第3話


「田島、ちょっと待て!」


 統也は田島の手を振り解くと、倒れて動かない作業服の男へと駆け寄る。


「統也、何やってんだよ!?」

「用務員サンだっ、今少しだけど今動いたんだよ! ……ホラ、やっぱり生きてる!

 しっかりしてください、用務員サン! 何があったんですか!?」


 手荒に体を揺するが、用務員が反応を返す事は無い。


(夏病か!? 倒れた拍子に頭でも打ったか!?

 でも、呼吸は落ち着いてる、まるで眠ってるみたいだ)


 口元に耳を近づければ、スースーと寝息の様な深い息遣いが聞こえる。

日差しの暑さに汗ばんではいるが、顔色が悪い事も無い。

雖も、こんな所で寝そべり、更にはこの騒ぎの中でも目覚めないのは奇妙だろう。

統也が訝しんで首を傾げていれば、田島はジレンマに地団駄を踏む。


「統也! 今はそんなのに構ってる暇ナイんだって!」

「そんなのって、なに言ってんだよ! 放って置けないだろ!」


 こんな時だからこそ、見過ごす事は出来ない。

統也は携帯電話をポケットから取り出し、119番をコール。

然し、長らくコールするも応答が無い。2度3度かけ直すが同じ事。


(救急車も出ないのか!? こんな事ってあるのか!? いや、でも、)


 疑問に思うも、今の状況を見れば どんな事でも起こり得そうだ。


(死んだ、……らしい堀内は生き返って同級生を殺した……

 校舎の屋上からは、先生まで一緒になって飛び降りた……

 間違いなく有り得ない事が起こってる!)



「きっと、ここだけじゃなく……」



 統也は未だ目覚めない用務員を一瞥。そして、周囲を見回す。



(救急車も、警察にも繋がらない……)



「外は本当に安全なのか?」



 一連の異変は校内だけに起こっている事なのか、家に帰れば家族が無事に迎えてくれるのか、

改まって考えれば、統也の背筋は凍る。



(父サン、母サン!!)



 街でも同じ現象が発生しているなら、両親の安否が気にかかる。

心中『無事でいてくれ!』と唱えながら自宅の番号を鳴らす。


「な、何で出ないんだよッ、」


 回線が混線している訳でも無く、ただ繋がらない。

直ぐにでも家に帰って両親の無事を確認したいが、裏門の混乱が収束する様子は無い。

この場をどう切り抜けるべきか思料するや否や、又も騒ぎが大きくなる。


「うわぁぁ!! 何だッ、何なんだよ、アレはぁ!?」

「ちょ、待……、何で、何でアイツらが!?」

「こっち来るっ、こっち来るよぉ!!」


 脱出待ちの生徒等は校舎に向き直って指をさす。

耳には電話の呼び出し音、目は皆の指差す先を見やり、統也はそのまま腰を抜かす。



「ぅ、嘘……だ、ろ?」



 血だらけの、それも体が異様な角度にヘシ折れた教師や生徒等が裏門に向かって、ゾロゾロと歩いて来る。


(さっき屋上から飛び降りたヤツらじゃないのかっ?

 それが何でっ、死んだ筈じゃ……)


 動いているのだから生きている。

だが、生きていると言うには、姿が破綻しすぎている。


「何でアイツら、生きてんだよ!?」

「ぃ、意外に大した事無かったとか……」

「あんなトコから落ちて無事に済むワケないじゃん! いっぱい血ぃ出てるじゃん!」

「し、死んで生き返ったんだよ!! 見りゃ解かるだろ!!」

「フザケンな!! そんなの、そんなの、ゾンビじゃねぇか!!」

「ゾンビ……ゾンビだ! コイツらゾンビなんだぁ!!」


 常識的に、破れた皮膚から臓器を引き摺って動けるとは思えない。

見た事があるとすれば、ソンビ映画の一幕。

そう結論づけるのが妥当なのかも知れない。


 ならば、彼らは死者。

その目は ぼんやりと宙を漂い、何処を見ているのかも分からないが、

だらしなく開かれた口から漏れる鈍い唸り声に、校門前での惨劇が今一度 繰り返されようとしているのだと予感させる。


「もぅイヤぁ!! 冗談なら好い加減にしてぇ!!」

「どけ! こんなトコでゾンビに食われて堪るか!!」

「このヤロっ、お前こそどけ!!」


 ゾンビは生きた人間を襲って喰らう。それがテッパンの設定。

だとすれば、ゆっくりと距離を縮めて来る死者の群れを前に、お行儀よく順番を待ってはいられない。

裏門に詰まって動けなくなった同級生を力づくで押しのけ、無理矢理突破する者が現れれば、それに倣う様に暴力を振るい合う。

将棋倒しにもなれば それをも踏みつけ、逃げ出す行為を諌める者はいない。

非力な女子生徒等は行き場を失い、足元を惑わせるばかりだ。



「統也、もうダメだ!! オレ達ここで死んじまうんだ!!」



 何が起こっているのか解からない儘に、田島は絶望。

逃げる事も放棄し、頭を抱えて その場に蹲る。

ならば格好の餌食だ。死者達は次第に田島を取り囲む。


「た、田島!!」


 友人が喰い殺される様なぞ見たくない。

統也は立ち上がると闇雲に鞄を振り回し、田島の救出に走る。

この期に及んで『冗談です』と言われても止まれない勢いでもって、鞄で死者達の顔面を振り抜けば、存外あっさり倒れるから光明。


(そうか! ゾンビってからには痛み何てないんだ!

 切り無く立ち上がって来たって、生きてる人間みたいな俊敏さも無い!

 これなら切り抜けられる!!)


「田島、立つんだ!」


 今度は統也が田島の腕を取り、立ち上がらせる。

恐怖に体中の力を失う田島を引き摺る様にして、統也は裏門とは別の方向に走り出す。


「ど、何処 行くんだよ、統也ぁっ、」

「裏門から出たって、大通りに出るまでは砂利道続きで足場が悪いっ、

 あんな大勢で走って逃げるのは難しいだろっ、だったら体育館裏のフェンスよじ登って、

 運動競技場の広い駐車場に出た方が見晴らしも良いし、ひと気が少ない分、安全だ!」


 この高校は様々なスポーツ大会が行われる巨大な運動競技場と隣り合わせに建っている。

平日の今日は殆ど利用客もない事から、人の数も皆無だろう。



「ひ、ひと気が無いトコ、何でわざわざ選ぶんだよぉ!

 大通りの商店街に出て、適当に逃げ込んだ方が絶対イイに決まってるってぇ!」

「今が校内だけの出来事か何て分からないだろ!」

「そ、外にもアイツらみたいなのがいるってのかよ!?」

「分からない……分からないけど、」



(同じ事がここ以外でも起こってるとすれば、繋がらない電話の理由にもなるんだ!)



「一端 身を隠して、落ち着いて考えて……

 それからじゃなきゃ、怖くて街なんか見られないだろ!!」


 今、卒倒せずにいられる事が自分でも不思議でならない。

それ程、統也の頭の中は混乱し、逆に冴え渡っている。

このまま終わる訳にはいかない、その一心だ。

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