第8話
壁かけ時計は15時を指している。まだ外は明るいが、夕暮れは間近。
警備室はエアコンで涼しく保たれているが、長居するには不充分だろう。
(俺達だって飲まず食わずじゃいられない。集中力を切らすわけにもいかない。
そうなったら必ずボロが出る……
田島と俺、どちらか先に死ぬ事になっても、やっぱり最悪なんだ!)
死ねばゾンビ化。
仲間でい続けるには、生き残る以外の手立ては無い。
(でも、悪い事ばかりじゃないだろ……
ヤツらの感覚は鈍い。非力でノロマ。ただ彷徨いながら獲物を探すだけ。
だから、隠れられさえすれば、こうやって身は守れるし、時間も稼げる。
長期的戦略で……)
ダン!!
「へ?」
つい、声が漏れる。
ダン!! ダン!! ダン!!
何度と無くドアを叩く音。
統也は這い蹲る様に立ち上がり、モニターを見る。
そこには、もう1人の警備員が警備室のドアに体当たりする姿が映っている。
勿論、この警備員も、ついさっき死者達の餌食になったばかりだ。既に死んでいる。
だが、統也の認識とは違う。非力どころか剛力。ドアは撓り、時機に叩き破られそうだ。
(力にも個人差があるのか!?)
2つ目の現実を把握。
物音1つ立てずに潜んでいたと言うのに、統也達が立て篭もっている事を察知したと言うなら、存外感覚が優れていると言う事にもなる。愈々、ここに留まってはいられない。
(こんな最悪な状況を、)
統也は田島を背中におぶる。
「ぉ、重っ、クッソ、」
育ち盛りの高校男子だ。
背負うには些か大きい体躯だが、田島を置いては行けない。
統也は勇気を振り絞ってドアノブを捻ると、体重を乗せてドアを押し開ける。
(1人で乗り切れるわけないだろう!!)
バン!!
ドサッ……
散々 喰いつかれた体に限っては脆いのか、警備員はグシャリと音を立てて転倒。
自棄っぱっちった暴挙が功を制した事に、統也は思わずガッツポーズ。
そのまま出入り口から脱出し、再び鍵を閉める。
こうしておけば、この中にいる死者達は表に出られない筈。
だが、統也の形勢が好転した訳では無い。
田島と言う大きな荷物が増えた以上、益々不利な状況だ。
(暗くなる前に家に帰るんだ!
家なら当分やり過ごせるし、父サンと母サンの安否も確認できる!)
心が折れる前に、住み慣れた家に帰りたい。
運動競技場の駐車場には、グニャグニャと体を
寝落ちた人を見つければ、ソレに群がって喰らうを繰り返す様から目を反らし、統也は物陰を伝って家路を急ぐ。
(こんな状況で、田島を背負って、良くここまで逃げて来れたよ、俺……
実はすごく強運なんじゃないか?)
自分は何処にでもいる ありきたりな高校生だと思っていたが、寝落ちしたクラスメイトを担ぎながら死者達の追跡を逃れる何て芸当は中々のもの。
然し、その強運も薄れ出しただろうか、
漸く差しかかった、運動競技場の外に走る大通りの惨憺たる様に目を疑う。
「何だ、これ……戦争でも、起こったのかよ……?」
茂みに埋もれ、身を隠す。
そして、生まれ育った街の景色を改めて正視。
日々、買い物客で賑わっていた店先には 車が突っ込み、大破。
煙を吹いたバスやトラックが道を遮る様に横転している。
きっと、居眠り運転による事故が同時に発生したのだろう。
そして、その事故によって死んだ者は次々に蘇えり、この血生臭い悪臭をばら撒いている。
学校の裏門から出れば、直接この惨事に巻き込まれていたに違いない。
何度 見直しても、以前に見ていた当たり前の風景は見る影も無し。
1度は ひと気の無い運動競技場に逃げ込んだのは正解だった様だ。
然し、死者達は次の獲物を捕らえる為、通りを徘徊し続けている。
それは運動競技場内の比にも無い多数。
住宅街に出るには、これまで以上の危険を覚悟しなくてはならない。
(どうすりゃ良いんだよ……迂回した所で、家から遠のくだけで危険は変わらない、
陽も傾いて来た……俺の体力だって、いつまで持つか分からない……)
近く聞こえるのは、田島の寝息。
こんな時に呑気だと腹立つ思いもあるが、田島の存在が統也の孤独を和らげているのも事実。
随分なお荷物であっても、捨てる事は出来ない。
統也は背後に注意を払いながら、田島を背負い直す。
(諦めるな、まだ走れる!
この通りさえ切り抜ければ、絶対に家に辿り着ける!!)
強く強く言い聞かせ、神経を研ぎ澄ませる。
(良し、行け!!)
横転したバスまで走ると一旦 足を止め、先を窺い見る。
唸り声を上げながら這う上半身だけの死者や、食事中の死者、
皆が事故の死傷者だろう惨たらしい姿は、何度 見ても慣れる事は無い。
涙に交じって吐き気が迫るも、統也は口を押さえて必死に堪える。
(アイツらは不死身だけど、超能力を使ったり、体を回復させる事は出来ないみたいだし、
蹴散らしてしまえば、直ぐに体勢を立て直す事も出来ない!)
これ迄に対峙した死者達が何処かしら肉体を損傷していた事もあるが、モンスターとは言え、死者の体は生前よりも脆いと言うのが統也の読みだ。
活路を見出し、統也はスタートを切る。それと同時 ――
キィィィィィィィ!!
「!?」
シルバーのワンボックスカーが統也を目がけて突進。
耳を劈く急ブレーキの音に目を回しながら、統也は田島を抱えて倒れる。
「うぅぅ、、……ッッ、、イッてぇ…ッッ、」
衝突は避けられたが、アスファルトをゴロゴロと転がされ、体中が痛い。
黒目だけで隣を見やれば、痛がる様子も無い田島は、この期に及んで寝息を立てている。
「ぃ、生きてる、っぽい……良かった、」
修羅場を切り抜けて来たのだ、交通事故で あっさり死んで貰っては困る。
雖も、一命を取り留めたとは言えない。統也は痛みを押して体を起こす。
(でも、まぁ、……こうゆう事になるよな、)
四方八方を死者に囲まれ、逃げ道は失われた。
統也は腰を引き摺って田島に擦り寄る。
「田島、田島っ、好い加減に起きろよっ、、お前だけ怖くないとかズルイだろ!」
意識があるよりは無いまま喰われた方がマシな気がする。
少なくとも、絶命する迄の恐怖は無い筈だ。
統也はブンブンと頭を振り、近づく死者達を見上げる。
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