第35話 5日目。

 ――5日目。



 パソコンのキーボードをパラパラと叩きながら由月は問う。



「それで、お二人は いつまでここにいらっしゃるのかしら?」



 耳に痛い台詞だ。

世界に異常を来たした3日目に葉円大の研究室を訪れ、早2日、何をするでも無く留まる岩屋と日夏に、由月は一瞥を向けるでも無く質問。これに2人は喉を詰まらせる。


「め、迷惑って言いたいわけか……」

「いいえ。いらっしゃるのはご自由ですが、他にご予定は無いのかと思って」

「ぁ、あの、由月サン!」


 日夏は起立。背筋をピーンと伸ばし、顔を赤らめる。


「そ、その、ぼ、僕は、ぁ、ぁ、あのぉ……」

「作業を続けながら聞いていますから、どうぞごゆっくり お話しになって」


 いつ迄でも吃り続けてくれて結構と言う由月に、日夏は長息を吐く。


「……あの、僕、……由月サンの研究のお手伝いを、したいんですが……」

「はぁ!? 靖田君、キミなに言ってんだ!? 自衛隊はどうしたんだよ!?」


 由月の手伝いと言えば、死者の観察記録。

日夏の様な小心者に手伝える事があるとは思えない。

そもそも予定で言えば、葉円大を経由した後、自衛隊駐屯地に向かう段取りが残っている。

それをどう考えているのか岩屋が問えば、日夏は申し訳なさげに肩を竦める。


「それは……行ってはみたいですけど……僕、中の様子見て来る何て出来ないから……」

「何だよ! それが嫌だからここに残るって!? 随分 甘ったれた考えじゃねぇか!」

「で、でもぉ……」


 自分の役割を良く理解するからこその日夏の判断。

雖も、日夏の様な臆病者でもいないよりはマシだから、岩屋も声を尖らせずにはいられない。

では、由月はどう考えるのかと言えば、



「お断りするわ」



 一刀両断。

由月の返答に岩屋はホッと肩を撫で下ろし、日夏は涙ぐむ。


「勘違いしないで頂きたいのは、アナタを役立たずと言っている訳では無いと言う事」

「それじゃぁ何でですかっ? 僕、頑張りますっ、」

「私の都合による問題です」

「都合って、どんな、でしょう……?」


 珍しくしつこい日夏の肩を、岩屋はポンと叩く。


「靖田君、大事な事を忘れちゃいないか?

 大川サンは こんな無神経そうに見えても女性だぞ?

 キミがまだガキとは言え、色々気を使う事もあるだろ?」

「そ、そう、言うもんですか……ぁ、あの、すいません……僕、そうゆうの分からなくて、」

「ある種の誤解が生じているようですが、納得して頂けるならそれで構いません」


 端的に、ここに長居は出来ない事にもなった訳だが、これにおいては岩屋も都合が悪い。


「で。早く出て行った方が良いのかな?」

「急かすつもりはありませんが、目的も無く留まられる事には少々」


 少々迷惑だと言いたい。

次の目的地が駐屯地だと言うなら、今日の様な晴れた昼間の内に向かえば良い。

然し、それをしないのは、統也と言う人材の補充が済まされていない事もありき、

存外、研究室の居心地が良い事にもある。

田島の面倒にしろ、頼みもしないのに由月が手を尽くしてくれるから気楽でいられる。


 岩屋は腰に手を置き、深く頷く。



「靖田君、作戦会議をしよう」



 行動意欲くらいは見せておくべきと、こんな時ばかりは由月の機嫌を伺う岩屋だ。

そして、再び岩屋は眉を顰める。


「キミがあんな わけの分からん事を言うからぁ……」

「ぼ、僕の所為ですかっ?」

「他に何があるんだよッ?」

「す、すいません、」


 作業を再開する由月を瞥々と見やり、コソコソコソコソ。

2人の作戦会議は内緒話だ。


「で? どうゆう風の吹き回しだよ?ここに残りたい何て」

「で、ですから、由月サンの手伝いを……」

「本気かぁ? ここだって安全なのは今の内だぞ?

 ちゃんとした避難場所さえ見つけられれば、囲って貰えるかも知れねぇのに」

「ど、何処にあるか分からないじゃないですか……」

「ここにいたって分からねぇだろぉが」

「でも、僕……由月サンといたくて……」

「あぁ?」

「べ、別に変な意味じゃ、なくて……そのぉ、一緒にいてすごく落ち着くって言うか……」

「変な意味じゃねぇかよ、それぇ」

「ち、違うんですっ、キレイだからとか、そんなんじゃなくってっ、」

「あ~あ~、こんな時に何を言ってんだか、これだからユトリは嫌い何だってぇ……」



 一言で言えば、日夏は由月に惚れている。

何処にいようと危険なら、確信の持てない旅に出るよりも、好きな女と一緒にいたいと言う恋愛感情。それが叶うなら、死者の観察にもめげずに立ち向かおうと思うのだ。

然し、それは叶わぬ夢。

否応無しにもこの研究室を出て行かなければならないとなると、不安が隠せない。


 岩屋にしろ、自衛隊が避難所として機能しているならまだしも、そうでも無ければ又も行き場を無くしてしまう。そんな予測があるからこそ、研究室に居ついてしまう訳だ。

行き詰り、揃って項垂れる情けない2人の背に目を側み、由月は溜息を零す。


「お困りで?」

「ハァ、この先に希望が持てなくてねぇ……」

「そんな物、捨ててしまえば宜しいのに」

「えぇ?」

「曖昧な展望に縋るのは合理的ではありません。

 今のような状況ならば、明確な限りを照らし合わせて結論を出すべきだと思います」

「もっと解かり易く言ってくれねぇかなぁ?」


 由月は2度目の溜息をつくと、椅子をクルリと回して2人と向かい合う。


「1つに、どうやら人員を欠いて身動きが取れないご様子。

 ならば、その人員を獲得すべきでしょう」

「それが出来ればやってるっつの!」

「そうでしょうか?

 置き去りにしてしまった仲間の1人が生存しているか否か、確認はされたのでしょうか?

 生きていると思うなら、合流する手筈を整えるべきです」

「うぅ……そうだな、それは言えてる……」

「2つ、自衛隊駐屯地でしたら、ここから然程遠くはありません。

 1度に事を済ませる認識を改め、まずは周囲の様子を窺う選択をお勧めします」

「で、でも、ここを出たら僕達は……」

「用が足りるまで何度でも ご帰還なさったら宜しいのでは?」

「え!? 良いのか!?」

「やむ負えません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る