第19話 3日目。

 ――3日目。



《世界が変化してから、まだ3日しか経っていないと言うのに、

 もう長い事こんな当てのない旅をしているように思う》



 吹く風は日を増して秋の気配を運ぶも、未だ肌に纏わりつく湿度が煩わしい。


「結構、物持ち良い家だったな!」


 昨日に引き続き、車を運転する岩屋の機嫌は上々。


(昨日は給油した後、日夏の案内を受けて家に泊まらせて貰った。

 運が良いのか悪いのか、家の中は無人で、当然、それを確認に行かされるのは俺で、

 岩屋サンは安全が分かるまでは絶対に車から降りて来ない)



『両親は忙しくて、殆ど家に帰って来ないんです。だからきっと……』



(両親の安否は分からず仕舞いで落ち込む日夏の気持ちをどう考えているのか、

 岩屋サンは必要な物資も同時に補給できた事に満足って顔だ)



 統也は溜息を零す。


「どうした、水原君?」

「ぃぇ……今日はこれから、S県のY市へ向かうんでしたよね?」

「ああ。

 そこそこ距離はあるけど、ガソリンはあるし、食いモンもあるし、まぁ何とかなるだろ」


 後は、車1台通れる道があれば、目的地に辿り着ける。

日夏は最後部の座席に横たわる田島を瞥々と見やる。

やはり、恐ろしく思う気持ちが誤魔化せない。


(日夏は今年高校に入ったばかりの16才で、すごく小心者だ。

 昨日の晩もトイレに行きたいと言って、2度も起こされた)


「大丈夫だよ、日夏。田島は眠ってるだけだから」

「ごめんなさい……でも……大丈夫なのに、何で縛りつけてあるんですか?」


 日夏は田島を指差す。

いつの間にやら手足はロープで縛られているから、統也はギョッと目を丸める。


「えぇ!? いつの間にっ、って、何ですか、これ!? これ、岩屋サンでしょ!?」

「あ? ああ。それか? あぁそうだよ。当たり前の保険だろ?」

「保険ってっ、やめてくださいよ! こんな犯罪者みたいな扱い!」

「やめろッ、解くんじゃねぇよ、バカ!!」


 岩屋は急ブレーキをかけるなり運転席から手を伸ばし、田島を拘束するロープを解きにかかる統也の服を引っ張る。


「これは俺の車だぞ! 乗っける以上、荷物の扱いは俺が決める!」

「田島は荷物じゃありません!」

「何が荷物かも俺が決めるんだよ! 勝手な事すんな!!」


 岩屋は勢い良く統也の頭は引っぱたく。


「イタッ、」

「良いか、良く聞け、クソガキ!

 お前は眠ってるだけだから安全って言うけどな、コイツは飲まず食わずで今日で3日目だ!

 いつ死ぬか分からねぇ! 今この一瞬にショック死したって、おかしくねんだぞ!」


 安全確保に関しては、岩屋の主張は最もだ。

眠った儘である以上、気づかない間に田島が死んでしまう事もある。

そして 死者となって蘇えりでもすれば、不意打ちを突かれ兼ねない。

そんな危険分子を側に置く以上、最低限の備えはしておくべきだろう。

統也は叩かれた頭を抑えながら、渋々と頷く。


「ゎ、解かりました、」


(そうなんだ。昨日の晩、皆で話し合った。これからどうしていくのかを)



*



 ――昨晩。



『ゾンビにイレギュラーがある、だって?』


 日夏の部屋での作戦会議中、岩屋が声を裏返せば、2人は目を合わせ、共感する。


『はい。きっと、多くは力も それ程強くは無いし、感覚も動作も鈍い。

 でも俺が見たのは、普通のよりも少し、感覚が優れてました。

 静かに隠れていれば やり過ごせると思ったのに、そいつは気づいて……

 それに、力も強かった。ドアを破るんじゃないかってくらいに』

『な、何だって!?』

『僕が見たのも、それに近かったと思います。

 動き自体は鈍いけど、ガラス窓を素手で割ったり、』

『ま、参ったな、そんなのに出くわしたら……足が速かったりは無いよな?

 道は障害物だらけだ。あんまりスピード出して事故率 高めたくねぇぞ、』

『自衛隊の駐屯地でも感じたけど、肉体その物は俺達と比べてだいぶ脆い』

『そうですね。やっぱり、死んでるから……でしょうか?』

『そうかも知れない。再生力ってのが無さそうだから、頭を一撃で狙えなくても、

 手足に攻撃できれば動きを止める事が出来る』

『その辺はさ、若者に任せるわ。俺、27のオジサンだから』


 岩屋の場合、端から戦う気が無い。

その辺を突いては身も蓋も無くなるだろうから、心に秘めておく事にしよう。

日夏は体を小さく丸め、表情を憔悴させる。


『でも、僕が1番怖いのは……』

『ゾンビより怖いモンがあるのかよ、靖田君は』

『……、』

『日夏、他に知ってる事があるなら教えてくれないか?』


 統也に問われ、日夏は頷く。



『生存者の中にも、化け物みたいなのがいる……』



 この言葉に、2人はカクリと首を傾げる。

日夏が何を言いたいのか分からない。


『ま、まだ見てないんですかっ、アレを……』

『アレって?』

『凶暴な人間ですっ、すごく凶暴な……怪物です!』

『に、日夏?』

『ニュースでも言ってたでしょっ? 暑さを理由に暴れて人を殺した人がいるってっ、

 生きてるのに すごく凶暴になって、暴力的になって、

 化け物だけじゃない、普通の生存者も襲うんです!

 壊したり、殺したり、そうゆうのをすごく楽しんでいるんです!』

『ヤンキーか何かの慣れ果てか?』

『違いますよ、岩屋サン! そんなんじゃない! 狂った殺人鬼です! 怪物です!

 無抵抗な人を殺してるのを僕は見たんです! 僕も殺される所だった!

 生存者なのに……同じ生存者なのに!!』


 日夏は感情を露わに、統也に縋りついて泣くじゃくる。精神は酷く混乱している様だ。


(蘇える死者、自殺する者、眠る者、凶暴化する者……)



《生命の本質に関わる地球の脳波が変わる以上、我々人類に対する影響も計り知れない》



(全て、あのページに書かれていた影響だとしたら……)


 統也は日夏の背を摩りながら、岩屋を窺う。


『岩屋サン、あのホームページに書かれていた内容、覚えてますか?』

『あぁ。自然環境研究所ってのにあったヤツか?』

『そ、それ、僕も見ました! 生き抜きたければ頭を使え、って!

 あれは統也サンが書いたんですよね!?』

『えぇ?』

『だって、言ってくれたじゃないですか、駐屯地で!

 だから僕、絶対 生き抜こうって思えたんです!』


 怯えて蹲る日夏を、統也はそう言って叱責した事を思い出す。

然し、あれはネット掲示板からの受け売りだ。


『いや、あれは違うよ、日夏。俺もネットの掲示板を見ただけで、』

『そ、そうなんですか?』

『ごめん。まさか、そんな誤解をされるとは思わなかったから』

『そっか……何だ、そっか……僕、あれに勇気を貰って自衛隊まで行ったんです……

 もしかしたら釣り何じゃないかって怖かったけど、信じてみようって……」


 日夏は又も項垂れる。

期待に応えられずで申し訳ないが、違うものは違う。


(生存者にすら襲われて怖い思いをしたって言うのに、俺が書いたメッセージを信じてくれた。

 それもこれも全部、あの言葉が日夏に勇気を与えた……)



『あれを書いた人は、今どうしてるんだろう?』



 統也が呟くと、日夏は颯爽と立ち上がって机上のパソコンに向かって腰を下ろす。

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