第21話


「ハァ……言って解かると思えないんですけど?」

「解かる解からないの問題じゃないですよ!

 そんな事言われたら、普通聞き返しますよ! 普通そうでしょ!?」

「あぁ、面倒クサ……逆にぃ、こんなんなった世の中でどうやって生きて行けって?

 毎日ビクビクする何て嫌すぎるんですけど? だったら死んだ方がマシでしょ?

 飛び降りて死んじゃえば それで終わりで、その後ゾンビになろうが知ったこっちゃ無い」


 これは無謀ながらも一理ある考えだが、それを容認できる程、統也は大人では無い。


(最近の大人って……

 岩屋サンは安全第一すぎるし、この人は逆に無関心すぎるし……)


 極端な2人だが、共通して言える事は自己中心的と言う事だろうか。

統也は声を怒らせる。


「知ったこっちゃ無いって、無責任な事言わないでくださいよ!

 こっちは生きる気でいるんです! ヤツらの1体だって増えて貰っちゃ困るんです!」

「うっさいなぁ、生きるヤツは生きるヤツで勝手に頑張ればイイっつの。

 バカじゃないの? だから言ったんだけど。言っても解かんないって」

「解かりましたっ、解かりましたよ! それじゃぁどうぞ、好きにしてください!

 アナタが襲って来たら、俺は躊躇わず頭カチ割りますから!

 でもね、父の携帯だけは返してください! ちゃんと! 無事に!

 これから会社に取りに行きますんで!」

「勝手にすれば? どうせ無理でしょ。

 15階の社長室までゾンビだらけで、出られもしないんだから」

「そうですか! でも心配無用です!

 って、平凡な高校生ナメんなよ! 精々 高みの見物してれば良い!」


 言っても解からないのはお互い様。

統也は自ら通話を切ると岩屋を見やる。


「岩屋サン、お願いします!」

「水島工業だろ? もう向かってるよ」

「岩屋サン、やっぱり見直しました! ありがとうございます!!」


 岩屋が時折りだが、話が解かる男だ。

統也が目を輝かせると、岩屋は相変わらずの口調で言う。


「水島工場だったら30分だ。30分待って出て来なかったら先に行くからな」

「……」


 岩屋は何があっても待機組。見直すのは少し早かった様だ。



*



 水原工業を目指す道中も、街並みは相変わらずの凄惨さ。

彷徨い歩く死者の姿と血だまりの風景は、何処を走っても変わらない。

そんな中、目的地を間近に車は立ち往生。

アクセルを踏むに躊躇う岩屋に、統也は後部座席から身を乗り出してフロントガラス越しの景色を注視する。


「これ、バリケード?」


 C市の中心部に繋がる見晴らしの良い1本道、

この周辺の死者も駆除された後なのか、静まり返っている。

その代わり、単管バリケードにガードフェンス・プラゲートが横倒しになり、赤い三角コーンが、そこ彼処に散らばっている。この様子からして、1度は警察隊が機能したのだろう。

然し、止む無く撤退したか、死者達の餌食となったか、どちらにせよC市の中心部が陥落したのは一目瞭然。前途の無さに岩屋はガシャガシャと頭を掻く。


「こんなんじゃ進めねぇぞ!

 ムリヤリ乗り上げでもしたらタイヤがパンクしちまう!」


 岩屋の車は生命線と言って過ぎる事は無い。

移動力を失えない以上、車を前進させる訳にはいかない。

とは言え、水原工業へは ここから歩けば20分はかかる。

そこからオフィスの15階を目指すともなれば、かなりの時間を要するだろう。

表に出る時間としては長すぎる。

この先をどう進むべきかを統也が思量する中、日夏がすり寄る。


「と、統也サン……多分ここ、いる……」

「いるって、」

「怪物が……ゾンビじゃなくて、人間の化け物が……」

「な、何だ!? 何処だ!? 何処にいる!?」


 この手の話には耳聡い岩屋は、運転席で右往左往。日夏は頭を振る。


「そうじゃなくてっ、

 見てください、あのグリーンネット、不自然じゃありませんかっ?」

「ボロボロなのがどうしたって言うんだよッ、、ソンビが食い千切ったんじゃねぇのか!?」

「だったらもっと草臥れてると思いますっ、それに……

 ゾンビが人間以外に噛みついてる所なんて、見た事ありません……」

「ぃ、嫌な事言うなよ、靖田君っ」

「でもっ、このバリケードを壊したのはきっと、人間の化け物ですよ!」


 怖がりな日夏だからこそ、些細な違いも敏感に感じ取れるのだろう。

酷く怯え、頭を抱えて座席にうつ伏せてしまう。

だが、ここまで来て引き返す事は出来ない。

何としても父親の会社まで辿り着きたい統也は、日夏の背に手を置き、意を決する。


「日夏、お前が自衛隊から持って来た装備で、まだ弾が残ってる銃はあるか?」


 車内には、F地区の自衛隊駐屯地から持ち込んだ物騒な武器が積まれた儘になっている。

日夏はアサルトライフトとハンドガンを一丁ずつ手に取ると、統也に差し出す。


「コ、コレとコレは使ってませんけど……」

「弾は入ってるよな?」

「一応は……」

「使い方、分かるか?」

「え!?」

「だって昨日、撃ってたじゃないか」

「ぁ、えぇ……」


 日夏は戸惑いながらも、指を指す。


「コ、ココとココ……安全装置って言うらしくて……」

「詳しく無いのか?」

「ご、ごめんなさい……あそこで1人で閉じ篭ってて、何も持ってないのは怖かったから、

 ネットで調べながら弾を詰めただけで……だから、詳しい事は分からなくて……」

「そうか」


 ガンマニアでは無かった様だ。

ネットの情報に頼りきりな日夏の経験値が低いのは否めないが、今は受け売りの知識でも有り難い。


「コレを外すと弾が出る?」

「そうでした。僕が使った時は」

「それで、ココが引き金ってヤツだよな?」

「は、はい。……あの、統也サン、まさか行くつもり、ですか……?」


 これは岩屋も聞きたかった事だ。統也の反応を窺う。


「岩屋サンの言いたい事は分かりますよ? でも、少し見ておきたいんです」

「ダメだダメ!! 何が出るか分かんねぇのに、こんなトコ、1秒だっていたくねぇ!!」

「でも、バリケードがどう壊されているのか、見ておいた方が良いと思いませんか?

 日夏の言う人間の化け物が本当にいるのか、これからそうゆうのと出くわすかも知れない。

 だから、少しでも知っておきたいんです」


 今後の生き残りを考えれば、敵に成り得る相手の情報を見落とすべきでは無い。

統也の最もな言い分に、岩屋は折れる。


「うぅ、まぁ確かに……確かにな。うん、分かった。確認な、それだけだ。早くしろな!」

「はい」


 ハンドガンは背中の腰ベルトに差し、統也は単身、車を降りる。


 抱え持ったアサルトライフルのセーフティーを解除。

発砲が出来る準備を整えてしまえば、緊張感は一気に増す。

周囲を見やって足を運ばせるが、この界隈に人影は確認できない。

死者は建物の中に潜んでいるのだろうか、置き去りにされたバリケード群は同じ方向に向かって倒れている様子から、人の勢いに追いやられたものだと感じる。

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