第六幕 蒸気公爵の馬車

 飛空浮舟エーラシップで約三時間、ブリタイン半島の中心地にして大陸の最西端の都市ロンデンブルクに到着。

 ここから更に北へは蒸気馬車スチームバスと呼ばれるを使ってダインバーグまで向かうという。

「知ってるかい? 蒸気機関ってのは、このロンデンブルクで生まれたんだぜ」

 石畳の上を歩きながら、ロゼリッタが突然解説を始めた。

「へえ、アマタニアじゃねえんですか」

 流石のウィスターも少女の博識さには感心する。

「そう思うだろ。実は、この話にはちょっとした裏があるんだよ」

「どのようなお話ですか?」と黒髪の少年も興味を示す。

「その前に」と人差し指を立ててから、紅蓮の髪の幼女幹部が上機嫌に語り始めた。

「まず蒸気機関を発明したのはロンデンブルク十公爵の一人、サマライズ公ジェマス・ネオワット――別名『蒸気公』と呼ばれる人物で、彼は十代の頃にアマタニアへ留学していたそうだ。そこで得た知識を基に『気熱動力理論』という熱の飽和縮退を利用して物を動かす仕組みを考案し、財産をぎ込んで蒸気動力炉を開発したんだそうだ。それを自領の乗合馬車に取り付けたのが、世界初の実用化された蒸気自動車スチームモービルと言われる蒸気馬車スチームバスってワケさ」

「じゃあ、これからその蒸気馬車スチームバスに乗るってわけですね」

「便がまだあればな」

「もし無かった場合は?」

「そん時は、普通の馬車か宿泊のどちらかしかないだろう」

「馬車は勘弁して下さい」

 そんなことをしたら、ダインバーグまでにまた半日はかかる。

「ま、あたいもそんな面倒臭い事は勘弁だかんな。それに……」

 ここでロゼリッタは、黒髪少年の方を見る。そして、

「ゼノ君をのに馬車では危険過ぎるからな」

 ニッと笑みを浮かべながら、こう続けた。

「陽も沈み始めて来た事たし、今日の所は大人しく宿でも探すとするか」



 朧気に瞬く月を背に、佇む影は何を思うか。

 まがき血の色をした瞳に狂気を宿し、それは夜天を見上げていた。

 同じ色に輝く暁月ぎょうげつを静かに眺めて。

ついを告げる凶星ネイオスか……ふっ、これは楽しい宵の始まりだな」

 一言つぶやくと、漆黒の闇をまとったそれは小さく笑みを浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る