第40話

「キミの研究室が整うまでは暫くかかる。それまでは、ここで自由にして貰って構わない。

 ああ、岩屋君と靖田君、キミ達もだ。だが、くれぐれも敷地の外には出んでくれよ?

 命の保障は出来なくなる。ハッハッハッ!」


 松尾は達観したかの様に歯切れの良い笑いを残し、執務室へと戻って行く。

由月の特権にて自由を獲得した岩屋と日夏は、短い監獄生活からも解放され、安堵の息。

由月は2人に目を側む。


「携帯電話、持っているかしら?」

「はい! どうぞ!」

「お借りするわ」


 由月は日夏から携帯電話を受け取ると、颯爽と隊舎の外に出て行く。

その足並みは、『誰も着いて来るな』と言う様だ。


「由月サン……」

「あ~あ~、やっぱりな。彼女の事を言ったのはマズかった」

「ど、どうしてですかっ?

 さっき、あの松尾サンって人も言っていたじゃないですか、研究はここでも出来るってっ」

「彼女は1人が良いんだよ。

 俺達がいたのだって迷惑そうだったし、幾ら少ない生存者とは言え、ここに何人いるよ?

 軽く40人はいそうだぞ? ああゆうタイプは集団生活とか絶対無理だ。俺もだけど」


 敷地内には隊服を着ている者もあれば、そうでない者もいる。

きっと避難が適った近隣住人だろう。

隊員の指示に従い、車両整備や大工仕事など、暑い中を環境整備に勤しんでいる。

その内2人も、この作業に駆り出される事だろう。



*



 バイクに給油する統也は、思わず声を上げる。


「あ!」


 これに肩を震わせる仁美は、素早く統也に引っつき、周囲を警戒する。


「で、出たッ?」

「平家サンっ、コレ、コレ見てください!」


 統也は携帯電話の画面を仁美に見せる。

そこには【自然環境研究所】と題されたページが表示され、更新履歴に今日の日付が記されている。


「何コレ?」

「更新されてるんですっ、生きてるんだ、大川由月は!」

「誰?」

「このページを作った人です!」


 更新されたページを開くとそこには、驚くべきタイトルが打たれ、2人は息を飲む。


「蘇えりの生態系……だって?」

「蘇えりって、ゾンビの事だよね?」

「そうだと思います」


 現象の発端から始まり、死者達に対する情報が開示されている。

一刻も早く読みたいが、ここでは死者に襲撃されかねない。


 給油を済ませ、高速道路上にある非常階段の看板を見つけ、開閉式の遮音壁扉の前にバイクを止める。

扉を開け、折りたたみ式の梯子を引き出し、高欄壁に上って扉を閉めてしまえば、一時的な砦として機能する。こうして度々休憩を取っていた2人だから、今となってはお手の物。

腰を据え、早速、更新されたページを読み進めるとしよう。

2人は顔を見合わせ、コクリと頷く。



《蘇えりの生態系 ―― 死者の観測をして五日ばかりだが、判明した限りを記す》


《彼等は死によって脳機能の殆どを消失している。

 生前の記憶は無く、意思疎通する様子も見られない。

 唯一残る原始的行為=【食べる事】を最後の機能を主とする存在だ。

 無論、空腹があっての事では無い。満腹感も無い為、無尽蔵に貪る。

 食料とするのは主に生きた人間。

 肉の柔らかい腹部・大腿部、又、血が多く流れる首筋を好むようだ》


《3日目、食料を失った彼等は相手を問わず攻撃し、共食いを始める。

 又、損傷した肉体は自己修復する事無く、痛覚も存在しない。

 肉体が部品となった状態では大半の機能を失うが、頭部だけは活動し続ける。

 やはり、司令塔である脳を破壊しなければ、存在を停止させる事は出来ない》



「な、何これ……グロすぎるんですけど……頭だけは動くって、最悪……」

「ぇ、えぇ……でも、アイツらは手や足だけじゃ動けないって事ですよね?」

「これ書いた人、ヤバくない? ソンビの観察なんって、どうやってやってんの……?」



《仮説の域を出ないが、彼等には寿命が存在する。それは肉体が滅びる事で訪れる》



「寿命……」

「死んでんのに寿命とかあんの?」



《肉体が再生しない以上、彼等は腐り続ける。自然と土に還るのだ。

 その期間には個体差があり、損傷具合に大きく左右される。

 最も早いケースで2日。多くは5日に至る現在でも活動し続けている。

 そして、天候により、ある種の行動が制限される事も幾つか確認される》



「行動の制限って、すごいぞ、これ……」



《単純に、気温が上昇する事により肉体の腐敗は早まる。

 無意識による延命か、活動期間を延ばす為、日差しを避ける者もいる。

 雨天時にも同様の反応が見られた。

 肉体の腐敗が進むにつれても活動が制限されると仮定できるだろう。

 屋内への避難は これ等を考慮に入れる事を推奨する》


《例外とするのは、肉体損傷レベルが低い、

 もしくは、地球の影響に対する適正や耐性を持った蘇えりだ。

 このタイプの多くは嗅覚にも優れ、他の蘇えりよりも強い力を保持している。

 動きも通常の物に比べ俊敏である。三体程が金網の囲いを破り、脱出にも成功している。

 内1体についてはフェンスをよじ登る行為を取った。

 知能レベルにも個体差が見られるようだ》



「嘘、ヤバイよ、これ……ゾンビって頭使えるの?」

「そうゆうタイプもいるようですね、」



《彼等には眠りの習慣は無く、夜間も日中同様の活動が見られる。

 夜目が利くか迄は判明しないが、聴覚・嗅覚のみでも充分に行動が可能。

 安心できる事は、感染による蘇えりの拡大が見られない事。

 死と言う条件のみが蘇えりの要素と考えられる。

 そして、世界における病原菌や化学薬品における汚染の確認も今の所はなされていない。

 この事から、現状における異変は先に述べた通り、地球の変調による影響と強く確信できる。

 発狂者についての観測は経過観察後、記述するものとする》



「夜は動くのやめ。絶対やめ」

「そ、そうですね。アイツらの方が感覚は優れているみたいだから、気をつけましょう。

 それより、この発狂者って言うのは……」

「あぁ、【発狂者】って、的を射てるよね。アレでしょ? 雅之クンみたいなタイプ」


 躊躇われるが、統也の父親も、ここでは発狂者と分類しなくてはならないだろう。


「大川由月は、その発狂者についても、観察してるみたいですね?」

「そうなるねぇ、この文じゃぁ……

 って言うか、ゾンビ観察してるくらいだから、それくらいやってるんじゃないの?

 あ、でも待って。下、スクロールしてみて。他にも何か書いてない?」


 指先で画面を攫うと、末尾にメッセージが記されている。



《現在、私の近くに眠る者がいる。

 18才・男子。眠りについて5日目になるそうだ。まだ生きている。

 場所を変えて延命できる事になった。暫くは安心してくれて良い》



「これ、もしかして、田島の事……」


 まるで、統也に向けて知らせるようなメッセージ。


(そうだ、きっとそうだ! 岩屋サンと日夏が田島を連れて大川由月に会った!!

 3人は無事に、Y市に辿り着いたんだ!!)


 統也は両手で口を押さえる。喜びの余り叫んでしまいそうだ。



「行きましょう、平家サン! 目的地は決まった!」


「えぇ?」


「自衛隊だ!」



 時間はかかったが、この道を真っ直ぐ進めば程なくS県。

最終目的地はY市の自衛隊駐屯地であると定めれば、迷わずそこに進むだけだ。



*

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