第22話 思弁と浅見。


「グリーンネット…」


 日夏が疑いを持っていた物だ。

拾い上げてみれば、切れ味の良いナイフで切り刻まれた形跡がある。


(ヤツらに道具を使う知識があるとは思えない。そうなると、誰かがわざと……?)



『狂った殺人鬼です! 怪物です! 無抵抗な人を殺してるのを僕は見たんです!

 僕も殺される所だった! 生存者なのに……同じ生存者なのに!!』



 日夏の言葉を思い出せば、背筋が凍る。

ならば、敵は死者だけでは無い。唯一の同胞すらが危険分子。


(信じられない……

 死人が蘇えって人を襲う中、全く別の意識を持って今の環境に適応してる人がいる何て、

 そんなヤツ、一体どうやって区別をつければ良いんだ!?

 アイツらは明らかに死者である事が分かる!

 でも、人間の化け物なら見た目は俺達と変わらないんじゃないのか!?

 生存者だと思って簡単に信じたら寝首をかかれる!!)


 新たな事実が分かった以上、死者と対峙する気構えだけでは足りない。

心身ともに健康、知能をも持つ怪物にも警戒しなくてはならない。

死者から回避できた事、正常な仲間達に出会えた事、今こうして生きていられる事、

これら全てが奇跡の連続だったのだ。


 統也は目を閉じて呼吸を整えると、携帯電話を取り出し、日夏をコール。


「は、はいっ、統也サン? どうしたんですか?」


 日夏はフロントガラス越しに統也を窺いながら問う。

統也も視界に車中の2人を捉えて続ける。


「日夏の言う通りかも知れない。生存者がここに来て破壊行為を行ったみたいだ」

「やっぱり!」

「そいつが今も ここに留まっているかは分からないけど……

 俺はこのまま父サンの会社まで行ってみようと思う」

「ぇ、え!? 駄目ですよ、統也サン! なに言ってるんですかっ、車に戻ってください!」


 日夏が取り乱せば、岩屋は携帯電話を取り上げ、代わって説得に入る。


「まさかお前、水原工業に乗り込むとか言うんじゃないだろぉな!?

 親父サンがいるかも知れないからって、今回ばっかりは流石に無理だぞ!!

 そんな無茶な事、親父サンだって喜ばねぇぞ!!」


 耳元でギャァギャァと喚かれ、統也は苦笑する。


(岩屋サンらしいなぁ、)



「その通りだと思いますけど。

 何か……色々やっておかないと、俺、後悔しそうな気がするんですよ」



 統也の言葉に、岩屋は耳を疑う。


「み、水原君、キミ……」

「ああ、誤解しないでくださいよ、岩屋サン。俺だって死にたくありません。

 死ぬ気もありません。でも……」


 統也の目は、真っ直ぐに伸びた先の見えない道の消失点に向けられる。


(我ながら馬鹿な事を言ってると自覚している。

 父サンに会いたいって感情が1番にあるのは事実だけど、

 もっと根本的な部分で、自分が真っ先に動かなきゃいけないような気がしてる)


 長息を吐き、気を引き締める。


(いや、違うか……本当は怖い。怖くて怖くて堪らない。

 だって、銃を握る手がこんなにも震えてる。

 そんな俺が1度でも現実から目を背けたら、もう2度と立ち上がれない。

 この恐怖に負けて、泣いて、成す術もなく食われて終わる……)



「どうしても死ななきゃならなくなった時、出来るだけ潔くありたいから」



(今はこうして目覚める事が出来る。

 でも、次には分からない。明日には俺も田島のようになっているかも知れない。

 死んで、人を襲いに行くのかも知れない……

 そうなったら、何一つ自分で決める事は出来ないんだ。

 そうなる前に、少しでも前に進んでおきたい)



「父サンに会えたら、どうしても言わなきゃいけない事がある。謝りたい事がある」



(俺が母サンを殺しました、って)



「何も言わないまま生き伸びる事も、死ぬ事も、俺には出来そうにないんです」




 事実を胸に秘めておく事が辛い。

放っておけば何れ、この心の傷は大きく裂けてしまうだろう。

そうなれば統也自身、正常でいられるかも分からない。


「だから、岩屋サン達は先に進んでください。俺も、後から合流しますから」

「どうやってだよ!? 隣町レベルの距離じゃねんだぞ!? 新幹線も動いてねんだぞ!?」

「その辺は、後で考えます。

 2人には先に行って貰って、葉円大や自衛隊を見回っておいて欲しいんです。

 もし助けて貰えそうなら、救助要請、忘れずに頼みますよ?」


 そう言って通話を切る。

岩屋はフロントガラスから統也を睨みつけ、ガタガタと震える。



「ガキのクセに……何でそうやって死に急ぐんだよ!?」



 岩屋からすれば、統也は死にたがりにしか見えない。とても理解できない心境だ。

然し、統也は母親を殺し、その躯すら葬らずに置き去りにしている。

全ては贖罪であり、重責から逃れる為の逃避。


(ある意味、麻痺してしまったのかも知れない。

 この狂った世界に馴染んでしまったのかも知れない。

 俺こそが怪物なのかも知れない。だってもう、)



「体の震えは止まっているから」



 統也は歩き出す。

引き止める事は適わないと知れば、岩屋はギアをリターンに、車を後退させる。


「ま、待ってください! 岩屋サン、統也サンを置いて行くんですか!?」


 日夏が運転席に身を乗り出せば、岩屋は煩わしそうに突き飛ばす。


「邪魔だ! 後ろが見えねぇだろ!」

「いッ、うぅぅ……、」


 日夏は後部座席の下にしゃがみ込み、岩屋の剣幕にビクビクと怯える。


「アイツが先に行けって言ったんだ! それが1番良いから そう言ったんだろ!」

「そ、そ、そんな……統也サンは僕達の事を心配して……」

「だからどうした! それが何だって!? 何にしろ、それがアイツの判断だろうが!

 考えがあっても無くても、言った責任ってのがあんだよ!」

「で、でもっ」

「嫌ならお前もここで降りろよ!

 アイツが心配だってなら手伝ってやりゃ良いじゃねぇか!

 ついでに、そのゾンビ予備軍も面倒クセぇから連れて行け!」

「!!」


 岩屋の指摘に日夏は押し黙る。

統也を待つ事は出来ても、田島を連れて車を降りる度胸は無い。

そんな自身の情けなさに、日夏は膝を抱えて泣き出す。

高校生にもなって日夏は泣き虫だ。岩屋はそれすらも疎ましげにに舌打ちをする。


「ホラみろ、お前だって結局は自分の事が1番大事なんだろうが!

 それで良いんだよ、それで!

 これまでだろうが、これからだろうが、世の中ってのは奇麗事だけじゃ生きていけねんだ!」

「うぅぅ……っっ、」

「さぁ、どうすんだ! 選べよ! ここで降りるのか、このまま残るのか!」


 岩屋は容赦ない。泣いて誤魔化せる相手でも無い。


「ぇ、選べません……僕には選べません……うぅぅ、っっ、、」

「そうかよ! じゃぁ黙ってろ!」


 留まり続ける事は出来ない。

岩屋の車は次の目的地となるY市へ向けられる。



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