第24話

「感染とか……してるのかな、やっぱり……」

「いや、大丈夫だろう。そうゆうケースは見かけなかった。

 でもなぁ統也、父サンを探しに来るにしたって、感心しないぞ。

 お前も もう分かってるだろ? 世の中がどんなに変わってしまったか」

「……うん、」

「父サン、統也には安全な所にいて欲しかった」


 岩屋が言っていた事だ。危険を犯す行為を父親は喜ばない、と。

だが、こうして直接注意を促されても、統也は自分の行動を間違ったとは思わない。


「でも、会えた……」

「……そうだな」


 勇気を振り絞った以上の成果。収穫だ。

父親に会えただけで生きる気力や、未来が切り開かれた様な気さえする。


「父サンはずっとここにいたの?」

「ああ。お前や母サンの事は心配だったが、街があの状況じゃ帰るに帰れなかった。

 混乱が始まって暫くは警察隊も民間人の避難を誘導していたが、それも追いつかなくてな」

「そっか……でも、父サンが無事で良かったよ」

「ああ。統也、母サンは? 母サンには会えたのか?」

「!」


 統也の心臓が強く打ちつけられる。

そうなのだ。今ある事実を伝える為にも、統也は敢えての危険を冒したのだ。


(母サン……母サン……母サン……母サンは俺が、)


「……ゎ、分から、ない……、」


 恐怖の余り、真実が口をつかない。統也の体は震える。

最愛の妻の安否は分からず仕舞いに、父親は力なく肩を落とす。


「そうか……」

「ご、ごめん……、」



(違うんだ、父サン……母サンは手遅れだった……それで、俺が……)



「謝る事は無い。安心しろ。母サンはきっと無事だ」

「……うん、」


 統也の言葉を疑わない父親からすれば、怯える息子が不憫でならない。

然し、父親だからと言ってこの現状を変えてやる事も出来ない。


「統也、父サンの事は気にしないで良いから、お前は家に帰りなさい。

 母サンも心配しているだろうし、父サン、その手筈くらいは整えるから」

「もしかして、ここに残るつもりっ?」

「ここは、先代から受け継いだ大事な会社だから、な……仕方が無い」

「なに言ってるんだよっ、今はそんな事どうでも良いじゃないか!」

「騒ぐなっ、ヤツらに気づかれるっ、

 良いか、統也。あの化け物は目も見える。耳も聞こえる」

「し、知ってるけど、」

「それから、厄介なのは鼻が利くって事だ」

「鼻? 臭い?」

「生きているかどうかは、目や耳よりも臭いで判断しているようだ。

 中には犬並みの嗅覚を持つのもいる。そうなれば、隠れていても見つかる」


 運動競技場の屋内施設場で出くわした警備員の死者は、それに当てはまる。

きっと、臭いで生存者である統也と田島の居所を嗅ぎ当てたのだ。


「特に、血の臭いには気をつけるんだ。それには敏感なモノが多い」


 オキシドールを大量に散布したのは、血の臭いを誤魔化す為の小策。

父親も、だてに生き延びた訳では無いから頼もしい。


(この事は、岩屋サンと日夏にも教えてやらなきゃな、)


「そうだ、父サン。父サンのスマホから電話がかかって来たんだ。

 誰かは分からないけど、ここの従業員の女性で、父サンの電話を拾ったって。

 生きる意味も無いから死ぬって言うんだ。俺は、その人の事も気になってて……」

「まだ社内に残っていたのか……」

「1人で社長室に籠もってるらしい。出来れば助けてあげたいんだけど……」


 父親が見つかったのだから、携帯電話の1つくらいは冥途の土産にくれてやっても良い。

然し、自分の用が済んだからと言って、知らぬ振りで帰る気にもなれない。


「勿論、父サンは ここにいてくれて良いんだ。

 きっと中には アイツらがウジャウジャいる筈だから……

 ただ、少しでも安全なルートがあれば、教えて欲しい!」

「父サンだけ ここに残る何て出来る訳が無いだろ。

 お前に危険な事はさせられない。部下を守るのだって父サンの仕事なんだから。

 お前こそ、ここで休んでいなさい」

「駄目だよ、父サンっ、1人で何て絶対に無理だ! 俺も行くよ!

 手当てもして貰ったし、俺はもう大丈夫だから!」

「統也、」

「それに、危険なのはアイツらだけじゃない、

 生存者の中にも警戒しなきゃならないヤツがいる!

 俺だってアイツらと戦って来たんだ、足は引っ張らないよ!」


 親子揃って血は争えない責任感。

だからこそ、父親の腕を掴む統也の熱意は言って冷めるものでは無いのだ。

最も、ここに息子を1人残しても心配にかわりは無いから、父親は渋々と頷く。



「分かったよ、統也」



 果敢に成長した息子を喜ぶべきか、父親としては複雑な心境だ。


 父親が案内するのは、地下駐車場からもアクセス出来る非常階段ルート。

15階にある社長室までは自力で登らなければならないが、普段は防火戸によって閉ざされている事から、死者の出現は無いだろうと考えられる。


「良かった……父サンがいなかったら正面突破してた所だよ、」

「こんな時でも考え無しじゃ困るぞ? 正面から入ってもエレベーターは使えない。

 内階段を使おうものなら、死者に襲われて一貫の終わりだ」

「エレベーター、壊れてるの?」

「こうゆう時に使用するのは却って危ないから止めたんだ。

 それにしても統也、お前、随分と物騒な物を持ってるが……それは本物なのか?」


 左足を引き摺り、階段をひた登る統也の肩にぶら下がるのはアサルトライフル。

日本は拳銃社会では無いから、子供が持つ姿は異様だ。


「ここに来る途中に自衛隊の駐屯地に寄ったんだ。それで……」

「盗んで来たのか?」

「ち、違うよっ、友達が持って来たんだ! それを護身用に借りただけでっ、」

「ハァ……分かった分かった。でも、危ないから父サンに渡しなさい。

 これと取り換えよう。杖の替わりになるだろうから」


 ライフルは怪我をした統也が持つよりも、父親に任せた方が幾分かマシだろう。

代りに鉄パイプを受け取る。


「父サン、安全装置は外してあるよ。引き金を引いたら弾が出るから気を付けて」

「こうゆう会話、したくなかったなぁ、父サンは」

「ぉ、俺だって、」


 統也の小さな頃に思いを馳せれば、ラジコンカーで良く遊んだものだ。

それが今や銃の扱いについて話す事になろうとは、父親としては現実を呪ってならない。


 統也は階段を1段1段上がりながら前を進む父親の背を見つめ、小さな笑いを零す。


「ハハハ。やっぱり父サンはすごいや」


 父親は訝しみ、統也を振り返る。


「父サンに会えて、俺、すごくホッとしてる。父サンといれば安心だって」

「……、」

「分かってるよ。気を緩めちゃいけないって事くらい。でも、父サンに会えて良かった」

「父サンもだよ」

「あの女の人を助けて、ここを無事に出られたら……俺、父サンに話したい事があるんだ」

「話?」

「……うん、」


 伝えるべきはただ1つ。


(父サンは母サンの死を嘆くだろう。そうして、俺を憎むだろうか……

 怖いけど、でも、父サンにだけは言いたい。父サンにだけは知って貰いたい。

 俺が、どんな重い罪を犯して今を生きているのか……)


 統也が何を言いたいでいるのか父親には見当もつかないが、物思いに耽った様子から、大事な話だとは想像できる。


「分かったよ」



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