第13話


「それに、俺はキミを気に入った。

 まぁ、言葉に棘はあるけど、すごく勇敢だ。友達を見捨てない。

 そうゆうの、すごく良いと思うから」

「ありがとう、ございます……」

「まぁ、そうゆう事だから、俺達は前向きに これからどうするかを考えてこぉ。

 取り敢えず、水原君はどの程度分かってるの、ゾンビの事」


 岩屋は改めて陣頭指揮を執る。

仲間として慕うには些か信用ならないが、1人で考えて途方に暮れるよりはマシだろう。

統也は左右に首を傾げながら、これ迄の推論を述べる。


「アイツら、基本は脆いみたいで」

「へぇ!」

「殴ればあっさり倒れるんです」

「へぇ!」

「力比べをしたわけじゃないから一概には言えないですけど、

 太刀打ちできない程の差は無いんじゃないかって」

「へぇ!」

「ただ、痛みが無い分しつこい。致命傷があるとしたら……頭、かな……、」


 統也はギュッと両手を握り込む。


(母サンの頭を砕いた……そうしたら、動かなくなった……

 アイツらにとって、頭より下のダメージに意味は無い。

 兎に角、頭さえ潰してしまえば機動力はゼロ……そう思って良い)


 母親によって得られた教訓。

これから生きるには役に立つ情報だが、罪悪感は拭えない。

そんな統也を余所に、岩屋は深々と頷いて感心する。


「すごいな、水原君! アイツらと戦って来た何て!」

「ぇ? 岩屋サンは……」

「俺はずっと車だよ。

 流石に車のスピードには追い着けないみたいで、ホント助かった。

 でも、心配なのはガソリンだな。給油中に襲われたら堪ったもんじゃない。

 水原君、セルフのガソリンスタンド、あれ、使い方分かるよな?」

「はぁ、」

「良し。それから、現実的な問題だけど、田島君は諦めた方が良いな」

「え!?」


 さっきは『気にならないでも無い』と言っていただろうに、岩屋はコロコロと意見を変える。


「俺は諦めない、そう言いましたよねっ?」

「そうは言ってもだ、さっきのサイトの薀蓄にだって具体的な解決は書かれてなかったし、

 予防策がいつ出来るかも分からない。それまで田島君をどうやって生かすつもりだ?」

「そ、それは……」

「まさか病院に行って延命して貰おうとか考えてないよな?

 あんなトコ行ったって無駄。街と何も変わらないぞ。

 そりゃ、注射器や点滴なんかはストックされてるだろうけど、

 そんな物があったって、扱えなきゃ意味が無いだろ?」


 そうなのだ。病院だの警察だのは あって無い様なもの。

現に、これだけの騒ぎが起きているにも関わらず、パトカーの1台すら走っていない。


(そんなんで辛抱強く堪えようって、この人、支離滅裂だよ……)


 大人の割りに筋道の無い説得力。然し、根拠の無さはお互い様。


「それじゃぁ岩屋サンは、どうするつもりで走ってたんですか?

 行く当ても無いのに、何処へ向かって走ってたんですか?」


 アレもコレも信用できないとなると、他に目的があったのか、岩屋の行動の意図を問う。

すると、岩屋は気拙そうに表情を濁し、統也から目を反らす。


「まぁ……じっとしてるよりは良い。危険な場所に留まる意味は無いだろ?

 当ては無くても何処か安全な場所は無いかって……そう! それを探してたんだよ!」


 察する所、岩屋も途方に暮れていたのだ。

言い訳に最もそうな理由を見つけ、満足そうに頷いている。


「はぁ。そうですか。確かに、避難場所くらいあって欲しいですね」

「だろ? いや、あると思うんだ。

 だって、お偉いサン達は絶対に安全な所に逃げてる筈だから。ヘリとか使って。

 デカイのが飛んでるの、何機も見て来たからさ、実際に。

 今 飛んで無いのは、あらかたの避難が済んだって事なんだろうし、

 特に自衛隊なら、そう簡単にゾンビなんかに侵入させないだろ?

 その辺プロなんだから」

「眠ってしまう現象をみると、ヘリを飛ばし続けるのは危険な気もしますが……

 自衛隊なら何処かしらでバリケードを張って、安全なエリアを確保してるかも

 知れませんね?」

「そう! そうだよ! それが言いたかったんだよ、俺は!

 だから言っただろ、ヤツらはそうゆう事に関してはプロ何だって!」


 すんなり日本を放棄する程、無力とは思えない。

多少のダメージを受けたとしても、敵を寄せつけないだけの力は非武装の日本にも備わっている筈だ。そう思えば、次に向かう意欲も沸く。

統也は再びパソコンに向き直り、周辺の航空地図を呼び出す。


「ここから1番近い自衛隊は……あった! F地区 陸上自衛隊駐屯地!」

「おぉ! やっぱりスゲェな、ネット!

 えっと、今がここでぇ……あぁあぁ成程、道さえ通れれば40分もあれば着きそうだな!」

「医療設備もありますよね!?」

「救護班とかいるだろ、自衛隊なら!」

「それじゃぁ早速、」

「夜はやめよう、見通しが悪い」

「でもっ、」

「ヘッドライト点けて走るのだって目立つだろうが!」


 岩屋は肩を竦めて震えてみせる。

死者には視覚も聴覚もある以上、目立った動きは裏目だ。

怯えて潜んでいる生存者を誤って轢殺する危険も高まる。


「何にしろ、一眠りしなきゃ身が持たない。

 明日は陽が登り次第、動けば良い。な? そうしよ」

「……はぃ、」


 統也は息苦しそうに俯く。



*



 時刻は24時を回る。

電気を消してしまうのは大の男でも怖いから、豆電球ばかりは点けて仄かに室内を照らしている。田島は相変わらず起きる気配が無く、岩屋は座布団を枕に爆睡。

統也は何度も寝返りを打ち、溜息を零す。


(眠れない、眠りたくない……)


 目覚められないのでは? と言う恐怖心が無いと言えば嘘になるが、理由は他にもある。


(母サン……)


 岩屋には言っていないが、1階リビングには母親の遺体がある。

それを思うと睡魔が訪れない。


(俺が殺した……)


 目を瞑れば、死者となった母親が険しい顔つきで襲いかかって来る様が思い出される。

母親は統也の存在を忘れ、目の前に現れた鮮度の良い獲物としか見ていなかったのだ。

それがショックで堪らない。それを理由に強行に及んだ自らの暴挙も許す事が出来ない。


(俺は どうかしてる……

 母サンを殺しておきながら、こうして なに食わぬ顔をして1つ屋根の下にいる。

 岩屋サンにバレないように隠して、明日にはこの家を出て行こうとしてる。

 信じられない……人間性ってものが、こんなにも欠如していたなんて……)


 胸が痛む。ジワジワと目の縁に涙が溜まる。自分の醜さに嫌悪してやまない。



(誰か、助けてくれ……)



 縋る思いで携帯電話に手を伸ばすも、相変わらず何処からの連絡も入っていない。

父親がどうしているのか気になるが、今更、会わせる顔が無い。

ただ、どうか無事であれと心から願う。



(生存者は、どんな思いでこの夜を迎えているんだろう……)



 統也はネットに繋げると、更新されなくなった掲示板にメッセージを書き込む。


《僕は水原統也です。秀明高校3年、18才です。

 今、C市のI地区にいます。自宅です。友達2人が一緒です。生きています。

 明日、F地区の自衛隊駐屯地に向かいます。保護して貰える事を祈って》


 ネットに実名を晒すなぞ、普通なら馬鹿げていると笑われるだろう。然し、今は違う。


(父サンが、知り合いが、見てくれるかも知れない。

 そうじゃなくても、誰か、生きてたら返して欲しい。生きてるって教えて欲しい。

 絶対に今を乗り切れるって、そう励ましたい……励まされたい……)


 1人でも多くの生存者が確認できれば、それだけで明日への希望に変わる。



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