第11話
「トイレ、どうぞ」
車に戻るなり、統也は田島を担いでさっさと家に引き返す。
浮かない様子だが、深く追求するだけの関係では無い男は 緩い返事。
足早に水原家の玄関に滑り込むと、手早く鍵を閉める。
「と、戸締りはこれで大丈夫かっ?」
「1階は全て雨戸から閉めておきましたから大丈夫だと思いますよ?」
「そ、そっか、じゃぁ……」
「2階のトイレを使ってください。俺の部屋の前だから。
でもその前に、田島を運ぶのを手伝ってください。
車に轢かれそうになって、膝、怪我しちゃったんで、俺」
「……キミ、結構イヤミだよなぁ?」
「そうですか?」
統也は顔を上げようとしない。ただ、時折り鼻を啜る。
泣いていた程度の察しはつくも、まさか1階リビングに母親の遺体が転がっているとは男も思いはしないだろう。
さて、トイレを済ませてスッキリした男は、統也の部屋で胡坐をかく。
「良い部屋だなぁ」
「そうですか?」
「坊チャンか」
「そうは思わないけど」
素っ気無い統也の返答に、男は溜息を零す。
「まぁ……そう気を落とすなよ」
「何が、ですか?」
「だからぁ、親とはぐれたって、何処かで会えるかも知れないだろ?」
「……」
「人ってのは、何れは1人で生きてかなきゃならない。
俺は生まれつき片親で育ってる。その親も去年病気で他界した。遅かれ早かれだよ。
それに、今は自分自身を守る事を1番に考えた方が良い。
それが結果的に自分の為にも人の為にもなるんだ。解かるか?」
「……はぁ。そう、ですね。はい。そうします、」
やはり、子供には素直さが大切だ。
統也が納得する様子に、男は満足して右手を差し出す。
「そうだ。自己紹介してなかったな。俺は、
車の営業販売をやってて、……ってまぁ、今朝までだけど」
名刺を取り出そうと胸ポケットに指をかけるが、今更 何の意味も無いと言いたげに手を下ろす。
「俺は水原統也です。そこの秀明高校に通ってました。今朝までですけど」
「ハハハハ。その辺はお互い様か。でも、秀明って言ったら名門だ!
お父サンは、どっかの社長サンか何か?」
「まぁ、小さな会社ですけど」
「へぇ! 車はなに乗ってんの?
今うちの社で売出し中の……って、あぁ、それもどうでも良いか、」
こんな事でも無ければ、知り合う事も無かった2人だ。会話が盛り上がる筈も無い。
統也はベッドに寝かせた田島を見やり、肩を落とす。
(まだ1日……飲まず食わずでも1週間くらいは何とか、)
中々 苦しい言い訳だ。
統也はテレビを点ける。どの局も砂嵐。
「あの、岩屋サンは何処から来たんですか?」
「隣町。出勤途中に事故やら色々に巻き込まれて、そのまま車流してここまで来た。
途中、飛び出して来た高校生、轢きそうになったけどな」
「そっか、俺の方から車道に飛び出したんですよね。
でも、だって、まさか普通に生きているがいる何て思いもしなかったから、
車が突っ込んで来るとも思わなかったんです」
「そりゃそうだよな。言われてみれば そうかも知れない。
周りは寝てるかゾンビだから、てっきり自分だけが残ってるって、思い込んでた節はある」
「生きてる人間が珍しく感じる何て、信じられませんよね……」
話題が適当な所で着地すると、2人は括目。鼻っ面を突き合わせる。
「「他にも生存者がいる!!」」
再確認。
「そうだよ! 俺達だけの筈が無い!
何でそんな簡単な事に気づかなかったんだ!? だからユトリはぁ!」
「それもお互い様で、ユトリは関係ないと思いますけどッ?」
名門と言ってみたり、ユトリと言ってみたり、岩屋は度々都合が良い。
だが、生存者の存在は活路に繋がる。統也は腰を上げると、机上のパソコンに向かう。
テレビ中継が止まってしまっても、インターネットは未だ生きている。
携帯電話でチマチマ検索するより、大画面のデスクトップで現状を調べるとしよう。
「さっき、スマホで何ですけど、妙なアドレスを見つけたんです」
「避難場所でも書かれてるのか!?」
「それは分からないけど、もしかしたら……あった!」
【生き抜きたければ頭を使え。http:///www.ohkawa-labo_1xxxx……】
パソコン画面を前に、岩屋は不満そうに首を捻る。
「前向きと言うか、無責任と言うか……」
感想は夫々。
統也はアドレスをクリック。画面が移り変わる。
そこにはズラズラっと暗号文の様に鮨詰めにされた文字が並んでいるから、岩屋は目を回して顔を背ける。
「な、何だ!? こんなん読めねぇぞ!」
文章にはなっている。
だが、貼り付けられる表やグラフのレイアウトは完全無視。改行も無いから読み難い。
唯一すんなり読める一行があるとすれば、ホームページのトップに記された【自然環境研究所】と言うタイトル。
少々 胡散臭いが、統也は緊張を胸に一息を飲み、画面の活字に目を這わせる。
この状況を説明する一石となる可能性を思えば、一読する価値はあるだろう。
《危惧されていた事が現実のものとなった。
地球の心音は変化し、我々人類はその変調を受け止めざる負えないだろう》
サイケデリックな書き出し。
然し、自信を持って断言された文面でもある。
(危惧されていた? こうなる事は、以前から分かっていたって言うのか?)
《ガイア説を引いて説けば、地球は自己調整機能を持つ一つの生命体である。
その生命の上に我々人類は生かされ、無意識の中で地球と共振しあっている。
然し、人類の繁栄は地球の生命機能を脅かし、遂には損傷を与えるに到った》
(地球が生きているって言うのは分かるけど、自己調整機能って言うのは……
地球も人間のように、怪我をしたり病気になる事がある?
そんな時は熱を出したりして、ウイスルを撃退するって事か?
擬人化して考えれば良いのかな?
つまり、地球は今 具合が悪くて、その原因と言うのが……)
「人類の繁栄……人間が自然破壊や温暖化によって与えた、損傷……?」
《地球が奏でる心音は、本来7.8ヘルツ。
1900年後半を境に、その心音は徐々に上昇を始め、
2000年初期に、それはα波の上限にも達している。
生命の本質に関わる地球の脳波が変わる以上、我々人類に対する影響も計り知れない》
(だいぶ解からなくなってきたぞ……だから、そのぉ、
この人の言う『地球の脳波』って言うのが変わる事で、人間に何かしらの影響が及ぶ、
って事で良いんだよな?)
統也は今日の出来事を振り返る。
「もしかして、その影響って……人が死んだり、蘇えったり、目覚めなかったり、
今の状況を作り上げてるのは、地球そのものだって言いたいのか……?」
「えぇ? それは流石に飛躍しすぎてないかぁ?」
岩屋は異を唱える。
だが、小難しい文章は統也の解釈に要約できるだろう。
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