第23話
C市中心部に残る統也は、ゲリラの市街戦さながらに物陰に身を隠して先を急ぐ。
(2人はもう行ったかな?)
岩屋の事だ、あれだけ説得しても聞き入れない統也を待つ程お人よしでは無い。
これ迄は目的が決まってなかったからこそ、統也を待つに至ったのだ。
日夏にしろ、あれ程の小心者。統也を追っては来られまい。
(岩屋サンに任せておけば、少なくとも田島と日夏は安全だ。
きっと無事にY市に辿り着く。後は、あの大川由月と言う人に会えれば……)
気づけば統也も、あのホームページを立ち上げた人物に期待を寄せている。
まだ会った事も無ければ、生きているかも分からない相手だと言うのに、不思議な感覚だ。
(別に、あの人の仮説を信じたわけじゃない。
でも、何の前提も持てずにいるより、ずっと頼もしい)
陸橋下のポールに隠れ、ショーウインドウの反射や交差点のミラーを介して周囲を確認。
死者に気づかれれば、騒がれる前に頭蓋を砕く。
ここ数日で随分と板に付いた兵士っぷりだ。
(流石に、中心部も奥に入ると死者の数が増えるな……
ああしてウロウロ歩いて、餌になる人間を探しているんだろう。
この中に俺以外の生存者がいたなら、当然それも警戒しなくちゃならない。
父サンの携帯を拾ったと言う人も……)
生きる望みを失った女を疑いたくは無いが、怪物の正体が生存者と代わりないなら疑う余地にもなる。
(所謂、釣りだ。
破壊と殺戮を楽しみたいって怪物からすれば、獲物を呼ぶトラップくらい張るだろうから)
死をチラつかせ、救出の手を引く。そうして獲物が網にかかるのを虎視眈々と待つ。
そんな恐れを抱きながらも駐屯地に現れた日夏は、大した度胸の持ち主か知れない。
最もは、藁にも縋る思いだったのだろうが。
(父サンの会社が見えて来た!)
ビルとビルの僅かな隙間に体を半身にして滑り込ませ、呼吸を整える。
隠れたこの位置から交差点を越えた50メートル程の距離に、統也の父親が経営する水原工業のオフィスビルがある。
だが、死者の数は目測する限り多数。この先は身を隠せそうな障害物も無い。
死者の視界に入らず辿り着くのは難しそうだ。
(幾ら非力でノロマだとしても、1匹ずつ片付けるんじゃ時間がかかるし、騒がれる。
銃の弾数にも限りがあるから、万一に備えて無駄撃ちはしたくない。
そうは言っても、銃声を聞かれれば街中の死者が挙って集うだろうから、
発砲は最終手段だ)
幸い、彷徨うばかりの死者達に生存者を見つける注意力も無ければ、示し合わせて集団行動する様子も見られない。タイミングを見計らいさえすれば、隙を突く事は可能だろう。
ここは焦らず、じっくりと、小動物の様に身を潜ませる。
(窮屈だな……でも、これだけ狭けりゃ、アイツらだって簡単に入っては……)
ズズズズ……
ズズズズ……
(何の音だ?)
奥は行き止まり。足元にはゴミが転がっている。
ズズズズ……
何と無しに上を見る。
「!?」
統也は目を見開き、今に口から飛び出しそうな叫びを飲み込む。
(何でそんなトコに挟まってるんだよぉ!?)
放漫な肉体がビルとビルの間に挟まって、頭を下に宙ぶらりん。
どんな脈絡があって、猫の額ほどの隙間に挟まって身動きが取れなくなるのか知れないが、既に腐乱は始まり、性別の区別も付かない程に変色している。
漸く眼下に現れた生きた肉に手を伸ばし、統也の頭上でジタバタと暴れている。
ズズズズ……
(うううッ、待てッ、待てッ、待てッ、ゆっくり落ちて来るな!)
頭上への警戒が希薄だった事を猛省。
雖も、応戦しようにも、狭すぎてライフルを振り上げる事も出来ない。
死者が落ちて来る前に ここを出たいが、無暗に飛び出しては他の死者に気づかれてしまう。
統也は膝を竦めて、死者との距離を僅かにも稼ぐ。だが、それも無意味。
圧迫に耐え切れず押し出された目玉が2つ、ドロリ……と落ちて来る。
「ぅ、、わぁ!!」
堪えられないグロテスグ。
統也は遂に声を上げ、反射的に通りへ転がり出てしまう。
「ぁ、、……しまっ、」
「グググ、……ガァアァアァアァアァ!!」
「アァアァアァアァ!!」
「バカか俺っ、ここまで来て何やってんだよっ、」
後もう一息と言う所で、通りを徘徊する死者達の目に晒される。
こうなったら、父親の会社までを一気に駆け抜けるしかない。
行く手を阻み、襲い来る死者達をライフルを振り回して殴りつける。
(頭! 頭だ!!)
「ウガアァアァアァ……!!」
「クソっ、キリが無い!」
前後左右、干からびかけた何十本もの手が容赦なく伸ばされ、統也の体は次第に動きを奪われる。
(まずいッ、振り払えな……)
雁字搦めにされると、そのまま引き摺り倒され、地面に横転。
態勢を整えようと体を捻るも遅い。死者達は統也の目眦の距離に迫り、大きな口を開ける。
そして、ガブリ!! と左脹脛に走る激痛。
「いッッ、あッ、ぅ、あぁあぁあぁ!!」
死者の固い歯が食い込めば、全身に電撃が走る程の激痛。
目は眩み、頭の中も真っ白だ。
そして、成す術も無い次の瞬間、ヒュッ……と空を切る風。
ガツン!! ガツン!! ガツン!!
何が起きているのか、確認するよりも早く、取り巻いていた死者達が鉄パイプで殴り倒されていく。
「統也!!」
開けた視界に見えるのは大きな手。統也の体は力強く引っ張り上げられる。
「と、父サン……?」
夢でも走馬灯でも無い。
見慣れた父親の顔に、統也の目からは堰を切った様に涙が溢れる。
「父サン、父サン、父サンっ」
「泣いてる場合か! 統也、走れ! こっちだ!!」
噛まれた左脹脛に痛みはあるが、父親との再会をここで終わらせたくは無い。
統也は足を引き摺りながら、父親が先導する退路を行く。
駆け込んだ先はオフィスビルの地下駐車場。
そこにある守衛の待機所に2人は飛び込む。
「ハァハァッ、ハァハァッ、、」
「何とか巻けたみたいだな……」
痛みやら疲れやら命辛々の喜びやら、統也は寝転んだまま起き上がれずに父親を見上げ、小さな子供の様に泣きじゃくる。
「うぅぅッ、父サンが、生きてたっ……うぅ、ううッ、、」
「統也、父サンが生きてると思ってここに来たんじゃないのか?」
「信じてたよ、信じてたけど……うぅぅ、」
携帯電話は従業員の女が拾ったとだけ言う。
これ迄の経験を踏まえると、父親の生存は絶望的としか思えなかったのだ。
父親は泣きやまない統也の頭を撫でる。
「手当てをしよう。傷を見せてごらん」
上半身を起こし、統也は鼻を啜りながら齧られた左脹脛を見やる。
そう簡単には破けないだろうボトムが食い破られ、血が滲んでいる。
「あぁ、歯形は付いちゃいるが、良かった……これなら止血で済むだろう」
「は、はぁぁぁぁ、喰い千切られたかと思ったよ……、」
肉をゴッソリ持っていかれでもすれば手の施しようも無い。傷は負っても不幸中の幸い。
父親は引き出しから救急箱を取り出し、オキシドールをぶち撒け、止血を始める。
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