第14話 2日目。



 ……

 ……



 何処からか声がする。



『統也ぁ、統也ぁ……』


『!』



 パッと目を開ければ、そこは自宅のリビングだ。


『母サン……?』

『統也、ゴハンが出来ましたよ』

『……何で、いるの?』

『えぇ? 何よ? 寝ボケてるの? 腹減ったぁって急かすから、急いで作ったのに』

『え? ……ぁ、あぁ、そっかそっか……そう、だったね、ハハハ。ぁ、ありがと、』

『あらヤダ。ねぇ聞いた? お父サン、統也が珍しく、ありがとうですって!』

『また小遣いでも欲しいんじゃないのか?』

『きっとそうね』

『いや、違うよっ、本当に、純粋に、有り難いなって……それだけだってっ、』

『はいはい。分かったから食べちゃいなさい』

『ぅ、うん』



(ああ、何だ。やっぱり夢だったんだ。そうだよな、

 死んだ人間が生き返ったり、そんなおかしな事が起こるわけ無かったんだ)



『そう言えば、昨日はあれからどうしたの?』

『昨日って?』



(母サンが死んだり、俺が殺したり、)



『ホラ、言っていたじゃないの。お友達が沢山死んだって。

 田島君はもう2度と目覚めないんでしょう? 可哀想に、ご両親も大変よねぇ』

『……』

『でも、車の事故は驚いたわ。

 統也ったら膝すりむいて帰って来て、お母サン、本当にビックリしたんだから』

『……母サン?』



(あれは全部夢で、俺はこうして現実に戻って来たんだよな……?)



『あ。そうそう。お味噌汁の具、少し変わった物にしてみたの。

 どう? 美味しいでしょ? ホラ。良く見て御覧なさいな』


 統也は黒目だけを下に、手に持った味噌汁の椀の中身を見る。


『ぅ、』


 眼球が1つ、浮いている。



『それね、お母サンの目なのよ?』



*



 ――2日目。



「う、あぁあぁあぁあぁあぁ!!」

「水原君、水原君、しっかり!!」


 目を開け、視点が定まるそこには、険しい表情の岩屋。



(現実は、こっちだ……)



 統也はゴクリと喉を鳴らし、胸を押さえて体を起こす。


「ゅ、め……」

「水原君、すごく魘されてたぞ? キミ、大丈夫か?」

「は、はぃ……、」


 昨夜はいつの間にやら眠ってしまった様だが、朝には無事に起床。

これには安堵するも、夢の中でも恐ろしい思いをさせられては休んだ気がしない。


「水でも持ってこようか? リビングは1階だろ?」

「いえッ、要りません!」

「じゃぁ俺は頂こうかな」

「そ、それなら俺が……」

「そうか? そんじゃぁ頼むよ。

 それから、出発前に出来るだけ、食料とか飲み物を車に積みたいんだけど?」

「ぇぇ、はい、あるだけ準備します、」

「着替えも欲しいなぁ」

「俺ので良いですか?」

「いやぁ、俺はキミ程スマートじゃないから」

「じゃぁ、父ので良ければ……」

「ああ。着れれば何でも良いよ」


 何の準備も無いまま惨事に巻き込まれたのだから物要りなのは分かるが、随分と便利に統也を使うものだ。然し、岩屋の調子の良さに統也が逆らう事は無い。

リビングに死体がある事を知られたくない一心だ。


 統也は階段を下り、恐る恐るリビングのドアを開ける。

母親の遺体が動いた形跡は無い。やはり、頭が致命傷だった様だ。

今更ながら恐ろしい。昨日以上に恐ろしく感じる。

統也は母親を視界に入れないよう目を背けてキッチンに走り、非常食やら手当たり次第に2階へ持ち帰る。


「水原君、顔色悪いけど本当に大丈夫か? もう1日くらい休んだ方が良いか?」

「いいえっ、大丈夫ですからっ、そうゆう岩屋サンだって顔ヤツレてますよっ?」


 適当な言い訳を追及するでも無く、岩屋は少しほっそりしたか知れない頬を触りながら、統也の持ち帰った食料の数々に満足する。


「まぁ、これなら当分もちそうだな! 鞄に全部詰めて、1度に運べるようにしよう!」


 勿論、荷造りも統也の仕事。

あれこれ指示するばかりの岩屋は、すっかりリーダー気取り。

統也は背中に田島を背負い、ズリ落ちないよう紐で括りつけ、両手に大きな旅行鞄を持つ。

岩屋はリュック1つを抱えると、車に向かって全力ダッシュ。

昨日と同様、統也は田島と共に後部座席に転がり込む。車に乗り込むのも一苦労だ。


「な、何か、俺、すごい肉体労働させられてるような……」

「俺はこれから神経すり減らして運転するんだよ! 適材適所だろが!

 それより、忘れ物、無いなッ? 何かあったって取りに戻れないからな!」

「は、はぃ……」


 命あっての物種だ。忘れ物は無い。然し、悔いは残る。

岩屋が静かに車を発進させれば、自宅は徐々に遠のいて行く。

統也は後部座席の窓に張りつき、最後の最後まで家を見つめる。


「大丈夫だって。落ち着いたら帰ってくれば良いんだからさ」

「ぇぇ……そうですね、」


(母サン、ごめん、ごめんな……

でも、必ず帰って来るよ、ちゃんと葬るから……

逃げずにちゃんと責任とるから……それまで待ってて、母サン……)


 奪った命の責任なぞ取りようも無い。

然し、ある種の覚悟は統也の胸の内にある。



 あちらこちらに横転した車両をかわしながら走行する手間を除けば、道程は順調。

死者達は相変わらず活動を止めずに動いているが、車の速度で振り切ってしまえば着いて来られる筈も無く、恨めしそうに手を伸ばすばかり。


「車、すごいですね」

「だろ? 走ってりゃ安全!」

「停まってても、この中なら安全そうですよ?」

「いや、それがそうとも言えないんだ。勿論、そう簡単に窓やドアは破られないけども、

 車に逃げ込んだカップルが車体ごとゾンビ集団に引っ繰り返らされてんのを見ちゃってさ。

 移動手段としては便利で安全だけど、隠れ家にするには考えもんだ」

「そ、そうですか、」


 岩屋の口調には、襲われたカップルに対する同情心が聞こえてこない。

それ所か、その現状を見る事で自らの安全性を高めている。

今が緊急事態とは言え、人間性を疑ってしまいそうだ。



「さて、ここいら辺りからF地区なんだけど……」



 岩屋の声は曇る。

それもその筈、想像していた以上にこの地区も荒んでいる。


 彷徨う死者の姿は見えない。

路肩の左右に戦車が乗り捨てられている様子から、厳戒態勢が死者の横行を阻止したのだろうか、目を向ける そこ彼処にボロキレの様になった遺体が折り重なって倒れ、酷い悪臭を放っている。

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