第4話

 拙い足取りの死者達が行く手を阻む度、息を止めて鞄で薙ぎ倒し、学校と外とを仕切る体育館裏のフェンスに飛びつく。


「うぅぅ……足が上手く動かねぇよ、スゲェ眠いし、最悪だっ、うぅぅ」

「田島、しっかりしろ! 俺だって泣きたいよッ、バカ!!」


 こんな一大事に、眠いだのとは良く言えたものだ。

統也はフェンスの上から隣の駐車場に飛び降り、モタモタとよじ登る田島を叱責。

手を貸して田島を引き摺り下ろすなり、遅ればせながらにやって来た死者達が網戸に集る虫の様にフェンスにへばりつく。



 ガシャン、ガシャン、ガシャン!

 ガシャンガシャン、ガシャン!!



「アァアアアァァ……」

「ウァアァアァアァアァァァ……」

「ガガ、ガァッ、、アァアァアァ……」


 どうやら死者達に【よじ登る】と言う発想は無い様だ。

動く死体達の知能と運動能力の低さには救われる。

フェンスが足止めになっている間に何処かに隠れよう。


 運動競技上の周囲は広い駐車場で整備され、陸上競技場やテニスコート等が点在している。

休日ともなれば大型の大会が開催され、多くの人を呼ぶが、平日は予想通りの閑散さ。


(今日は何処の会場も、鍵は閉まってるだろうけど……)


 田島はビクビクと震えながらも目が虚ろ。

眠いと言っていたが、体調不良から来るものかも知れない。

統也だけなら何処でも潜めそうだが、この暑さだ、田島の体調を悪化させない為にも空調が整っている場所に限定すべきだろう。


(一般開放されてる屋内施設場ならエアコンもかかってそうだし、入り込めるかも知れない!)


「田島、行くぞ。動けるな?」

「ぁ、あぁ、大丈夫、」


 空っぽの駐車場を足早に突破し、屋内施設場を目指す。

道すがらには死者が横行する様が無い分マシだが、ウォーキングに訪れていたのだろう人達の横たわる姿が点々と見当たる。



(やっぱり学校だけじゃ無かったんだ!)



 警戒しながら見回す前方に、地面を這い蹲る男が見える。

助けを求める様に手を伸ばし、呼吸を荒げて苦しげだ。


「大丈夫ですか!?」

「バ、バカ、統也、危ねぇよぉ! 全員死んでんのかも知れねぇのに!

 生き返って、堀内みたいに襲いかかって来るかも知れねぇのに!!」


 見て見ぬフリが出来ないのが統也と言う男。

田島の制止を他所に男に駆け寄ると、その背を強く摩る。


「しっかりしてください! 一体ここで何が起こったんですか!?」

「ょ、良かった……キミは、動けるん、だな……?」

「え?」

「見ての通り……皆、いきなり倒れて、しまって……俺も、急に眠く、なって……」

「眠いって、」

「ひどく眠いんだ……きっと、皆そうだ……早く救急車、を……」


 男の話を掻い摘めば、皆が揃って倒れたらしい。

理由も この男と同じだとすれば、睡魔によるものだろう。

大の大人が眠気に耐えられず昏倒してしまうとは、俄かに信じがたい。

然し、現に男は激しい睡魔に襲われ、舟を漕ぐようにウトウト。今に落ちてしまいそうだ。


「あの、救急車を呼びたいんですけど、さっきから電話が……あれ?

 あの、ちょっと、寝ちゃったのか!? オイ、起きて! ホラ、しっかり!!」



  ……



 寝落ちてしまった。

何度も体を揺すろうと、起きる気配は無い。


(これ、用務員サンと同じだ! 眠り病!? そんな病気、あるのか分からないけど……)



 遠巻きに様子を見守っていた田島は、恐る恐る統也に近づく。


「もぉイイよ、統也、行こうってっ、どっか隠れて助けに来て貰おうぜ!

 こんなトコいたら、化けモンに見つかっちまうよぉ!」


 田島の涙ぐんだ声に、統也は溜息をつく様に頷く。

寝倒れてしまった人達を放置するのは心許ないが、そばにいて何をしてやれるでも無い。

後ろ髪を引かれる思いで統也は踵を返す。


 屋内施設場の出入り口のドアは思った通り開放されているが、案の定か、静まり返っている。

嫌な予感しかしない。

2人は耳を欹て、忍者の様に足音を忍ばせて中の様子を窺うと、受け付け通路の前に倒れた2名の警備員を発見する。出血が無い所を見ると、眠っているのだろう。


「と、統也、どど、ど、どうすんだよっ、ココ、安全なのかっ?」

「外より安全だと思うけど……」


 統也は警備員の腰ベルトに引っかかっている鍵の束を手に入れる。


「ぉ、お前、何やってんだよ!?」

「入り口、開けっ放しにしといたらヤツらが入って来るかも知れない。

 一応、閉めた方が良いって思ったんだけど、やめた方が良いかな?」

「ぁ、あぁ、そっか! お前、頭イイな!」


 【正面】と名札がぶら下がった鍵が出入り口用。

 施錠を完了させ、田島はホッと肩の力を抜くが、統也は落ち着き無く周囲を見回す。


「他に誰かいるかも知れないし、見回っとくべきなのかな?」

「えぇ!?」


 考えてもみればだ、同じ様な発想で ここに逃げ込んだ避難者がいるかも知れない。

それなら協力し合えば良いが、既に死者が潜んでいると言う最悪のケースが無いとも言えない。

そんな恐ろしい想像をサラっと言ってしまう統也に、田島は震え上がって後ずさる。


「ドア開けてくれよ! ここに化けモンがいたらm逃げられなくなるじゃんか!」

「でも、外のが入って来て数増やすよりは良いかって思ったんだけど……」

「お前、冷静すぎんだよ! 怖い事ばっか言うなよ!!」

「ぉ、俺だって怖いよ、バカ!

 でも、田島がそんなんじゃ、俺が冷静でいなきゃ駄目じゃんか!」


 頼り甲斐の無い友人を叱咤しても仕方が無い。


 警備室を兼ねた利用者受け付け窓口の隣には、施設内の地図が表示されている。

それによると、出入り口の真正面にある1階体育館は卓球とバトミントン会場。

2階は障がい者が利用できる無料リハビリセンターとして開放されている様だ。

3階は各種会議室が6室。廊下の左右にあるエレベーターと階段を見やるも ひと気は無い。


(映画とかって、頭の弱い勇者気取りのヤツが驚く程あっさり殺されるんだよな……)


 あくまで勇者気取り。臆病者だからこそ、ここまで逃げられたに過ぎない。

何が起こるか分からないのだから、闇雲に動き回るのは危険だ。

一刻も早く安全を確保する事を優先すべきか知れない。

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