第15話
「……どうする?」
「念の為、もう少し近づいてみましょう。
駐屯地周辺は、避難できる環境になってるかも知れないですし……」
タイヤが遺体に乗り上げないよう注意しながら徐行運転。
暫く後に、自衛隊駐屯地の門が見えれば、岩屋はブレーキを踏んでハンドルに凭れる。
「あ~~人がいるようには見えねぇぞぉ~~」
門は半開き。
正門から入って真正面に見える建物は隊舎だろうか、
多くの人が慌しく動き、その足跡だけが残された祭りの後の如く閑散さ。
まさか、自衛隊ですら適わなかったと言うのか、統也はシートベルトを外す。
「オイ、降りるつもりか!?」
「誰かいるかも知れないから、」
「誰かって、こんなトコに誰がいるんだよ!? そんなん、ゾンビくらいだろぉが!
バカなのか、お前は! これだからユトリはぁ!」
念の為だ。岩屋に叱責されるも、統也は車を降りる。
然し、地面に足を下ろせば、立ち所にひと気の無さを痛感させられる。
「本当に誰も、いないのか……?」
救いを求めてここ迄やって来たが、どうやら無駄足だった様だ。
(これから俺はどうしたら良いんだ、どうやって田島を助ければ良いんだ……
何も分からないまま、何処へ向かえば良いんだ……
こんなんで、本当に安全な地は用意されてるのか……?)
昨日の晩には『避難所はある筈だ』と信じられた統也だが、現実を前に茫然自失。
目的意識も胡散霧消。
(考えてもみれば、テレビもネットも、何処をどう調べたって避難情報は載ってない、
民間人の受け入れが整ってたら、幟を立てるなりして知らせようとするもんだよ……)
統也は空を見上げる。
気持ちとは裏腹に澄み渡った青空は、薄い雲が棚引き、秋の色を浮かべている。
(飛行機もヘリも飛んでない……
もうとっくに、全ての機能が崩壊してしまったんだ……)
避難場所は存在しない。
だが、諦観が前提では万に一つの行動にも移れない。雖も、痛惜。
少なくとも『ここは違う』と言う事実を手に入れはするも、今に至る期待が高すぎた様だ。
「絶望的だ……」
岩屋は助手席側の窓を開け、統也に呼びかける。
「オイ、ここはもう諦めよう! 突っ立ってないで早く乗れよ!」
「次は、何処へ行けば良いんでしょうか……」
「知るかよ! 兎に角、今の内にガソリン入れて、次の事はその後考えりゃ良い!」
移動手段を失う訳には行かない。
岩屋の頭は見通しの良い時間帯に給油を済ませ、夜をどう過ごすかを考えたいでいる。
岩屋のこの切り替えの早さは、ある種の才能だ。
統也はポケットから携帯電話を取り出すと、昨夜に書き込んだネットの掲示板を確認する。
やはり、レスポンスは1件も無い。何にせよ、無駄な行為だった様だ。
「分かりました、行きましょう……」
統也が後部座席に乗り込むと、岩屋は慎重に車を後退させる。
静かに、静かに。なるべく音を立てず。
統也は暫く躊躇った後、掲示板に書き込む。
(死ぬのを覚悟すると手記を書く人がいるってけど、俺もそうゆうタイプなのかも)
《F地区自衛隊駐屯地、無人。残念です。
次は何処へ向かったら良いのか分からないけど、兎に角、移動し続けようと思う。
その方が、きっと安全だろうから》
統也にとっての書き込みは、既に生存記録だ。
この日のこの時間、自分は生きていたのだと、自分に言い聞かせる為の手記。
そうして、統也が掲示板に投稿し終えると同時、
《待って、行かないで》
統也が書き込んだメッセージの返信欄が更新される。
「ぃ、岩屋サン、待って! 待ってください!」
突然、統也が声を張り上げるものだから、岩屋は慌ててブレーキ。
車体が大きく前後に揺れる。
「何!? 何だ!? ゾンビか!?」
「違います! レスです、レスが来たんです!」
「レ、レス!? ゾンビか!? 新種のゾンビか!?」
「違いますよっ、返信です! 俺が書き込んだメッセージに返信が来たんです!」
「は、はぁ!?」
大袈裟に騒ぐ統也に、岩屋は目鯨を立てる。
「それがどうしたよ!? いちいちビビらせるんじゃねぇよ!
メールなら黙ってやれッ、このクソガキが!」
「だって、レスが……」
「だから知らねぇよ! 次 騒いだらブッ飛ばすかんなッ、クソガキ!」
「は、はい、すみません……でも、あの、」
「何だよ!」
「これ、見てください!」
岩屋はヒステリックに眉を吊り上げるも、差し出された携帯電話を受け取る。
画面に目を落とせば、統也が書き込んだメッセージにコメントが寄せられている事が分かるだろう。
「何だよ、これ?」
「俺のメッセージを見て、ここに来た人がいるのかも知れません!」
「はぁ!? いつの間に そんな勝手な事しやがった!?」
「だ、だって、生存者がいるなら合流できた方が良いと思って、」
「……あぁ、まぁ。うーん」
統也の言う通り、生存者は多ければ多い程良い。単純に心強い。
だが、『俺に断りも無く』と言う事に合点がいかない。
岩屋は統也に携帯電話を突き返す。
「レスしてみますから、このまま待っててください!」
《生存者ですか? 今、何処にいますか?》
《生存者です。F地区自衛隊の隊舎の中にいます》
「やっぱり! 岩屋サン、この人、中にいるそうです! 避難させて貰えるかも!」
「ホ、ホントか!? ゾンビじゃねぇだろうな!?」
「ヤツらはネット何かやらないですよ!」
《今、門の前にいます。中は安全ですか? 避難させて貰えますか?》
《いいえ。どうか助けてください》
「え? 助けてって……」
《化け物がいて外に出られません。たくさんいる。見つかったら殺される!》
「「!!」」
この返信に、2人の肩はビクリ! と大きく震える。
外観からは気づけなかったが、避難どころか、死者は内部に潜伏していると言う。
迂闊に近づいていれば、死者達を呼び寄せてしまった所だ。
(中に、アイツらがいる――)
統也は窓から見える隊舎をジッと見つめ、喉を鳴らす。
その横顔をフロントミラー越しに、岩屋は頭を振るのだ。
「まさか、助けに行く……とか言わない、よな?」
「……」
「ぃ、言うなよ? 無理だかんな あん中入る何て、ゼッテェ無理だかんなッ?
大体、車じゃ入れねぇから!」
「でも、」
「勘違いするなよッ? 生存者は歓迎だ!
でもな、自分から出て来られねぇんじゃ、しょうがねぇだろッ?
こっちにゃこっちの都合ってもんもあるんだよ!
ガソリンだって早めに入れておきたいんだよ、俺は!」
日差しを遮る建物内部は薄暗い。
どれだけの死者が潜んでいるか判断できないが、中に入った時点で飛んで火にいる夏の虫。
完全に死者達の捕食範囲。
《お願い、置いてかないで! 助けてください!》
統也からの返信が無い事に不安を隠せない生存者は、救助の書き込みを繰り返す。
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