第5話

「よしっ、警備室で作戦会議しよう」


 警備員は警備室を施錠する間も無く昏倒してしまったらしく、ドアノブを捻れば難なく開錠。


「だ、誰もいませんよね?」



  ……

  ……



「ょ、良し、いないな!」


 先客無し。

指さし確認しながら安全を自分達に言い聞かせ、素早く入室。


 警備室は3畳程の小スペース。

受け付け兼用だけあって入り口から丸見えだが、窓を締めてカーテンで目隠ししてしまえば気にならない。

何より有り難いのは、施設内の様子を映す監視カメラのモニターが付いている事。

映像は白黒で不鮮明だが、各階層の状況を確認するには充分な設備だ。

これには2人揃って肩の力を抜く。


「やった、見に行かないで済んだ……」


 監視映像に点々と見られる利用者は、全員が昏倒。一同に眠っている様だ。

幸いな事に、徘徊する死者の姿は無い。


 田島は一先ずの安堵感に座り込み、一息をつく。

精神的な回復には暫くかかりそうだが、統也は卓上ボタンを押し、分割された監視映像を拡大したりとモニター操作や精度を確認。

こうして延々と警戒し続けるつもりか、気を緩める様子の無い統也を見上げ、田島は苦笑する。


「統也って、いっつもそぉな?」

「え? 何が?」

「何でも全力投球ってぇか、マジメってぇか。手ぇ抜かないってぇか」

「そんな事ないけど……」

「そんな事あるし。そうゆうの、何か大人だなぁって」

「そうかなぁ? 何事も必要最低限ってのを目指してるだけだよ」

「だからそこが」


 田島から見て、統也は18才にしては大人びていると感じるのだ。

現に今も、状況把握の為の集中力を切らさないから頼もしい。

日頃、必要だと分かっていても後回しにする田島としては、統也の冷静さと真面目さには一目置いてしまう。


 雖も、食い入る様にモニター映像を見ても、現状の異常性を理解するには至らない。

一時を凌ぐも今後はどうすべきか、統也は田島に並んで腰を落ち着ける。


(頭の中を一端 整理しよう。

 まず、事の発端は堀内。彼女はあれからどうしただろう?

 本当に彼女は死んでいたのか? そこが問題だ。死んだ人間が生き返る何て事が……)



『あんなトコから落ちて無事に済むワケないじゃん! いっぱい血ぃ出てるじゃん!』

『し、死んで生き返ったんだよ!! 見りゃ解かるだろ!!』

『フザケンな!! そんなの、そんなの、ゾンビじゃねぇか!!』



(そうなんだ……

 信じたくなくても、目の前で死んだ筈の人が生き返って、ゾンビみたいに襲って来た。

 俺達は それを目の当たりにしている)


【投身自殺した者達は辛うじて生きていた】と言う、つまらない憶測で現状を誤魔化すのはよそう。馬鹿馬鹿しくとも、今は“死者の蘇えり説”を採用した方が現実的だ。


(それじゃ、死んだらゾンビになるウイルスでも散布されたのか?

 それは無いか、俺達みたいに平気なのもいるわけだから。

 そうなると……ゾンビになったから死んだのか? ん? それは何か変だな……

 そもそも、何でアイツらは屋上から飛び降りたんだ?

 集団自殺する理由があったのか? いや、先入観は捨てよう……

 ゾンビ出現に即行で生きる希望を捨てたとか、そんな理由があったとして、だよ。

 あれだけの事をするのに、抗議も無ければ、悲鳴も上げずに飛び降る何て、

 やっぱり どうかしてるとしか……)


 自爆テロと言う無秩序な手段を持った輩も存在する。

そんな見地で考えれば集団自殺を否定する事は出来ないが、何にしろ、主張が無い事には疑いを持ってしまう。

人生を集団でストライキする その根拠を掲げずでは、残った人間に何かを伝える事は出来ないのだから。



『皆、いきなり倒れて、しまって……俺も、急に眠く、なって……』



(死んで生き返る者、自殺する者、眠る者……関連性が見当たらない、)


「田島、さっき家に電話したんだよな?」

「ああ。母チャンに」

「電話、繋がったんだよな?」

「繋がったけど?」

「そっか……うちは繋がらなかった。誰も出なかった」

「で、出かけてたんじゃね?」

「そうなのかな……」

「……、」


 統也が何を言いたいのか、

焦燥させられる田島は、改めて携帯電話を取り出すと自宅の番号をコールする。



 ……

 ……



 出ない。

出られる状況に無いのだろう予測に、田島は諦観を隠せずに電話を切る。


「なぁ統也、もしかして、結構 広い範囲でおかしな事になってんのかな……?」

「かも、知れない……」


 実際を知るのが怖い。だが、目を伏せてもいられない。

統也は情報を求め、携帯電話のワンセグを呼び出す。

すると、何処の局も番組を中断しての特番報道。

リポーターが荒々しい口調で実況している。



《現在、事例の無い大惨事が各所にて起きています!

 こちら、都心部とC市を繋ぐ幹線道路では、何台にも渡る車の玉突き事故が、

 ―― あ! 先頭車両あたりで煙が……きゃぁ!! 今、炎上しました!!

 事故の影響でしょうか、歩道でも、いえ、周囲に倒れている人が多く見られます!

 中には混乱に乗じて狂ったように暴れ回る人もいます! まるで暴動です!

 とても日本国内での出来事とは思えません! ――あれ? スタジオと繋がってる?》


《繋がってるが、向こうからの音声が届いてないのかも知れない。おかしいな……》


《いいから実況続けろ!》


《ぁ、はい! えぇ、スタジオの音声がこちらには届きませんが……

 あぁ、何でしょう!? あの人、血塗れです! 血塗れの人が歩いています! 向こうにも!

 事故に巻き込まれた方かも知れません! 話を聞いてみましょう!》



 現場クルーとスタジオとの遣り取りに支障を来たしているも、この内乱にも似た騒動を報じない手は無い。

大スクープの意気込みで、リポーターはマイクを持って負傷者に駆け寄る。


「統也、これ……ヤバイよな?」

「ヤバイと思う、」


 2人はゴクリと喉を鳴らす。



《すみません! ちょっとアナタ、酷い怪我をしてますね!?

 事故ですか!? それとも暴動に巻き込まれたんですか!?

 ……え? ……えぇ!? ちょ、ちょっと、その怪我 酷すぎませんか!?

 誰か救急隊を、って、――え? ……ぎゃッッ、、》


《ぅ、うわぁあぁ!! 何だよ!? 襲いかかって来たぞ!!》



 2人が予想した通りの展開が見事に全国放送。

負傷者はマイクを払い飛ばすと、尚もリポーターに襲いかかり、猛獣の様に牙を立てる。

まさかの食人鬼か、カメラマンは装備を手放して逃げ出す。

放置されたカメラに映し出されるのは、キャスターの体から吹き出る血飛沫。



《たす、…助けぇぇ、……》



 見ていられない。統也はワンセグを切って項垂れる。

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