第16話

「俺……」

「助けに行ったとして! 間に合うか分かんねぇだろ!?

 着いた頃には、そいつはゾンビになってっかも知れねんだぞ!?」

「!」

「そんで自分も殺られちまったら、ホント無駄死にだぞ!

 言っただろ!まずは自分が助かんないでどうすんだって!

 次、助けられるもんも助けられなくなるんだって!

 危険冒してまでする事なんてな、全然勇敢じゃねぇぞ!!」


 運転席から後部座席に身を乗り出す岩屋は、統也の肩を押さえて必死の説得。

反論の余地も無い強弁に統也の心は揺らぐ。


(母サンも、手遅れだった……信じて、信じ続けたけど、間に合わなかった……

 そうして俺は母サンを殺したんだ。もしかしたら、今回も……)



 何者が助けを求めているのか分からないが、必ずしも救出してやれるとは限らない。

岩屋の言う様に、間に合わないかも知れない。

その前に、自分が先に餌食になるかも知れない。

全てが上手くいく確率は極めて低いのだ。

ならば自己の命だけでも確実に守り通す事に利がある。


 だが、それに是と頷けないのが、今における統也の正義感。


(俺があんな書き込みをしたから、それで この人はここまで出向いたのかも知れない……

 危険を冒してまで、ここに来てくれたのかも知れない……)


「岩屋サン、」

「緊急避難ってヤツだ! 水原君、俺達は今ある自分の命を守るべきなんだ!」


 岩屋は再び車を走らせようとする。



《お願い、助けて……死にたくない……》



 統也はギュッと目を瞑る。


「やっぱり駄目だ!」

「水原君!?」

「ごめんなさい、岩屋サンっ……田島を、宜しくお願いします!!」

「ォ、オイ!」


 統也は車を飛び降りると背を正し、90度に腰を折って深々と頭を下げる。

その姿は死地へ向かう若い兵士の様だ。余りにも痛々しい。

遠ざかる統也の背から目を背け、岩屋は震える手でハンドルを握る。


「じょ、冗談じゃねぇぞ……ぉ、俺は知らねぇからなぁッ、」



*



 ジャリ……と、踏み潰す砂粒の音が隊舎の壁に反射して静かに響く。


(昼間だって言うのに、何でこんなに暗いんだよ……)


 隊舎の入り口ドアも開け放たれた儘だ。

日差しの介入を拒む様な舎内の薄暗さに、何度と無く固唾を飲まされる。

黒目ばかりを動かし、内部を注意深く見やれば、電球は割れ、テーブルや椅子が倒れている。

まるで廃墟の様だ。


(戦闘準備も整わない内にアイツらの侵入を許したのか? いや、そうとも限らないか、)


 足元には薬莢が転がり、ブチ撒けられた血痕が床にこびり付いている。



《何処にいる?》

《正面の入口から入って、直ぐに化け物に見つかって、何も考えないで逃げて……

 後は良く分からない、ごめんなさい。

 でも、この部屋には武器がたくさん並んでます。もしかしたら武器庫かも》

《分かった。動かず待機して》

《ありがとう、本当にありがとう!》



(学校でもそうだった。沢山の自殺者がいて、それがアレに変化した。

 ここでも同じ事が起これば、どんなに警戒していても守りきれなかっただろう。

 防衛したくても、眠ってしまった人もいただろうから)


 外部からであれば、易々と侵入は許さない。然し、敵は内側にも発生する。

何が原因かは分からないが、突然 自殺する者が現れ、それが死者となって生者を襲う。

街を見て来た限りでは寝倒れる者も多く、その点も踏まえれば、死者は難なく増えたに違いない。


(あっちは戦闘訓練を積んだプロか。非力でノロマ……であって欲しいな、)


 統也は足元に転がっているライフル銃を拾い上げる。

勿論、使い方なぞ分からないが、鈍器として使用するくらいの効果は望めそうだ。

とは言え、このまま闇雲に捜索しても仕方ない。ここは慎重に考えながら進もう。


(正面から入って、どっちだ?)


 生存者は立ち入って直ぐに襲われたそうだが、今は死者の姿は見られない。

挙って生存者を追い駆けて行ったのか、統也は周囲に目を配り、床の汚れに目を付ける。


(血痕が粉になって擦れてる……

 血が乾いた後に誰かが この上を走って行ったんだ。方向は左か)


 こんな小さな痕跡に目星を付けられる様になるとは、2日目にして見事な洞察力。

統也は銃を握り、先へ進む。


(生存者が隠れていられるって事は、田島と俺が屋内施設にいた時と同じ状況なんだろう。

 ここにいる死者の感覚や知能は それ程高くない。

 でも、アイツらは生きた人間を襲う為、紙一重を探し続ける。

 だから、生存者の近くに必ずいる筈だ)


 死者は生存者を見失った時点で、その界隈を徘徊し続けるだろう予測。

隠れている生存者を見つけるのは難しいが、ウロつく死者を見つけるのは容易だ。



《隠れてる部屋の前に化け物がたくさんいる。動いてる音が聞こえる》


 生存者に近づくと言う事は、死者の目測に入る事と同意。

統也の有意識は既に臨戦態勢。いつ死者が現れても応戦できるよう殺気立っている。



(見つけた!!)



 角を曲がった所に十数体にもなる死者が群れを成している。統也は素早く身を隠す。


(うわぁ、やっぱりだよ! ガタイの良いのが沢山いるよ!

 あんなの、1人だって相手に出来るとは思えないぞ!)


 想像した以上に、自衛隊員の死者は屈強な肉体を持っている。

統也の様な薄っぺらな体系の男子なら、一瞬で捻り潰されそうだ。


(か、勘弁してくれッ、

 俺はケンカだって今までした事ないのに、部活だって帰宅部なのに、

 成績だってド真ん中なのに!)


 突出した能力は無いと言いたい。


(あぁ、でも、何とかして数を減らさなけりゃ……

 非力なアイツらでも、力を合わせれば車1台引っくり返せるって言うんだから、

 俺なんか一溜りも無い、)


 飛んで火にいる夏の虫にならない為の試行錯誤に、引き返すと言う選択肢は無い。

統也は膝を折り、薬莢を幾つか拾い上げる。



《キミの名前は?》

《にちか。靖田日夏》



 統也は静かに長息を吐く。



(可愛い子だと良いな!)



 下心を掛け声に、統也は手にした薬莢を反対側の廊下の先に遠投。



 カラン、カランカラン……



 この音に死者達は徐に振り向く。

聴覚は健在。音のする方へとゆっくり移動を始める。

死者達が移動しきるのを見守る迄は一旦退却だ。距離を置く。



《何か音がした!大丈夫!?》

《大丈夫。キミはドアの側にいて。声をかけたら出て来て》



 ここからは連係プレーが試される。

統也は死者達が通り過ぎたのを確認すると、その隙を縫って日夏が隠れているだろうドアの前に滑り込む。その寸暇、

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