第34話

「テメェも入れ!」

「分かったから、だから銃を下ろせ……」

「冷静こいてんじゃねぇぞ、ヘタレぇ。ホラ、早く歩け!

 オイ、女! それじゃぁ弘武の手が届かねぇだろが! もっと近づけ!」


 弘武の腕は幾分か自由に動くよう、ロープの長さが調節されている。

一掴みされれば忽ち引っ張り倒され、そのまま齧りつかれるだろう。

仁美は涙交じりに統也を睨み上げる。


「ァ、アンタが妙な仏心だすから悪いんだってのッ、」

「大丈夫……平家サン、大丈夫だから……」

「はぁ? 何が大丈夫だ? なに言ったって冴えねぇぞ、ヘタレ!早く齧られちまえ!

 そんで死ぬまでギャァギャァ喚け! ギャハハハハ!」


 雅之は銃口を前に突き出す。

トリガーにも指がかけられ、いつでも射殺できる準備が整っている。



「――雅之、その銃は使えないよ」


「!?」



 統也の言葉に雅之はギョッと顔を強張らせ、1歩を後ずさる。

然し、それは統也の虚勢と判断するのか、構える事をやめない。


「ぅ、嘘つけ! 弾の入ってねぇ銃なんてあるかよ!」

「弾は入ってるよ。でも、そのままじゃ使えない」


 トリガーを引けば弾が出る、そんな安易な構造をした銃はそう作られていない。

利用者の安全の為、殆どの銃にセーフティーと呼ばれる安全装置が組み込まれている。

雅之が構えるライフルのセーフティーは解除されていないのだ。

その儘では何度トリガーを引こうと弾は出ない。


 銃の使用についてはレクチャーされ済みの仁美は光明を見る。

統也の言う『大丈夫』の意味が漸く解かった様だ。


「ク、クソ!!」


 雅之は力任せにトリガーを引く。

然し、言われた通り弾は出ないから、抱え込んでガチャガチャといじり出す。

その隙に、統也は背中から もう一丁のハンドガンを取り出し、弘武の頭部に銃口を向ける。



「ぉ、お前、まだ持ってたのか!!」



 統也が日夏から預かった銃は全部で二丁。

ハンドガンは使わずに腰ベルトに挟んで持っていたのだ。


「雅之、その銃を彼女に返すんだ。でなきゃ、俺は弟サンを撃つよ」

「……ひ、弘武は死なねぇよッ、だって、もう……」

「お前も知ってるんだろ? コイツらは頭を砕けば完全に止まる」

「!!」


 これまで無事に弘武の食料を調達していると言う事は、食べ残しの処理についても雅之は熟知している。


「そ、それ……弾、入ってるのか……?」

「入ってるよ。使い方も解かってる」

「ッッ……ク、クソッ……、」


 人質を取られては太刀打ち出来ない。雅之はライフルを仁美に投げ返す。

仁美はライフルを取り戻すと部屋から逃げ出すが、統也の銃口は弘武に向けられた儘、下ろされる事が無い。


「返しただろ! お前も銃を下ろせよ!」

「……」

「まさか、騙したのかッ?」

「そうじゃない」

「何が、そうじゃないんだよ!! この嘘つきヤロぉ!!」

「何が嘘つきよ!? アンタだって嘘ついて、私達を騙したじゃないの!

 統也クン、早く行こ! そんなヤツ放って、早く!!」


 長居は禁物だ。

形勢が優位である内に この場を離れたい仁美は、地団駄を踏んで統也を急かす。

だが、統也は動かず雅之を見つめる。


「雅之、お前の気持ちは良く解かる」

「何だよ、それッ、」

「ここで全部終わらせて、一緒に行こう?」

「は、ぁ……?」


 バイクは2人乗り。もう1人を乗せるスペースは無い。

それで無くとも雅之は発狂している。同行させるには危険すぎる存在だ。

然し、統也は父親と同じ症状を見せる雅之を見捨てる事が出来ない。


「弟の為にした事なんだろ? 全部」

「……ッ、」

「弟が元気で生きてたら、こんな事しなかっただろ?」

「……ゎ、分かんねぇ、分かんねぇって……だって、楽しかったんだ……

 弘武の為って思いながら、でも、やっぱ楽しかったから……

 俺、頭おかしくなってんだ……今だって、殺したくて堪んねぇ……、、」

「雅之……」


(何故、発狂なんて現象が現れるのか……

 僅かな理性に苛まれて、傷ついて、苦しんで……

 それにも堪えられなくなれば、もっと壊れていく……)


 雅之は両膝から床に落ちると、両手を合わせて統也を拝む。


「頼む!! 殺さないでくれ!! 謝るから、全部謝るから!!

 弘武は俺の大事な弟なんだ!! もうこんな事しない!! だから見逃してくれ!!」


 最終的には土下座。

これ程までに雅之は弘武を思い、唯一残された家族に依存している。

発狂者となった今でも、失う事は堪えられない。


 統也は銃を下ろす。


「雅之、お前はずっとここに留まるつもりなのか?」

「弘武を置いてけねぇよ……そんな事できねぇよ……」

「……そうか、」


 統也は腰を屈め、雅之に携帯電話を差し出す。


「これ、やるよ」

「ぇ……?」

「バッテリーが どれだけ持つか分からない。

 でも、それまでに、もしここを出る気になったら、この番号に連絡してくれ。

 必ず迎えに来るから」

「お前……」


 統也の手元には父親の携帯電話がある。

まだ端末は残っているとは言え、万一を考えれば失うには手痛い文明の利器。

それでも、雅之に託さずにはいられない。


 雅之は泣き崩れる。

まだ心に残る『人』としての感情が、そうさせるのだろう。



 派出所を後に、バイクは再びS県に向かう。


「あのさぁ、アンタ、バカすぎるでしょぉ!?」

「えぇ!? 何がですかぁ!?」

「スマホ! 携帯だって!」

「あぁ、あれぇ……別に、俺には父サンのがあるんで!」

「そうだけどぉ…… バーカ!」

「ハハハ……、」


 バイクに乗りながらの会話は声を張り上げなければ聞こえない。

馬鹿デカイ声で仁美に叱責され、統也は苦笑するばかりだ。

雖も、仁美の顔には笑みが浮かんでいる。



「ま。そうゆうの、嫌いじゃ無いけどね」



 ポツリと呟き、統也の背に頬を寄せる。




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