第25話

 登山さながら辿り着く15階、ここからが難関だ。

防火戸を開けた先の廊下は、死者で溢れているに違いない。

社長室までの一直線は ただでは進めないだろう。


「統也、ちゃんと着いて来るんだぞ」

「うん、」


 さぁ、決戦だ。防火戸のドアノブを静かに捻り、勢い良く押し開ける。



「ギィィィャアァアァアァアァアァ!!」

「ウゥゥ、アァ、アァ、アアアアア……」

「ガァアァアァアァアァ!!」



 生きた人間は大歓迎の死者の阿鼻叫喚。

女の気配を察知して廊下に吹き溜まっていたのだろうが、会社従業員の総数と比較すれば まだまだ少ない。これも光明だ。


「父サン!!」

「統也、下がっていろ!!」


 父親はライフルを構え、トリガーを引く。

一線炸裂の銃撃に、死者達の体は弾き飛ばされる。

しつこく起き上がる死者には、統也が鉄パイプで頭を殴打。止めを刺す。

下層階を徘徊する死者達が この騒ぎを聞きつける前に、社長室に避難しておきたい。



 Tururururu……



 死者との応戦の最中、統也の携帯電話が鳴る。着信は父親の携帯番号だ。

臨戦時に応答する余裕は無いのだが、そう言えば、立て籠り中の女との段取りを立ててない。

統也は慌てて電話に出る。


「丁度 良かった!」

「なに言ってんのよっ、ねぇ! 外がものスゴイ騒ぎなんだけど、ひょっとしてアンタ!?」

「言っただろ、高校生ナメんなって!

 直ぐ側まで来てる! ドアを叩いたら開けて! 良いですね!?」


 指示を出すなり通話を切る。

そして、父親の援護を受け、社長室の前に到着するや、ドアを叩く。



 ドンドン! ドンドンドン!



「開けて!!」


 然し、鍵は開かない。執拗に叩くも同じ事。

待っている時間なぞ無いと言うのに何をのんびりしているのか、

その間に、内階段を這い上がってやって来た死者達で数が増す。


「な、何で開けてくれないんだよ!?」

「統也、鍵!」


 父親はライフルを下ろすと、懐から取り出したキーケースを統也に投げ渡す。

飛びついてキャッチするも、どれが社長室の鍵だか分からない。

何度も鍵穴に鍵を差し直す。


「統也、早くしろ! 弾がもたないぞ!」

「分かってるってッ、」


 手間を経て、漸く開錠。

ドアを押し開けた先には、恐怖に表情を歪めた女が突っ立ている。

統也は女を押し倒す勢いで社長室に飛び込み、父親も避難を終えた所でドアにタックル、無事に施錠を済ませる。

到底1人では攻略は出来なかっただろう、死者の群れとの真っ向勝負。

頼れる父親の存在に感謝して止まない半面、統也は眉を吊り上げる。



「何で鍵を開けないんだ!!」



 開口一番、統也が怒鳴りつければ、女は目を背けて言い訳を呟く。


「別に……来なくてイイって言ったんですけど……」


 この言い草、間違いなく電話先の女だ。統也は呆れ返って大きな溜息を零す。

父親も流石に胆を冷やした様子で、膝をついて立ち上がれずにいる。

それだけのリスクを冒して ここ迄やって来たのだ、女の主張を笑納する事は出来ない。


「あのですねっ、言ったから何ですか!? 言ったらそれで良いと思ってますか!?

 下手したら俺達が死んでたんですよ! 自分には関係ないから誰が死んでも良いって、

 関係無いの一言で片付けられるって言うなら、アナタの神経どうかしてますよ!!」


 統也の怒声に女は言葉を失い、顔を伏る。

口では無責任な事を言っても、怖くてドアが開けられなかっただけだろう、

そう察する父親は統也を諌める。


「統也、もう良いだろう。こうして辿り着けた、平家君も無事だったんだから良かったよ」


 女の胸元には平家へいけ仁美ヒトミと書かれた名札が付いている。

手には統也の父親の携帯電話を握り、不貞腐れた面持ち。

憔悴した様子も見られるから、1人で過ごした3日間は仁美にとっても苦しいものだったのだ。

そんな仁美に強く言い過ぎたと改める統也は、頭を振って怒りを払い飛ばす。

ドアの外も少し落ち着いた様だ。


「それで……誰か、連絡はついたんですか?」

「! ……社長、コレ、お返しします、」


 仁美はその携帯電話で身内や友人に連絡すると言っていたが、この様子では全て空振りに終わった様だ。これには気の毒だったと同情する他無い。

統也は口調を和らげ、仁美に問う。


「まだ、死にたいですか?」

「……」

「一緒にここを出ましょう? いつまでもここにはいられない。そうでしょう?」

「……、」


 『誰にも連絡がつかなければ死ぬ』とも言っていた仁美だが、今もこうして生きている。

統也が本当に現れるか高見の見物をしていただけなのか、それとも身の振り方を決め兼ていたのか、どちらかと言えば後者に思える。雖も、それを追及するつもりは無い。

返事が無いのを是として、次には父親を窺う。


「父サンも一緒に。ね? 会社は落ち着いたら戻れば良いじゃないか。

 今は安全な場所を探して移動し続けよう? 知り合いが今、Y市に向かってるんだ。

 そこにも自衛隊はあるし、もしかしたら救助準備も進んでいるかも知れない。

 それに……この現象に詳しい人とも会えるかも知れないんだ。

 分からないけど……でも、何もしないで留まるよりは ずっと、」


 統也が言葉を行使して説得している間に、父親は額を抱えて項垂れる。

酷く具合が悪そうだ。


「うぅ、ううぅ……、」

「と、父サン……どうしたの? 具合が悪いの!? もしかして、眠いの!?」

「ぃゃ……違う、大丈夫だ……、」


 統也が手を差し伸べるも父親はそれを制し、フラフラと歩いて壁に凭れる。

激しい呼吸の乱れが心身の異常を訴えている。目は血走り、口の両端には泡すら浮かぶ。

何事か状況が掴めない仁美は後ずさり、身を竦める。


「しゃ、社長、もしかして、感染、とか……」

「感染なんかしませんよ!」

「で、でも、何か、ヤバイ感じする、、」

「―― うッッ、、あぁあぁ……あぁ、クソ、クソ、クソ……ッッ、、」

「父サン!? 父サン、しっかりして!」


 統也が駆け寄ると、父親は力任せに払い飛ばし、有り余った力で壁を殴りつける。



 ダン!!



「あぁあぁあぁあぁ!! 煩い!! 煩いぞ、統也!!

 さっきからギャァギャァとぉ!! 喧しいんだぁあぁあぁ!!」

「「!?」」

「静かにしろ!! 静かに!! 鬱陶しいんだ!! お前は本当に鬱陶しい!!」

「と、父サン……?」


 これ迄に見た事の無い父親の形相に統也は言葉を失い、払い飛ばされた儘に腰を抜かす。


(ま、さ、か……)



『凶暴な人間ですっ、すごく凶暴な……怪物です!』



 日夏の言葉が回想される。

まさか、死者と同等に警戒すべき人間の化け物が自分の父親だとでも言うのか、

否、そんな筈は無い。統也は頭を振って、自分の判断を否定する。

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