第12話

《我々生命体が人として形成されるには、幾度と無い細胞分裂を繰り返す。

 DNAが2分され、螺旋状の遺伝子が解ける瞬間、

 生体情報にとって負となる16ヘルツ周辺の電磁波が作用する事により必要成分は抜け出し、

 正常な遺伝情報が転写・合成されない事態が生じると言う報告がある》



「どうゆう意味?」

「俺にも、ちょっと……」



《端的に、地球上のあらゆる生命体の遺伝子に狂いが生じると言う事だ。

 これから生まれる者・今を生きる者、人体と呼ばれる元素の集合体を含み、

 逃れる術を持たずに狂い出す》



「逃れられない……」

「って事は、お手上げって事か?」

「それじゃ、こんな薀蓄に何の意味があるんだ!」


 一縷であっても期待を寄せて、この活字の海に目を這わせているのだ。

端的に、人が絶望する様な発言は控えて欲しい。


(世界規模でも追い着かない……事を大きくして不可能に集約しないでくれ!!

 冗談じゃない!! 俺は、どうにもならない無駄な足掻きの為にッ、)


 脳裏に蘇えるのは、リビングでの出来事。

迫る罪の意識に統也の体が震え出せば、岩屋はその動揺を鎮めるように肩を叩き、

代わってパソコン画面をスクロールさせる。


「あ。なぁオイ、水原君、ここに睡眠がどーたらって書いてあるけど、何だろな?」

「え、……ぁぁ、はい、」


 感情的になってはならない。

岩屋に促され、統也は改めて画面に目を向ける。



《不明慮な点は多いが、期待できる事があるとすれば、人の脳にある松果体の存在だろう。

 松果体は一般に概日リズムを調整する睡眠ホルモン=メラトニンを分泌し、

 又、電磁波を感じる磁気体があるもとされ、

 電磁波の影響によっては、神経ホルモンの分泌異常が起こると言われている。

 更に、他国では人々の能力を開花させる重要な器官だとも捉えられている》



「うーん。能力の開花ってのは胡散臭いな。他は意味分からんけど」

「脳に、松果体……難しいですね、

 でも、えっとぉ……松果体が睡眠ホルモンを分泌するって事は……

 田島のように寝落ちた人の脳には異常量のメラトニンが発生した……

 そうゆう事になるんでしょうか?」

「へぇ。成程なぁ、」


 文章の冒頭に述べられていた『人類に及ぼす計り知れない影響』の1つに、

睡眠ホルモンの異常分泌が上げられる様だ。ならば、突然 寝落ちる現象にも頷ける。


「メラトニンの異常発生や電磁波……と言うのが影響してるなら、

 それらを取り除けば、正常な活動に戻る……田島も目覚められる?」

「うーん。で? 正常な電磁波ってのは?」

「ここでは、7.8ヘルツと言う事になりそうです」

「それ、聞かせとけって?」

「はぁ。7.8ヘルツと言っても、どうゆう状態で発生したものが良いんでしょうか?」

「さぁな」


 結論を言えば、サッパリ解からない。

結果的には眉唾な話。岩屋は学者を気取る様に声を張って言う。


「まぁ、水原君、これってあくまでも仮説だろ? ブッ飛んでる気もする。

 要は寝たモン勝ちって言いたいんだよ、このサイトの管理人は」

「そんな単純な解釈で良いんでしょうか?」

「寝ちまえば怖くも無い。ゾンビに喰われても痛くない。きっと無痛になるんだ」

「それが、能力の開花ってヤツですか?」

「俺が知るもんかよ。

 ただ、何らかの化学実験が行われたとか、製薬会社が悪い物を海に流したとか、

 そうゆうモノの影響って考えるのが普通だろーがよ」

「はぁ、」

「要は、ゾンビになる毒素みたいなモノが自然に濾過されれば良い。

 石油タンカーが海で転覆した時だってそうだろ? 少しずつ元に戻って行く。

 今回の場合、もう汚染され済みな人は救いようがないかも知れないけど、

 予防策は これからドンドン開発されてくと思うよ」

「これ、から?」

「そう! それまでは……まぁ、今みたいに混乱に堪えなきゃならない」

「堪える……」

「そう!」

「はぁ、」


 『何らかの・~みたいなモノ』と、曖昧さが回避されない岩屋の言いたい事は、暫くの辛抱なのである。

然し、テレビも放送されなければ、ネットの掲示板も更新されない、こんな丸腰の状態で目処も無いまま耐え忍ばなくてはならない事を思うと自信が持てない。


(今、俺の頭は分かったような気になっている。

 でも、ただそれだけで、どうしたら良いのかは1つも分かっていない)


 パソコン画面をバックさせれば、『生き抜きたければ頭を使え』のメッセージ。


(頭を使え……

 そうなんだ、今を仮定したら、その上でどうするかは自分で考えなければならない。

 このサイトの内容を信じるかどうかも自分次第。

 何でもかんでも面倒を見て貰える状況じゃない。

 だから、俺はどうすれば良いのか、どうしたら田島を目覚めさせる事が出来るのか、

 死なせずにいられるのか……)


 統也は額を押さえ、項垂れる。

松果体だのメラトニンだのとテーマを与えられはしたが、その先へ向かう新たな思考が見出せない。


「でぇ、水原君はどうしたいの? どうなったら良いの?」


 年上風を吹かせながら、自分も手詰まりでいるのは、岩屋の白々しい口調で知れる所。

追い討ちをかけられた気分になる統也は目を尖らせる。


「それが分かれば こんな苦労して悩みませんよっ、

 それより岩屋サン、トイレは済んだんですよねっ?」

「えっ、まぁ」

「良いですよ、俺達の事はほっといてくれて……行きたい所に行ってください!」

「あぁ、うーん……」


 岩屋は眠ったきり起きない田島に目を側む。

確かに、目覚めない田島の存在はネックだが、統也は意外にも行動的で頭脳派だ。

ユトリであっても何かしら役に立つようにも思う。

カーテン越しに窓の外を覗けば、死者の徘徊する姿も疎らに確認できる。

1人で車に戻るのは恐ろしい。それ等を踏まえ、岩屋はソロソロと腰を下ろす。


「もぉ少し、ここにいようかなぁ」

「ぇ?」

「いや! 田島君? の事も気にならないわけじゃない!

 でも、あぁ……ハッキリ言うと、行く当てが無いんだよ、俺も」

「一緒にしないでください」

「あぁ。そっか。だからさ、俺は帰る家も無いんだって意味だ。

ホームレスってわけじゃないぞ。マンションに彼女と住んでる。来年、結婚する予定だ」

「それじゃ、彼女サンを助けに行かなきゃ駄目じゃないですか!」

「やっぱりそう思うか?

 まぁ、水原君ならそうするんだろうけど、どうしてだかなぁ、……うん。

 俺はそうゆう気にならなかったんだ」

「え?」


 岩屋はシミジミと『自分でも不思議なのだが』と付け加える。


「キミも街の有り様を見たろ? 酷かったろ? だからもう、手遅れだと思ったんだ」

「手遅れって、」

「言いたい事は解かるよ、解かる。でも、助けに行くのだってどれだけ危険だ?

 どうしたってマンションの12階まで無事に辿り着けるとは思えないし、

 行って彼女がゾンビになってたら悲惨じゃないか。俺はどーすりゃ良いんだよ?」


 実際、死者となった母親に迎えられた統也には耳に痛い話。


「彼女だって、俺にゾンビになった姿は見られたく無いと思うんだ。

 相手の気持ちを考えれば自分が無事であるべきだとも思うし、

 現に その選択をしたからこそ、俺はキミ達2人を助ける事が出来た」

「そ、それは感謝してますけど……」

「だろ?」


 岩屋の言っている事は理解できるのだが、何処か正当化しようとする必死さが見える。

平たく言えば、婚約者を助に行く勇気が無かっただけの様に思える。

雖も、誰もその行為を責めたりはしない。何せ、状況が状況だ。

命を投げうつ行為を【勇敢】と賞賛するのが難しい事は、統也にも解かっている。

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