第17話

 Tururururururu……



(え?)


 統也の携帯電話が着信を知らせる。



(この音は……父サンからの着信!)



 生存の知らせは有り難いが、こんな時に呼び出しとはタイミングが悪い。

否、着信音を切っておかなかった統也の過失だ。


 勿論、この電子音は死者達の耳に届く。

ピタリと足を止め、再び振り返った視界に統也を見つけると、顎を外す様に大口を開ける。


「ガァァァァ、ァァァ……アァァァァァァ!!」

「アァアァ、アァアァアァアァ!!」



(クソっ、こうなったら強硬手段だ!)



「日夏ぁぁぁ!!」

「は、はい!!」


 統也の声に引っ張られる様に大きな返事をしてドアから飛び出すのは、

制服姿の矮小な男子高校生。彼が靖田日夏だ。


「男!?」

「は、はい!!」

「然も武装!?」

「は、はい!!」


 名前が【日夏】なだけに、てえきり女性だと思い込んでいたが、とんだ勘違い。

制服の上に防弾チョッキを着て、肩には何丁もの機関銃やら銃弾の入ったベルトリンクをぶら下げた姿は、中々見られない兵隊コスプレ。

雖も、今はそれ等を兎や角 言っている場合では無い。統也は日夏の腕を取る。


「走って!!」

「は、はい!!」


 脱兎の如く走る足音と、1度は切れたが再び鳴る携帯電話の着信音に、内部の死者達が集い出す。相手が隊服を着ていようと、どれ程 隆々な肉体であろうと怯んではならない。

行く手を死者達が遮れば、統也は両手に銃を握って竹刀の様に振り回す。



(頭、頭だ! そこを狙えばコイツらは動けなくなる! もう1度、)


「死んでくれ!!」



 銃床で死者の頭を殴りつければ巨体はグラリ……と傾き、地を揺るがすかの様な音を立てて倒れる。然し、死者は1体では無い。続々と現れ、2人に襲いかかる。


「うわぁあぁ!!」


 日夏は鼻の頭を赤くしてベソをかき、恐怖の余りに走る事を忘れて蹲る。

これでは『喰ってください』と言っている様なものだ。統也は日夏の腕を引っ張る。


「何やってるんだよ、お前も応戦しろ! 頭を狙えばどうにかなる!」

「イヤだ!! 怖い!! 怖いよぉぉぉぉ!!」

「ふざけんな! 男だろ! 死にたくなかったら――」


 統也の頭に、あの言葉が思い出される。



「生き抜きたければ頭を使え!!」


「!」



 この言葉に、日夏の目は大きく見開かれる。

そして、これに応える様に立ち上がり、肩に下げていたアサルトライフルを構える。


「うぅ、ぅ、うぅぅ、……うわぁあああああ!!」



 ズダダダダダダダダダダダダ!!

 ズダダダダダダダダダダダダ!!



 いつの間にセーフティーを解除したのか、日夏が銃のトリガーを引けば銃口から一気に弾が発射される。


「うわぁ!! 危ない、、やめろ! こっち向けるな!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! うあぁあぁあぁあぁん、あぁあぁあぁ!!」


 泣き叫びながらの乱射。薬莢があちらこちらに飛び散る。

到る場所を銃撃し、流れ弾が辛うじて死者に命中するも、頭に当てない事には意味が無い。

それでも死者の前進を封じる手としては有効か、着弾の衝撃に大きく体を仰け反らせて倒れる。

何にしろ、応戦は逃亡のついでだ。

統也は日夏の背後から腹に腕を回し、引き摺って退路を急ぐ。


「もう良い、もう良いから!! 充分 足止めになってるから、ここを早く出よう!!」

「うわぁん!! うわぁあぁん、あぁあぁ!!」

「駄目だこりゃ、」


 力いっぱいトリガーを引いたから、指が硬直して外れなくなってしまった様だ。

体中に巻きつけたベルトリンクの弾が無くなるまで収まりそうにない。

こうなったら日夏そのものを武器として振り回すとしよう。

統也は死者の方向に日夏を向け、発砲させまくる。中々の連係プレー。



 ズダダダダダダダダダダダダ!!

 ズダダダダダダダダダダダ……


 ―― カチッ、カチ、カチンカチンカチン!



 弾を使い切れば、スライドがリコイルするばかりの虚しい音が繰り返される。


「た、た、弾がぁ!!」

「もうすぐ出口だ! 兎に角 走ってくれ!」


 体中を蜂の巣にされた死者達に痛みは無いにしろ、肉体的損傷は大きい。

それでも腹這いになって生存者を追い駆けようとする死者の執拗さにはゾッとさせられる。

全力疾走で隊舎の外に飛び出し、日差しを浴びる。

だが、外へ出た所で逃げ切れた訳では無い。

見た目通り軟弱な日夏は、忽ち脚力を失って膝を突く。


「日夏、止まっちゃ駄目だ! ヤツらを巻くまで走るんだ!」

「ハァハァハァ、、は、はぃ……、」


 統也は敷地内を見回す。岩屋の車は見当たらない。


(やっぱり行っちゃったか……)



『俺達は今ある自分の命を守るべきなんだ!』



(そうだよな、何度も助けて貰おう何て虫が良いにも程があるって……)


 ズルズルと体を引き摺って追い駆けて来る死者達の気配は、今後も背後に付き纏うだろう。

だからこそ外にいる以上は動き続けなければならないのだと、それは岩屋が言っていた最も頷ける主張だ。然し、ここは統也にとっては馴染みの無い場所。留まる当てが無い。


「日夏、何処か隠れられそうな場所は!?」

「えっと、えっと……」

「家は!?」

「電車に乗らないと……」

「クソっ、」


(どうする? 何処へ逃げる?

 表に出てないだけで死者達は至る所に潜んでいる、隠れられる場所なんて無い、

 いつか追い着かれる、いつか回り込まれる……このままじゃ、いつか喰い殺される!!)


 こうなったら体力勝負。走り続けるしかない。

向かう場所も無いまま門外を目指し、ゴールラインを切る様に駆け抜けると、

そこに、シルバーのワンボックスカーが滑り込む。



 キキキキィィィィ……ッ、



「水原君!!」

「ぃ、岩屋サン!?」


 うに去ったと思いきや、又も岩屋が救世主。

2人の体スレスレにドリフトを決めて車を停めると、乗車を急かす。


「早く! 早くしろ!!」

「はい!!」


 統也は後部座席のドアを開け、日夏を押し込むと、自分も続いて飛び乗る。

岩屋はドアが閉まる間も惜しみ、アクセル全開で車を急発進。

統也の背に伸びた死者の手を寸での所でかわし、一難を逃れる。

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