第6話

「同じだ……街でも同じ事が起こってる……」

「と、統也、どうすんだよ! オレ達どうしたらイイんだよ!?」


 田島は喚くも、それを宥めるだけの平常心は統也にも無い。

エアコンの効いた涼しい警備室だと言うのに、ダラダラと汗が流れ落ちる。


(情報が状況に追い着いて無い!

 リビングデットなヤツらには、時と場合なんて無い! 人間を見れば無差別に襲いかかる!

 現状に乗り遅れれば、アイツらに喰い殺されるって事だ!!)


 報道関係者ですら把握しきれていない以上、テレビは頼りにならない。

統也は鞄を弄り、携帯電話の充電器を取り出す。


「田島、今の内に充電しとこう」

「何だよ、こんな時に!」

「電波が無いわけじゃない、繋がらないだけで、相手が応答できる状態になれば……

 向こうから電話がかかって来るかも知れないし、ネットで情報交換だって出来る。

 ライフラインが活きてる限り、そうゆう端末は生かしておかなきゃ駄目だ」


 携帯電話は万一の命綱にもなる。そう冷静に聞かせるも、統也の口調は早い。

それだけ焦燥している表れに、田島は再び震え出す。


「騒ぎが起こってるの何て、さっきのテレビ見れば、誰だって分かるだろ!?

 警察とか自衛隊もいるんだし、助けが来るまで ここにいればイイんじゃねぇの!?」

「勿論だよ。助けが来るなら……」

「どうゆう意味だよ……?」


 携帯電話の充電を開始。

点灯する赤いランプを見つめ、統也は最悪の想像を口にする。


「警察にも病院も電話が繋がらないんだ。もう、ヤツらに襲われた後なのかも知れない、」

「ぇ……」

「そうじゃ無く、逸早く動いて人が出払ってるだけだとしても、手が足りないって事だろ、」

「そんなぁ……」

「テレビが緊急放送するくらいだ、何処も彼処も混乱してる。

 こっそり隠れてるだけの俺達を探して見つける余裕なんて、誰にも無いって思うよ、俺は」


 警察や自衛隊が機能を失っているとは思わないが、意識は必要な場所に集中し、

それ以外は後手になる。

人を当てにしていられる程、悠長な現状で無い事を自覚しなくてはならない。


(事の発端は堀内からだって勝手に思い込んでいたけど、ひっどい幼稚な発想だったよッ、

 全ては俺達の知らない間に、とっくに始まってた!

 だったら、警察も病院も自衛隊も関係ない、皆同じ……助けを求める側になる!)


 予想だにしないパンデミックが降って沸いたのか、制止も万策尽きた挙句の漏洩か、

どの道、この深刻さを納得させるだけの理由にはならない。


「じゃぁ どうなっちゃうんだよっ、誰も助けに来てくれなかったら、どうなるんだよ!?

 化けモンの餌食になるのを待てってのか!? 冗談じゃねぇよ!

 ここまで逃げて来て、そんなんねぇよ! フザケンなよ!!」

「田島、落ち着けよっ、」

「落ち着いてられるか! 家にも帰れねぇで、こんな何もねぇトコいられねぇよ!!」

「この辺は中心部から外れてるし、安全な方だ、きっと、」

「何処が安全だよ!? お前だって見ただろ!? ありゃゾンビだ、ゾンビ!

 あんな得体の知れねぇ化けモンに追っ駆けられて、こんなバカげた事……

 いつんなったら収まんだよ!? いつだよ!?」

「そんなの分かんないよ、俺だってっ……

 でも、国だって何かしらの対策は採る筈だ。アメリカとか、隣国なんかも……」

「だから、いつだよ!? そいつらが今日中にオレ達を助けてくれんのかよ!?

 何とかしてくれんのかよ!? 明日も明後日もこんなん、堪えられねぇよ!!」


 統也の言う余りにも目途の無い展望に、田島は両手で頭を抱えて蹲る。

まるで雷から臍を守る子供の様だ。


(我ながら説得力の無さったらない……

 国家レベルで考えたって、今をどうやって収束するのか……

 その手立てがあっても時間がかかりそうだ。

 アメリカだのって適当な事言ったけど、もし世界レベルだったら? 

 日本みたいな小っさい島国の面倒なんか見てられないだろ……

 って、俺達みたいな平民が必死になったって、無駄な足掻きにしかならないじゃないか、)


 田島の泣きじゃくる声を聞けば、一層に志気が下がる。

落胆を隠せない統也は項垂れ、愚痴を零す。


「もう、馬鹿みたいだ……大体、ゾンビって何だよ? 映画でしか観た事ないよ、

 噛まれると感染してゾンビになって、そうやって芋づる式に増えてくんだろ?

 あれが本当なら人類が太刀打ち出来るわけが無い、

 単純に死ぬだけでもゾンビなら、どっち道ゾンビ確定じゃないか……」


「!」


 統也の吐露に田島はビクリと肩を震わせ、のけぞる。


「と、統也」

「何……?」

「ぉ、お前、感染してねぇよな?」

「―― ぇ?」

「感染してねぇよな!?」


 田島から向けられる欺瞞と恐怖の目に、統也は放心する。

現状を説明できる要素が1つも無い。何も分からない。

それによって生じる先入観と憶測。



(ああ、、こんなの、少しだって精神が持つとは思えない……)



 絶望的な展開に統也が言葉を失えば、田島は我に返って土下座する。


「……ぁ、あぁ、ゴ、ゴメンっ……だって、お前が変な事言うからぁ、

 うぅぅ、勘弁してくれよぉ、お前があんなんなったら、オレ1人でどうしたらイイんだよっ、

 ヤダよオレ、1人とかぁ、うぅぅ……」

「ぁ、ああ……うん、解かるよ、しょうがない……

 感染は、してないと思うよ……良く分かんないけど、今の所は……」


 感染するも何も、それすら判明していないのだ。

少なくとも、直接 死者には触れてはいない。

警備室に逃げ果せて1時間は経つが、奇妙な体調の変化も見られないから、安心して良い様にも思う。


(1人は心細い……

 でも、自分以外の他人に対して疑ってかからなきゃ自分を守れない……

 最悪だ、最悪……)


「取り敢えず、今は少しでも休もう……」

「そ、そうだな……こんな時にアホみたいだけど、オレ、普通に眠気がさ、ハハハ……

 ワリぃけど、ちっと寝てイイか?」

「ああ、良いよ。何かあったらすぐ起こすから」

「ホントだぞ? 起こせよ? ゼッテェ置いてくなよ?」

「分かってるよ。約束する」


 存外パニックには弱いらしい田島には眠っていて貰えた方が良い。

統也の快諾に、田島は鞄を枕に寝転がる。そして照れ臭そうに言うのだ。



「ありがとな、統也。お前のお陰で生き延びた……」



 語尾は寝惚け口調。

間も無くして寝息が聞こえると、統也は肩を撫で下ろす。



(誰からも連絡が来ない……)


 携帯電話は鳴らない。

家族の誰一人も連絡できる状況に無いのか、嫌な方向にしか想像が向かない。

統也は膝を抱え、小さく縮こまる。


(父サン、母サン、どうか無事でいて欲しい。保護されていて欲しい。

 安全な所にいて欲しい。もしそうじゃ無かったら……)


 統也はブンブンと頭を振り、携帯電話に手を伸ばす。


(今の内に調べて置こう。ネットを利用して情報交換してるヤツは絶対にいる。

 何が起こってるのか、どの程度の規模なのか、政治家のホームページとかツブヤキとか、

 田島の精神状態も考えれば、ここにも長くはいられない。

 何とか避難場所を見つけなけりゃ!)


 現状を表すワードを打ち込み、検索。すると、多くのタイトルがヒットする。

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