第41話 奔走の再会。

 由月は部屋に留まる日夏を訪ね、借りていた携帯電話を返す。


「これ、ありがとうございます」

「は、はい!」

「あぁ、大川サン、研究室の準備は出来たのかい?」

「いいえ、まだ。一晩はかかると聞きました」

「あぁあぁ、今日1日、ゾンビの観察は出来ないって事か」

「……」


 継続こそが研究と言う由月にとって、貴重な1日が無駄になった事は大きな損害だ。

落胆を隠せない由月を労わる様に、日夏は話を続ける。


「携帯で何をしていたんですか?」

「大した事ではありません」

「そうですか、」


 日夏は両手に携帯電話を握り、ジッとその画面を見つめる。



「統也サン……」



 電話口で聞こえた統也の苦しむ声が耳に蘇える。

そんな日夏の感傷に、岩屋はベッドに転がり、布団を被る。

相手をしていたら切りが無いとでも言いたげだ。

由月は小さく一息をつくと、日夏の髪を撫でる。


「思い出しているのね」

「はい……」

「それは良い事よ」

「そう、ですか?」

「ええ。人は2度 死ぬ生き物だから」

「え?」

「1度目は肉体の死。2度目は人の記憶から葬り去られる死。忘却は死を意味するの」

「覚えていたら、統也サンは2つ目の世界で生きてる……」

「ええ。記憶の中で」


 由月に撫でられる感触が心地良い。

悲しみが解れてゆく感覚に目を細め、日夏は由月を見つめる。


「統也サンと出会えたのは、これのお陰なんです。

 僕、小さい頃から引っ込み思案で、高校へ行っても友達が作れなくて……

 あの日も1人で学校から逃げ出して……怖くて、寂しくて……

 このまま死ぬんだろうなって思ったら、最後に誰かと話したくなったんです。

 どうせ誰もいないって思ったけど、ネットの掲示板を見て……そしたら、いたんです」



《僕は水原統也です。秀明高校3年、18才です》



「水原統也……」



《生きています》



「生きてるって、嬉しくなった……独りじゃないって、励まされたようで……」


 人の命が在る事。それがどれだけ日夏の胸に沁み入った事か。

涙を浮かべる日夏は再びそのページを開く。そして、目を丸めるのだ。


「あれ? ……掲示板、更新されてる?」



《水原統也。今も生きています》



「統也、サン……?」


 更新は今日の日付。時間もそう経っていない。

由月は画面を覗き込み、小首を傾げる。


「あら。蘇えったのかしら?」

「そんな、だったら、携帯を使える筈が……」

「それなら、生きていたのでしょ?」

「ぇ、でも、だって……、」


 由月は日夏の髪を最後に一撫でし、クルリと踵を返す。



「1人で立ち向かう勇気を持った者が、最期に助けを求めたりはしない。

 それが私の結論です」



 電話口で聞こえた声は、『助けて』と言いかけていた。

然し、由月はその時点で奇妙さを覚えていたのだ。


 日夏は息を飲み、震える指先でメッセージを書き込む。



《待ってます。日夏》


《了解。統也》



 直ぐに返されるメッセージ。生きた統也からの電波。日夏は呟く。


「思い出した……」



『どうしても死ななきゃならなくなった時、出来るだけ潔くありたいから』



 そう言った統也が、最期を迎えるその時に、日夏からの着信に出るとは思えない。

心配させない為、静かに黙って逝く事を選ぶに違いない。

その事実を、漸くハッキリと思い出せた様だ。


「統也サン、待ってます、待ってます、待ってますから!」



*



 室内に響く心電図の音。

部屋の中央には、田島を寝かしつけたストレッチャー。

体はベルトで固定され、身動き取れない状態になってる。


「この設備では心許ないな……」

「仕方がありません。あの騒ぎで殆どの物が壊されてしまいましたから、」


 田島を収容した先は、本来なら充実した設備を持つ医務室なのだが、今の環境では点滴を打ち続けるのみ。それも限りある薬品だから、使用には慎重になりたい。


「然し、良く生きていたものだ、この少年は」

「放置されれば間違いなく死者達の餌食だったでしょう。然し、この状態では長くは……」

「薬品を無駄にする事は出来ないが、―― これは尊い命だ。

 我々は、眠る者を呼び起こす為の実験を可能な限り試みる必要がある」


 眠った者を如何にして目覚めさせるか、と言う課題。

多くが保護する前に死者達の餌食になっている中、ある意味、状態の良い眠る者の実験体が手に入った。生き残りを賭け、出来る限りの結果を出したい。

田島を収容したには、こうした訳があっての事。


「小娘とは言え、研究者の端くれを迎える事が出来たのは不幸中の幸いだ。

 彼女の主張では、脳機能が重要と言うじゃないか。とすれば、

 この少年の心肺が停止しようと、脳死する前に電気ショックで蘇生し、延命させれば、

 蘇えりは防げると言う事になる。最も、愈々となれば始末をつけざる負えんが」



*



 バイクのエンジン音が響けば、自衛隊駐屯地の正門は再び騒がしくなる。


「着きましたよ、平家サン」

「すご……ホントだ! 避難所じゃん!」


 統也の話を半信半疑で聞いていた仁美だが、実際目にしてしまえば感動も一入。

駐屯地の正門は開かれ、岩屋達と同じ様に迎えられる。


「速やかにバイクを降りなさい」


 拡声器の声に従い、2人はバイクを降り、統也はヘルメットを外す。

そこに、日夏と岩屋が駆け込む。


「統也サン!!」

「うわ! ホントだ! マジか!? 水原君じゃないか!!」


 たった数日の付き合い。たった数日の別れ。

それでも長い事連れ添って長い事ご無沙汰であった様な気がするのは、一緒にいた時間が深いものだったからだろう。

統也は2人の笑顔を前に深呼吸にも似た一息を吐き、腰を抜かしてその場に座り込む。


「ハハ! 何か、力抜けた……」



*

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