第42話
今日1日で、S県Y市Y地区 自衛隊駐屯地が迎えた一般生存者は6人。
内1人、田島は眠りを発生させているが、新たな仲間が加わった事に駐屯地の先住者達は心ばかりの夕食会を催す。
「よぉ、兄チャン達、C市から来たってなぁ! 良く生きてここまで辿り着いたなぁ!
俺は
生きて会えたんだ、ここは安全だし、明日から一緒に頑張ってこぉや!」
昼間は大工仕事に精を出していた緒方は、下っ腹の出た威勢の良い中年男。
統也と日夏の背をバシバシと叩いての歓迎。
2人は口に含んだドリンクを吹き出しそうになりながら、苦笑交じりに頷く。
「こ、こちらこそ宜しくお願いします。
まさか本当に避難所に辿り着ける何て思いませんでした」
「そうだなぁ、こんなんなっちゃぁなぁ……
俺はさ、何人かとここいらの道路工事に来てて運良くだ、逃げ込んで避難させて貰った。
まぁ、同僚の殆どは何だかんだ食われちまったけどな。
あの辺でベシャくってる連中も俺と似たようなもんだ。
あっちに若ぇ姉チャンがいるが、あれでもここの隊員サンだ。
若い男が増えて1番喜んでんのは、女共だろぉなぁ、ハハハハハ!」
緒方は割り箸の先で食堂に集う面々を指す。
早くここに馴染む為にも、新たな仲間達の顔を覚えておこう。
殆どが近所に住まう顔見知りらしく、不便のある環境でも打ち解けている様だ。
統也は緒方の話に相槌を打ちながら、1人1人に目を向ける。
(日夏が言うには、ここはまだ避難所として機能していないそうだけど……
そう考えると、こんな呑気に食事をしていて良いもんなのか、)
今この時にも命の危機に瀕している人々がいると思うと、統也の面持ちは浮かない。
その様子に、岩屋は励ます様に統也の肩を叩く。
「それにしても水原君、キミ、ホントに大したもんだよ。
流石に今回は駄目だろぉって、死んじまったもんだとばっかりさ、なぁ、靖田君」
「はい! 本当に、本当に心配しました!
電話口であんな声が聞こえてきたから……うぅぅっ……」
あの瞬間を思い出し、日夏は再び涙き出すが、統也には何の事だかサッパリ分からない。
暫し視線を漂わせ、思料した後に表情を強張らせる。
「電話って……」
「電話だよ。かけただろ? 今朝」
統也の手元にあるのは、父親の携帯電話だ。
岩屋と日夏には、自分の携帯電話を雅之に譲渡した事を伝えていない。
電話をかけたと言うなら、応答したのは雅之に違いない。
統也はドリンクのカップを机上に置き、日夏の肩を掴む。
「誰か出たろっ? 俺のスマホ、人に貸したんだ!」
「え!?」
「何だよ水原君、そうゆう事ならひとこと言いってからだなぁ、」
「雅之は何てっ? 雅之から俺の事、聞かなかったのかっ?」
「ぁ……いえ、その……じゃぁ、あの声は……」
統也の悚然とした様子に、日夏は目を反らす。
とても、あの様子を伝える気にはなれない。代わって岩屋が言及する。
「水原君、多分その人、死んだぞ。ヤツらに食われて」
日夏の肩を掴む統也の手が、スルリ……と滑り落ちる。
傍らで、カップ焼きソバを啜っていた仁美の手もピタリ、と止まる。
そして、統也にゆっくりと目を側むのだ。
(雅之が、死んだ……)
弟の為に必死に頭を下げた雅之の、兄としての姿を思い出す。
「どうして……」
死者に食われる事に、理由も脈絡も無い。
雅之は発狂者として弟の食事の世話をしていた。
『もう2度としない』と言っていたが、自分の衝動を抑えきれず、生存者捕獲の行為に及び、その結果、始末をしくじったのかも知れない。
そうで無ければ、腹を空かせた弟に自らの肉を提供したのかも知れない。
何にせよ、知る由も無い事だ。
仁美は統也の袖を引っ張る。
「しょうがないよ……統也クンは良くやったと思うよ?」
出来る限りの事はした。然し、統也からすれば、それこそ推論の域を出ない。
もっと力になれる事は無かったのかと、自己を責めずにいられない。
仁美は『時と場合を考えて物を言え!』と言いたげに、岩屋と日夏を藪睨む。
「統也クン、行こ? 向こうで休も?」
統也は仁美に袖を引っ張られるが儘、岩屋と日夏・緒方の輪を外れる。
何処からか仁美が持って来た丸椅子に腰を下ろすと、統也は疲れを露わに背を丸める。
その様子を見届ける岩屋は、日夏の腕を肘で突く。
「何か、知らせちゃ悪い話しだったな?」
「は、はい、すいません、僕、余計な事を……」
「別にキミを責めちゃいないだろ。知らん顔するような話しでも無かったんだし。
でもまぁ、もう少し気ぃ使ってやるべきだったかもな……
あの様子からすると、親父サンも駄目だったんか知れないし」
身内の件においては触れずを通したが、状況が状況なだけあって人の死に対して少し無頓着になっていた様だ。
岩屋はそう反省しつつも、統也と仁美が気になるらしく、瞥々と見やる。
「それにしても彼女、水原君のか?」
「?」
「女だよ、女ぁ」
「か、彼女って事ですかっ?」
「そうなのか? って聞いてんだよ、俺がぁ」
「ゎ、分かりません、僕、何も聞いてませんし……」
駐屯地に到着した時点で、統也からは仁美が父親の会社の従業員であった事を併せて紹介されている。
その際、仁美が『ああ、どうも』と、素っ気無い挨拶をした態度に僅かながらの苦手意識を持った訳だが、統也に大しては随分と世話焼き女房面をしているのが意外でならない。
「ああゆうのが好みか、水原君は?」
「ぃ、岩屋サン、今はそっとしておいてあげましょう?」
携帯電話を貸す程の相手なら、それは親しい友人に違いない。
そんな相手を失ったのだから、統也の傷心は言外だろう。
日夏の制止に岩屋は頷く。
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