第33話

「で? 相手は何処?」

「あそこ。派出所に戻りました。

 小さい弟サンを残しているそうで、これから届けに行きます」

「はぁ!? あぁもぉ、何でそこまでしてやるかなぁ……ホント、信じらんない!」

「ハハハ。すみません。平家サンはここに残ってくれて良いですよ。

 俺、ひとっ走り行ってきますから」

「ちょっと待ってって! 行く、行くよぉ、こんなトコで何かあっても嫌だからぁ、」


 ライフル一丁を預けられても、緊急時に1人で逃げ切れる自信が無い。

それなら統也に着いて行動した方がマシだと思う仁美だ。


 雅之に教えられた通り、斜面を下る隘路を使い、2人は側道に下りる。

元々のひと気は少ない土地の様で、道の左右には僅かな死者が徘徊するばかりだ。

雅之は派出所から顔を出し、忙しなく手招き。2人は足音を殺して派出所に飛び込む。


「ハァ、あぶ、危なかったぁ……、」


 仁美は息すら止めていたのだろう、しゃがみ込むなり深呼吸。

雅之は死者達の視界を遮るよう、入り口のカーテンを閉める。


「ホント、悪かったな! 良かったよ、無事で!」

「これ。この程度の物しか無いんだけど、使えそうかな?」

「助かるよ! ありがとうな! 本当にありがと!」


 仁美はしゃがみ込んだまま2人を見上げ、首を傾げる。


「ケガ人って? 何処にいんの?」


 話では怪我をした弟がいるとの事だが、室内には見当たらない。

雅之は隣接するドアを見やる。


「向こうに寝かせてんだ。2日前まではスゴく痛がってたけど、漸く落ち着いてさ」

「それなら手当て何か要らないんじゃないの?」

「まだ傷は塞がって無いから、小まめに包帯は取り替えてやりたいじゃんか」

「ふーん。……イイお兄チャンだね」

「ハハハ!」


 投げ遣りな口調だが、仁美の褒め言葉に雅之は照れ臭そうに笑う。

人の笑顔を見るのはどれくらい振りか、統也の心は幾分か軽くなる。


「手当て、1人で出来るのか? 良かったら手伝うけど?」

「そこまでさせられないって! ありがとな、ホントに……

 こんな時に助けてくれる人がいるとは思わなかったから、本当に嬉しいよ。

 なぁ、こんなトコで良かったらさ、ゆっくりしてけよ」

「ありがとう。でも、先を急いでるんだ」

「そっか……どっか向かってんのか?」

「ああ。S県へ」

「S県?」

「友達が……仲間が待ってるんだ」


 友達と言うには生温い。

統也にとって岩屋や日夏は運命共同体として、心を支える大事な仲間だ。

この響きを気に入ったのか、仁美は満足気に頷く。


「じゃ、行こっか。統也クン」

「そうですね」


 お大事に、の気持ちを込め、統也は後ろ手を振る。



 カチャ。



「ぇ……?」


 仁美が小さな疑問符を零すと同時、統也の顔に銃口が向けられる。



「――雅之、」



 ライフルは雅之の手に握られている。

一瞬の出来事に成す術も無い仁美はヨロヨロと腰を抜かし、又もその場に座り込む。



「あぁあぁ、ビックリしたぁ。

 まさかライフル持ってるヤツがいる何て思わなかったっつの!」



 雅之は仁美から奪ったライフルを身構え、照準を統也に絞る。


「お前、発狂……」

「あぁ? 発狂? 何だそりゃぁ? 妙なネーミングつけてんじゃねぇよ。

 俺は……そうだな、解放者! 自由になった!」

「自由……」


 統也の父親も同じ様な事を言っていたのを思い出す。

発狂した者は開放感に満たされた状態となり、それが転じて暴挙を働く。


「女に物騒なモン持たせんなよ、ヘタレ! ま。お陰で奪い取れたんだけどな!」

「雅之、弟の話は嘘だったのか……」


 統也の言葉に、雅之は眉を吊り上げる。


「嘘なもんか!! 弘武はアイツらに襲われて、ケガして、ずっと苦しんで痛がってた!

 それなのに生き残ったヤツらは俺達を無視して逃げて行きやがった! チクショぉ!!」

「嘘じゃないなら、そんな物構えてないで手当てしてやったら良いだろ」

「ああ、してやるさ。食事の後でな」

「「!?」」


 雅之は隣接するドアを蹴り開ける。

その物音に、部屋の奥から濁った声が返される。



「ググ、ァァアァアァッッ……」



 ドアの先は警官の仮眠室。

そこに置かれたベッドには小さな子供が縛りつけられ、唸り声を発している。

血生臭い悪臭も相俟って、とても生きている状態とは思えない。


「まさか、死 ――」

「弘武は死んで何かねぇぞ!

 ケガして痛がってて、知らないヤツらがいるから怖がってるだけだ!

 ホラ見ろ! 顔色だってアイツらゾンビとは違う! 良ぉく見てみろ!」


 雅之は弟の生存を強く訴えるが、薄暗い室内では顔色なぞ窺えたものでは無い。


「雅之、違う……もう死んでる……もうその子は死んでるんだ……」

「黙れよ! お前に何が分かる! イイからこの部屋に入れ! そこの女も!」

「ヒッ、ヒィ、、」


 銃口を向けられては逆らう事も出来ない。仁美は這い蹲って雅之の指示に従う。


「弘武は腹空かせてんだ! 人間2匹も食えば、またイイコになる!」

「お前、ずっとそうやって……」

「ゾンビだらけになって……あっちこっちで襲われて……

 俺達が やっとの思いでこの派出所に逃げ込むと、

 さっきは平気な顔して俺らを見捨てたヤツらが、お互い助け合おうって、

 だから避難させてくれって、都合イイ事言って勝手に上がり込んで来るようになった……

 別にイイさ、それくらい! でも、弘武がケガしてるって分かると、皆して『殺せ』って!

 感染してるかもとか、苦しそうだから死なせてやった方がイイとか!

 自分で隠れ家も用意できねぇヤツらが勝手な事ばっか言うんだ!! もぉ煩くて……

 だから全員 殺してやったよ! だって煩せぇんだもん! しょうがねぇよ!!」

「雅之、」

「……まぁイイか、そんな事。今更どーにもなりゃしねぇや。

 ここが安全だってなりゃ、お前らみてぇなバカがノコノコやって来る。

 餌にされるとも思わねぇで、ギャハハハハハ!!」


 仁美が部屋の前まで来ると雅之は容赦なく蹴り飛ばし、ベットの方へと転がす。


「グァアァアァァァ!!」

「きゃぁあぁ!!」

「平家サン!!」


 弘武は仁美に手を伸ばすが、ギリギリの距離で触れる事が出来ない。

雅之は舌打ちし、続いて統也を部屋に追いやる。

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