第2話


「ほ、堀内の家、死体盗まれたって……け、警察も来て、朝から騒ぎになってるって……

 堀内が学校にいる何てフザケるもんじゃないって、オレ、怒られた……」


 田島は涙ぐんでいる。具合が優れないのも相俟って酷く歪んだ形相。

嘘をついているとは思えない必死さに、統也はゴクリと喉を鳴らす。



(警察? 死体って、堀内のが? 盗まれたって……)



「……まさか、」

「統也、ホントだって……アイツは堀内だけど、堀内じゃナイんだよぉ」

「……、」


 統也は恐る恐る踵を返す。野次馬の背に隠れ、堀内が見えない。



(堀内が死んだって言うのが本当なら……

 遺体は盗まれたんじゃなく、自力で歩いて来たって事になるじゃないか、

 生きて……では無く、死体となった姿で……)


 統也の思考が核心に迫ろうとする中、伏せられていた堀内の瞼は小刻みに痙攣を始める。

そして、カサついた唇が動き出す。


「ア、ァァ、アァァァ、アァ……」

「絵里奈、意識戻った!? 苦しいの!?

 もうちょっと頑張って! 今、保健の先生が来るから!」

「……アァアァ、アァアァアァアアア!!」


 堀内は胴間声を上げ、膝枕にしている女子生徒の太腿にガブリ!! と噛みつく。


「ぎ、ぎゃぁあぁ!!」

「何やってんだよ、堀内! 暑さで頭イカレちまったのか!?」

「痛い!! 痛い!! 絵里奈、やめて!! 誰か、絵里奈を止めてよぉ!!」

「オイ! 早く堀内を引き離せ!」


 男子生徒等が挙って手を伸ばし、堀内の体を引っ張るが、ビクともしない。

それ所か、堀内の歯は女子生徒の太腿に深く食い込み、恐ろしい程の咬歯力で肉を引き千切る。



「ぎッ、やぁあぁあぁあぁ!!」



 悲鳴と共に舞い上がる血飛沫に、一同は成す術も無く後ずさる。


「うわぁあぁあぁ!!」

「先生は!? 先生はまだ来ないの!?」

「保険医呼びに行ったヤツ、遅すぎだろ!!」


 誰もが右往左往と狼狽える中、堀内は身動き出来ず蹲る女子生徒に尚も襲いかかる。


「アァアァアァ……」

「痛いッ痛いッ、絵里奈、やめて、誰か、たす、助け、痛いぃッ、いやぁあぁあぁ!!」


 四方山、獣の如く。頬に食いつけば次には首筋に齧りつく。


「ぎ、ッ、ィ……ひぃぃ……あぁ、ぁ……」


 首からは噴水の様に血が溢れ出し、女子生徒の悲鳴はブクブクと気泡の様な音を立てる。

この惨事に校門前はパニック。

声帯がビリビリと震える程の悲鳴を上げ、多くの生徒が逃げ場に校舎を選び、一目散に駆け出す。


「何よッ、何なのよ、アレぇ!!」

「堀内のヤツ、殺したぞ! アイツ、人殺しだ!!」

「逃げろ!! 皆、逃げろ!!」

「早く警察呼ばなきゃ!」

「こんなトコで電話なんかしてたら、お前も噛みつかれるぞ!!」

「待って皆ぁ! 置いてかないでぇ!」


 夏病で猟奇的になる者もいるとニュースで聞き知っていたが、これ程にも人としての常軌を逸した攻撃性を見せるのは異例では無かろうか、

統也は驚愕を隠せず佇み、逃げ出す生徒達の背を視界の端に見送るばかりだ。


「と、統也、オレ達も逃げよ、……学校に、早く、な!」

「ぁ、あぁ……」


 田島は統也の腕を引き、校舎へ向かう生徒達の流れに雑ざる。

皆が逃げ出した事には気づいていないらしい堀内は、校門の前でペチャペチャと咀嚼音を立て、未だに友人を喰らっている。

統也の足は逃げながらも、その異様な場景を振り返る。


(堀内……)



『嬉しい! 私、今から水原先輩の彼女だぁ! 先輩、宜しくね!』



 誰よりも美しく輝いていた堀内は、今や見る影も無い。

禍々しい獣の様な変貌に、恐怖よりも悲しみが勝る。


 生徒達のけたたましい逃げ足は競走馬の蹄の如く響く中、授業開始の予鈴が鳴る。

今や時間なぞどうでも良いのだが、日々の条件反射に時計塔に目を向けてしまう。

それは統也だけで無く、同じく時計塔を見上げた生徒達は揃って足を止め、屋上を指さすのだ。



「み、見て、アレ!」



 屋上にズラリと並ぶ人影。

制服を着た者もあれば、中にはジャージ姿の教師の姿もある。


「アイツら、何やってんだよ?」

「何か、ヤバくね?」


 誰かがそう危惧するや否や、屋上からバラバラとドミノ倒しの様に人が飛び降りる。



 ドサドサドサドサドサドサ!!



「きゃぁあぁあぁ!!」

「と、飛び降りやがった!!」

「どうなってんだよ!? 何が起こってんだよ!?」

「集団自殺なんて、マジ有り得ねぇ!!」


 足を止めずに校舎へ走った生徒の多くは落下に巻き込まれ、昇降口の前には死体が折り重なる。とても それを跨いで校舎に逃げ込もうとは思えない。

否、この状況を見れば校舎の中すら安全では無いだろう。

背後には獣と化した堀内、眼前には死体の縦列。パニックは高まる。



「統也、統也ぁ、どうしちゃったんだよ、コレぇッ、何が起こってんだよ!?」

「そ、そんなの、俺にだって分からない、、何でこんな事に……」


 この状況を理解する術なぞ持ち得ない。

それよりも、思考回路は必死に現実逃避をしようとしている。


(毎日学校行って、友達と遊んでバイトして……

 今日は昨日と何も変わらない1日で、

 そんな当たり前の日々が続くんじゃなかったのか……?)



「と、に、かく、その、えっと……」



(夢だ!! 現実でこんな事が起こってたまるか!!)



「逃げ、る……?」



 今は考えるよりも、安全を確保すべきで、そう考えるのは皆も同じ。


「警察、警察、……ォ、オイ、何で電話に出ねぇんだよ!」

「そんなワケねぇだろ!」

「ホントだって! 呼び出し音は鳴るけど、何度かけても出ねぇんだよ!」

「も、もしかして他でも同じような事が起きて、お巡りサン、出払ってんじゃないの!?」

「こんな事が そう簡単に起こるわけ無いじゃない!」

「もぉヤダ!! 私 家に帰る!!」

「そうだ! 家に帰ろう!」

「校門はヤバイ! 堀内がいる! 裏門から出ようぜ!」

「裏門だ! 皆、裏門に行こう!」


 一致団結。田島も一同に習って統也の腕をグイグイと引っ張る。


「逃げるんだろ、統也! 皆、裏門から出るって、オレ達も行こう! 家に帰ろう!」

「ぁ、あぁ、」


 校門を振り返れば、食事を終えた堀内は返り血で染まった赤い姿で ゆっくりと校舎の方へと向かって来る。実に無残な姿だ。交際期間は1日ばかりだが遣る瀬無い。

統也は苦衷に表情を曇らせながらも裏門へ向かって走る。


 生徒達が向かった裏門の手前には、作業服を着た男が1人横たわっている。

然し、誰もが それに構う事無く、我こそはと狭い裏門に駆け込み、体を半身にして無理矢理に通り抜ける。

統也と田島が一足遅れて辿り着く頃には、裏門に集中する生徒達が団子の様になって、中々先に進めない揉みくちゃ状態。


「絵里奈に追い着かれちゃうよ!! 早くどいてよ!!」

「痛いなッ、押さないでってば!」

「だったら早く行けよ! 後ろが閊えてんだぞ!!」

「前の方、何やってんだ! モタモタすんじゃねぇよ!」


 誰もが背後を振り返り振り返り、堀内が来ない事を確認。

門によって区切られた学校と言う領域からの脱出を誰もが急いでいる。

外へ出れば元通りの生活に戻れるのだと、ただそれだけの思いだ。

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