第18話

 ハンドルを握る岩屋の手はブルブルと震える。


「岩屋サン、戻って来てくれたんですねっ?」

「戻ってねぇよ! ずっとあそこにいたんだよ!

 門の前じゃ目立つし、車引っくり返されたら堪んねぇから、壁際に着けといたんだよ!」

「俺、岩屋サンを誤解してました!」

「何が誤解だ、バカヤロ! マジでふざけんな! ホントふざけんな!!

 後ろの荷物頼まれたって困るんだよ! 人の迷惑考えろ!

 マジでテメぇ、後でブッ飛ばすからな!! これだからユトリは嫌いなんだよ!!」


 後ろの荷物とは、未だ目覚めない田島の事だ。

確かに、放って置けば死ぬだろう人間を押し付けられても困る。

諦めたくないと言うのなら、最後まで責任を持って欲しい。

そこを突かれては言い返す言葉も見つからない統也は、ヘコヘコと頭を下げる。


「す、すみません、ご迷惑を……」

「もう良いよ! それより……そいつか? 中に隠れてたヤツは?」

「はい、そうです!」

「またユトリか……」


 身なりを見れば高校生だと一目瞭然。荷物が増えた様なものだ。

岩屋の苛立たしげな口調に、日夏は小さく背を丸める。

折角 一難を乗り越えたのだ、車中の空気を悪くしたくない統也は日夏の肩に手を置き、岩屋の顔色を窺う。


「彼は靖田日夏君。この人は岩屋サン。車も岩屋サンの物だ。

 それから、コイツが田島。俺の友達」

「こ、この人、眠ってるんですか……?」

「ああ。でも大丈夫だよ、まだ。うん。大丈夫だ……、」


 静かに寝息を立てているだけの田島を『安全』と断言する事は出来ないが、統也は自分自身に言い聞かせる様に頷く。雖も、身近に置くには田島は脅威の存在。

日夏は少し距離を置き、統也を見やる。


「アナタが、水原統也サン……?」

「うん」

「はぁ、良かった……僕、掲示板を見て、」

「やっぱり!」

「本当に会えるとは思わなかったです、本当にっ、良い人で良かった!」

「俺もだよ。気づいてくれて嬉しかった。ありがとう、日夏」


 2人が固い握手をかわすも、岩屋は乾いた溜息を零して横槍。


「でぇ。揃々 次の事を考えてくれねぇかな?」

「そ、そっか、」

「一先ず給油。水原君、やれるよな?」

「へ?」

「給油だよッ、

 あんな危険なトコで待っててやったんだから、それくらいするのが道理ってもんだろ!」

「は、はぃ、」

「それから、何だっけ? お前」

「ゃ、靖田です……」

「靖田君か。

 ガソリンスタンドの中に赤い携帯缶があると思うから、それ、幾つか探して持って来て。

 そん中にも念の為、ガソリン詰めるから」

「ぼ、僕、ですかっ? スタンドの中って、1人で、ですか……?」

「オイオイオイオイ! 助けて貰っておいて仕事しない気か!?

 手が足りねぇんだから協力しろよ! だからユトリは嫌なんだって!」

「す、すいません……、」


 初対面の大人に頭ごなしに怒られて反論する度胸は無い。

日夏は自信も無いのに頷く。


 セルフのガソリンスタンドに停車すると、統也は周囲を警戒しつつ車を降り、日夏を手招く。

死者に嗅ぎつけられる前に素早く用を済ませてしまおう。


「日夏、その物騒なのは ここに置いといた方が良いかな」

「え!?」

「ここ、火気厳禁だから、誤って発砲したら大変な事になる」

「はぃ……」


 ガソリンは気化しやすい。静電気1つで爆発する事もある。

それで無くても先程の日夏の思い切りの良さには命を脅かされているから、万一を考えて武装は解除させておきたい。


 統也は運転席側に回り込み、窓をノック。


「何? 早くしろって」

「言いずらいんですが、こんな時でもお金が無いと機械が動かないみたいで」

「ああ。ホラよ、カード」


 岩屋は人使いが荒い。然し、2度も助けられている手前、文句は言えない。

統也はクレジットカードを受け取ると、給油を開始する。

この手の支払いシステムは、まだ機能する様だ。


「……」

「……」

「―― 日夏、何してるの?」

「え!?」


 岩屋にはガソリンスタンド内にあるだろう携帯缶を探して来いと言われている日夏だが、

統也の隣にピタリとくっついたきり離れようとしない。


(そうだよな、怖くて1人じゃ行けないよな、)


「分かった。携帯缶は俺が探して来る。その代わり、給油は日夏がやってくれ」

「で、でも……」

「大丈夫だよ。このままレバー引いてれば勝手にいっぱいになるから」

「ご、ごめんなさい、」


 仕事を押し付ける形となり、日夏はしょぼ暮れる。

勿論、統也も怖くない訳では無い。

日夏の気持ちが解かるからこそ仕事を変わってやろうと思うのだ。存外、損な性分。


 ガソリンスタンドに併設された休憩所の中にカー用品が販売されている。

その中に携帯缶の1つや2つはある筈だ。

統也は念の為、倒れた掃除用具入れから柄の長いモップを武器に選び、身構えながら、半開きになっているガラスのドアを足で突っついて開ける。


(俺、いつからこんな勇敢になったのかな? 何処か、麻痺しちゃったのかな?

 俺みたいな軟弱な男、ヤバイ事が起きれば一目散に走って逃げるもんだと思ってたよ)


 人を助ける為に自分の命を天秤にかける。

そんな現実が訪れるとは想像もしない所か、武器を持って応戦する思い切りの良さが自分に備わっていたとは、これ迄の日常からは予想も出来ない。


(まさかこんな、)


 レジカウンターから、突如、死者が飛び出す。

齧りつかれる前に死者の頭を目がけてモップをフルスイング。



 ガツン!!



 成す術も無く、グシャリ!! と壁に顔面を打ちつけ、死者の頭は弾け飛ぶ。



(冷静に対処できるようになるとは、やっぱり思ってなかったよ)



 2~3日あれば大概の事には順応するのが人間だとは聞くが、それは事実だった様だ。

車を振り返るも、岩屋と日夏は ここに死者がいた事に気づいていない。

何かあれば直ぐにキレる岩屋と泣き出す日夏を思えば、事勿れが1番良い。統也は息をつく。


「フゥ……俺って逞しい」


 車回りの備品と、四つの携帯缶を発見し、給油を万端整える。

これでガス欠の事態に陥ったとしても、当面をやり過ごせる。

騒ぎが起きずに用を終えられ、岩屋は満足げにハンドルを握る。



「さ、日が暮れる前に何処か、宿を見つけようか!」



 宿と言われると旅行気分にもなるが、メンバーは何ともミスマッチ。

然し、今は心の拠り所となる頼もしい仲間達だ。統也は頷く。


「そうですね、行きましょう」



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