第9話

「ぉ、俺が何したって言うんだよっ……皆この街の住人だろ!?

 何で人を襲ったり食ったり、そんな事が出来るんだよ!?

 死んだら生き返るなとは言わないけど、せめて普通に……だって、そうだろ!?

 目も見えて耳も聞こえて、それなのに、当たり前の感情は無くなる何て、

 そんなの、おかしいじゃないか!!」


 死者が視点を合わす事は無いが、視界と言う物は持っているのだろう。

その範囲に動く物を捉えれば その方向に向かい、物音に反応する聴覚も持ち合わせている。

だが、統也の強い訴えに、死者が心を動かす事は無い。



「誰か、誰か……助けてくれよ!!」



 最後の命乞い。

その寸暇、1度は急ブレーキで停車したワンボックスカーのエンジンが再びかかる。


(あの車、まさか……)


 車のエンジン音に、死者達は首を傾げる様に振り返る。

この隙を見落としてはならない。統也は手放した鞄を掴み、死者を目がけて振り回す。


「うわぁあぁあぁあぁあぁ!!」


 渾身の、あるだけの力を揮って死者達を薙ぎ倒す。

死者達が立ち上がれず這い蹲っている間に、統也は田島を肩に担ぎ、ワンボックスカーに駆け寄る。



(この車の運転手、生きてる! 生きてるんだ!!)



 統也は助手席側のドアにへばりつくと、運転席に20代の男の姿を見つける。


「助けて! 助けてください!! ここを開けて! 早く! 早く開けてくれ!」


 統也は窓を叩く。然し、ドアロックは解除されない。

背後には、騒ぎを聞きつけた新たな死者が迫っている。

転倒した衝撃で膝を強く打った統也では、家までの距離を走れはしないだろう。

ましてや、田島を担いで逃げるとなれば生き延びる確率は皆無。

何が何でも車に乗せて貰いたい。

然し、運転手は何を血迷ったか、アクセルを踏む。



 キュルルルルルル!!



「えぇ!? ちょ、ちょっと!!」


 まさかの見殺し逃亡。

2人を助ける気なぞ運転手には無いと言う事だ。統也は放心。



「そ、そんな、ちょっとっ、冗談だろ!? 待って、助けてって!

 フザケンな! 何でだよ、人で無し!! 最低ヤロー!! 次ぃ会ったら覚えとけよ!

 お前が助けてくれって言っても、俺だってお前を見捨ててやるからな!!」


 統也に この次は無いだろうに、見事な負け犬の遠吠え。

然し、このまま素直に喰われてやるのは癪に障る。

腹の底から叫びながら、統也は鞄を振り回して死者達を払い飛ばす。

無駄な足掻きと分かっていても、抵抗の限りは尽くしたい。


(後、後もうちょっとだったのに、もう少しで家に帰れるって……

 やっとここまで来たのにっ、生きた人間に見捨てられて死ぬなんて!!)


 人間同士、必ずしも助け合える訳では無い。

そんな冴えない辞世の句を残さなくてはならないとは、残念な事だ。


「畜生ぉ!!」



 キィィィ……



「……?」


 統也の怒号に、ワンボックスカーは再びの急ブレーキを聞かせ、僅かにバックする。

統也の10メートル程先で停まると、運転席の窓が開く。



「後ろ、早く乗れ!」



 捨てる神あれば、拾う神ありの1人2役。運転手の男は統也を急かす。

出来ればもう少し手前に車を寄せてくれれば有り難いのだが、それは流石に怖いのだろう。

贅沢を言っては置いてきぼりをくってしまうだろうから、統也は力を振り絞って車に走り、田島と共に後部座席に飛び込む。


「早くドア閉めろ!!」

「は、はい!」


 兎に角、恐ろしくて仕方が無い。男はドアが閉まるなりアクセル全開で急発進。

その勢いで、統也は前座席に顔面をぶつけ、田島は足元に転がり落ちる。


「いッ、てて……、」


 踏んだり蹴ったりだが、一先ずの危機を逃げ果せるに到ったのだから不幸中の幸い。

恐怖に顔面蒼白の男は、フロントミラー越しに統也達を見やる。


「高校生か……」

「はいっ、本当に、本当に、助けてくれてありがとうございます!」

「お前、散々な事言って叫んでたろ……まぁ良いけど。隣のそいつ、眠ってんのか?」

「えっ、……ぇぇ、はい、」


 統也の答えに、男は露骨に表情を濁す。


「あぁ…、倒なモン拾っちまったぁ……」

「え?」

「え? じゃねぇよ、そいつもその内ゾンビ化すんだろぉがッ、」

「ぃ、いや、田島はただ眠ってるだけで、」

「そのうち死ぬだろぉがッ、飲まず食わずでいつまで生きられると思ってんだッ?

 だからユトリは……」


 察しの悪さを『ユトリ教育の弊害』と言いたい様だが、哀れまれる程、統也も馬鹿では無い。

大体は範疇。だからと言って、田島を切り捨てる事が出来ない。それだけの事。


「田島が寝て、まだ半日も経ってない……餓死する前に起こせば良いんですっ、」

「そうなったら起きないに決まってんだろッ、この状況、何も分かってないのか?

 あぁ、だからユトリは……」

「た、助けて貰って何ですが、そうゆう言い方は……やめてください、

 分かってますよ、少しくらいは……眠ったら、そう簡単には起きないって……

 でも、絶対って思いたくないんです!

 もしかしたら、起こす方法があるかも知れませんから!」

「ハァ。……で、どうするつもり? どっか行く当てあるのか?」

「家に、帰ろうと思って……、」

「家に!? なに、キミの家はNASAか何かなの!? 家に帰れば安全だと思ってるのか!?」

「そ、そんな事、思ってませんよ!

 でも、行く当て何て無いんだから、家に帰るくらいしか無いでしょうが!

 大人と違って、あっちこっちに顔きかないんですよ!」


 自覚があるかは別として、男の口調はいちいち人を馬鹿にしている。

漸く出会えた生存者だと言うのに、打ち解ける気になれない。

統也は左右の窓から景色を見やり、男に言う。


「……すいません、次の角を右折して貰えませんか?」

「右折?」

「はい。家がそっちなので、すいませんが、そこまで乗せてって貰いたいんです」

「うーん、」

「勿論、余りにも危険だったら諦めます。

 田島もいるし、長居してもご迷惑でしょうから、適当な所で下ろしてください」


 社会人の男からすれば、高校生なぞいても戦力外。無駄な荷物でしかない。

それならそれで仕方なし、ならばこれ迄と、

意外にもあっさり引き下がる統也に、男は気まずそうに苦笑する。


「まぁ、良いけども。じゃぁ悪いけど、着いたらトイレぇ貸してくれるかな?」

「はぁ、」


 外で済ませるよりは安全。男は存外強かだ。




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