!? ビックリしました!」

「動き易い物をとお借りしたのだけど、私には大きくてだらしないわね」

「由月サンはスマートだからしょうがないです! でも似合ってます! 素敵です!」


 見事な太鼓持ちと言いたい所だが、これも日夏の本音なのだろう。


(昨日の夜、スカートを破いたからか……

 着る物だって恵まれてるわけじゃないのに、俺ってヤツは、)


 猛省。由月は項垂れる統也に目を向ける。


「水原統也君、でしたね?」

「え!? はい、俺、ですか? はい、そうですっ」

「お友達の事を少し聞きたいのだけど、手は空けられますか?」

「田島ですね!? 勿論です!」

「では、こちらへ」


 2人の背を見送る日夏は、しょんぼりと肩を落とす。


 統也は日夏に箒を預け、親鴨の後ろをついて歩く子鴨の様に由月の背を追う。


「後ろを着かれては話にくいのですが?」

「ぁ、す、すみませんっ、」


 高圧的。

由月には人を阻む威圧感があるから、隣りを歩くにも気が引けていた所。


(大川由月……大学教授には見えないな。学生? 学生でこの貫禄って、すごいな)


「ぁ、あの、昨日は、すみませんでした、」

「いいえ。アナタが悪いのでは無いので、謝らないで結構です」

「は、はぁ……それじゃぁ、えっと……今日は田島に会わせて貰えるんでしょうか?

 昨日は、隊員の方に断られてしまって……」


 駐屯地に着いて直ぐに田島の容体を尋ねた統也だが、隊員の返答は『目下治療中です。面会は暫くお控えください』と、事務的なあしらい。

又、点滴治療で延命は可能だとも聞いているから心配無用なのだろうが、見舞う事も出来ないとなると不信感が募る。


「私は死者や眠る者についての考察を求められているだけで、

 その件について言える事は何もありません」

「そう、ですか……」


 由月は正面玄関前で立ち止まり、足元の段差に腰かける。


「彼が眠ってから、今日で6日目と言うのは確かですか?」

「はい。変化が起きた初日に。

 でも、その2ヶ月くらい前からかな、眠気がおさまらないって言ってました。

 てっきり夏病だろうって……」


 眠い程度、何の事は無い。

そう高を括っていたが、もう少し慎重に話を聞いてやるべきだったと統也は後悔している。

由月の隣に腰を下ろし、反省続きに肩を落とす。


「影響をずっと以前から感じていた……

 そうゆう人達は、自らの心身の変化を夏病と思っていたし、医者もそう診断していたわ」

「ニュースじゃ時々、夏病で暴れる人がいたってありましたけど……

 もしかして、その時点で発狂者も現れていたんでしょうか?」

「私はそう捉えています」

「ハァ、何でもっと早く……」


 的確な判断を下せる者がいたなら迎える現実は違ったものになっていたのでは無いか、全てが悔やまれてならない。


「眠りや自殺、発狂にしろ、どうして人によってタイムラグがあるんでしょうか?

 それに、死んだ人間が蘇える何て……」


「地球の奏でる心音が変化した」


「!」


 全てはそこに起因する。由月は指先で足元の砂に円を描く。


「地球の心音は7.8ヘルツ。私達はその鼓動を聴きながら誕生し、進化する。

 そうなるよう、私達の生態系は予め設定されている」

「設定?」

「ええ。地球環境は7.8ヘルツに調律されているの。

 それが人類にとって、最も居心地の良い空間。地上の生命体に共通して言える体質」

「7.8ヘルツって、具体的には……」

「f分の1の揺らぎのようなもの」

「す、すいません、それはどうゆう……」

「これに限っては科学的に立証されてはいないのだけど、スペクトル密度が反比例する揺らぎ。

 ……そうね、川のせせらぎのようなものかしら」

「あぁ。それは確かに、居心地良さそうですね」

「これは私の仮説よ。

 起きている時点で、私達は狂った地球の心音=不協和音を聴き続けなくてはならなくなった。

 その影響から逃れる為、脳の松果体が過剰に反応し、

【眠り】と言う防御態勢を取らせたのではないか、と」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る