第43話 衆意の見地。
その晩、統也はこれ迄に無く眠れず、寝返りを繰り返す。
(疲れてる筈なんだけどな……)
2段ベッドの下では日夏が、隣のベットの1段目には岩屋が寝息を立てている。
部屋は割れた窓ガラスの代わりに板が打ち付けられ、その僅かな隙間から、夜間巡回中の隊員等が向ける懐中電灯の明かりが時折 差し込む。
(家から何か持ってくれば良かったな……あぁ、ホームシックとか俺、ガキかよ……)
家族写真の1枚くらい持って来られない事は無かったのだが、蘇えった母親の息の根を止めたその直後に手に取れたものでは無かった。
然し、こうして砦に辿り着いてしまうと、当分は帰宅する事は適わないと実感させられる。
移動し続ける事で紛れていた感傷が、秒を追う事に溢れる。
(父サンも母サンも、雅之も死んだ……)
手に握られるのは父親の携帯電話。これが形見ともなる唯一の温もり。
画面に触れ、画像フォルダーを開けると、統也は瞠若する。
(あぁ……これ、俺のガキの頃の写真だ)
小学校の入学式や、中学・高校では体育祭での統也の様子、そこには母親の満面の笑顔も一緒に写っている。
余りの懐かしさに、統也の目からは涙が零れる。
(何だよコレ……父サン、バカじゃないか、家族の写真ばっかり……
本当、勘弁してくれよ、こんなの、俺、知らなかった……
こんなに大事に思って貰えてた何て……全然 知らなかった……)
『お前なら生き延びる事が出来る……信じているから、』
「うっ……、」
父親の最期の言葉を思い出せば、嗚咽が口から漏れてしまいそうだ。
この儘では岩屋と日夏に気づかれてしまう。
統也は静かにベッドを降り、部屋を出る。
廊下は点々と照明が点り、薄暗いながらも夜間の視界を助けている。
夜に限っては敷地内とは言え隊舎の外に出てはならないと、予め注意を受けている。
それでも、小狭い部屋よりは玄関前ロビーの方が息抜きが出来そうだ。
「あれ?」
「あぁ、統也クン」
廊下で出くわすのは、隣室を宛がわれている仁美だ。
「平家サン、どうしたんです?」
「トイレ。ってゆぅか、知らない人と同じ部屋って何か落ち着かないし。そっちは?」
「あぁ……俺も同じようなものです」
「そっか。部屋、戻るトコ?」
「いえ。ロビーなら風に当たれるかな、って」
「ふーん」
「それじゃ、おやすみなさい」
仁美に小さく頭を下げ、統也の足はロビーに向けられる。
「ねぇ、一緒に行ってもイイ?」
「……はい。良いですよ」
1人で息抜きをするに越した事は無いのだが、仁美は女性隊員と相部屋だから余計に気を使ってしまうのだろう。
ロービーに向かい、統也がソファーに腰をかけると、仁美は当然の様にその隣りに座る。
向いにもソファーはあると言うのに、ロビーもそれなりに広いから、仁美との距離が余計に近く感じる。
(平家サンはどっちかって言うと……人付き合いが苦手。だと思う。
と言うか、面倒に感じる人のように思ってたんだけど、そうでも無いのかな?
俺に慣れてくれたのかな?)
仁美は常に突慳貪だ。人と話す時も気怠そうな相槌を打ち、愛想は皆無。
きっと普段からそうゆう態度だろうから、人付き合いも緩く、必要最低限であっただろう。
そんな仁美が、統也には距離を詰めるから意外性。
だが、危険な道程を共に乗り越えて来た事で信頼を獲得できたとすれば、統也も頑張った甲斐があったと言うもの。
「ねぇ、統也クンの仲間って、岩屋サンと靖田クン何だよね?」
「ええ。俺はそう思ってますが、向こうはどうかな。ハハハ」
「ふーん……」
「何でです?」
「別に。想像してたのと違うから」
「?」
統也の様な勇敢な男の仲間なら、それに匹敵する人格者に違いない。それが仁美の想像。
然し、実際会ってみれば、岩屋は自己中心的で日夏は酷く弱虫だ。
2人のどちら共が頼りなく感じるから、統也とのバランスが悪く思える。
「統也クンはさ、彼女はいないの?」
「!」
続け様の質問に統也の脳裏に思い浮かぶのは、世界の異変に気づく切欠を与えた人物、堀内だ。
(彼女って言われて堀内を思い出すのか……
そうだよな、だって堀内はすごくキレイで、高嶺の花で、告られた時はすごく嬉しかった)
「ええ。いましたよ」
「……ふーん。ま。いるだろうね、統也クンなら」
「そうですか?」
「ん。何かモテそう」
「そんな事ありませんよ。からっきし全然です。非モテ街道まっしぐら」
「それはナイっしょぉ。モテるヤツって、自覚症状ナイのが多いからね。
彼女いたんなら、皆、空気読んで身ぃ引いてたんじゃない?」
「どうかな、俺、基本ボーっとしてましたから」
「じゃ、やっぱり気づいてナイ系だ。で? 彼女は? やっぱ……ダメだった?」
「……ぇぇ、残念ながら」
統也は小さく頷く。
気になったとは言え、やはり拙い事を聞いてしまった様だ。
これでは岩屋達を兎や角言えない。仁美はバツが悪そうに目を伏せる。
「気にしないでください。俺だけじゃないですから。大切な人を失ったのは」
今いる生存者の誰もが、家族や恋人・友人を失っている。
辛く悲しい事だが、それを糧にして乗り越えなくてはならない。
その寸暇、統也は玄関前を走り去る人影を視界に収める。
暗がり中のほんの一瞬の出来事だが、見間違いとは思えない。
統也は警戒心に併せて立ち上がる。
「ど、どうしたのっ?」
「誰か、外を通り過ぎたように見えたんですが……」
「何だぁ、ビビらせないでよ。それなら警備してる人達でしょ?」
「そうかな……明かりも持たずに?」
巡回中の隊員なら懐中電灯を持っている筈だ。
そうでは無いとすると、些か奇妙。
「平家サンはここにいてください。俺、見てきます」
「はぁ!? ダメに決まってんじゃん!
夜は絶対出ちゃダメって、松尾って人が言ってたでしょッ?」
「大丈夫です。少しだから」
少しも何も駄目なものは駄目なのだが、こうゆう事には聞き分けが無いのが統也。
仁美をロビーに残し、携帯電話のライトを照明がわりに外に出る。
夜間警備は2人1組。
敷地内をグルグルと巡回するのだと聞いている。
玄関前で左右を見やるも隊員の姿は見られないから、人影はその隙を縫って走り去ったのだろう。統也も同じ方向に進む。
(あの動きは生存者だ。でも、何でこんな夜にコソコソと?
まさか、発狂者が紛れ込んでいるんじゃ……)
生存者と発狂者の境界は明確では無い。
ここは1人で追跡するよりも、隊員に報告し、協力して警戒を強化すべきだろう。
そう考え至った所で、正門をよじ登り、敷地外へ出ようとする人影を発見する。
(アレだ!!)
「そこ! 何をしてるんですか!?」
「!」
警備を呼びに行く時間は無かった様だ。
統也の制止に人影はピタリ、と動きを止める。手に何か持っている様だ。
(丸腰で出て来たのはマズかったかも知れない……と言っても、
銃は全て取り上げられてしまったし、何かあれば素手で何とかしなくちゃならない、)
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