第五幕 黒髪少年の微笑


 飛空浮舟エーラシップは優雅に雲の上を泳いでいる。

 風波は穏やかで、常に変わることのない晴天の下でゆったりと進んでいた。

「揺れることも無く快適な乗り心地ですね」

「海の上なんか行くよりよっぽど良いだろ?」

「単に海だと船酔いするからでしょうが……」

「なんか言ったかい?」とロゼリッタが半目で睨みつける。

「何でもありません」と睨まれたウィスターが涙目で答える。

 二人の掛け合いを見ながら、窓辺にたたずむ少年が一人微笑む。

「ゼノ君、そろそろ昼飯でも食いに行かないか?」

「そうですね、ちょうどお腹も空いてきました」

「ま、ここで外眺めても景色が変わるワケじゃねえですし」

「じゃあ、決まりだな」

 そう言うと、三人は席を立って機内食堂へと向かった。



「お待たせしました、闇猪肉オークボアのステーキと海王烏賊ネプクラーケンのパスタでございます」

 そう言って女給はロゼリッタの前に分厚い石焼のステーキ肉を、少年の前には墨のかかったパスタ料理をそれぞれ並べた。

 石板の上で滴り躍る肉汁にロゼリッタがツバを呑んだ。

「こりゃまた随分と大きな肉ですね。そんなロリ体型で食べきれるんですか?」

「ロリ言うんじゃないよ、うっさいね。あたいは育ち盛りなんだよ」

 ウィスターの揶揄やゆ鬱陶うっとうしそうに返すロゼリッタ。

 少年は彼女の隣で静かに手を合わせている。

「ゼノ君を見ろ、お前も少しは彼を見習って無駄口を叩かないようにしたらどうだい?」

「へいへい」

「しかしパスタを見てると、前に観た『侵略者ゲッソリーニ』を思い出すな」

「ああ、たしか三百年後の世界で山盛りパスタを巡って大陸戦争が起こるとか言う無茶苦茶な内容の歌劇でしょう。何であんなモンがウケるんですかねえ」

「お前はアレの醍醐味が解らないのかい?」

「醍醐味っていいますと?」

「同盟者のルドルフ・シドラーが第四帝国を称して世界に腸詰め砲をぶっ放したシーンとか感動モンだろうが!」

「その時点で意味不明過ぎるんですが……なんで腸詰めなんですか?」

「解んない奴だな、それがロマン砲って奴だろう」

「いやいや……」と手をパタパタ振るウィスター。

「解んないと言えば、もう一人の同盟者マーロン・ガルドレットが大陸進出に乗り出した時に動かした戦艦カマド。あれ、どうやったら薪くべエンジンなんかで空飛べるんですかね?」

 そんな歌劇の話で盛り上がる二人を余所に、少年は静かにパスタをフォークに絡めている。

 その表情は、どこか哀しげに見えた。

「どうした坊主、美味うまくないのか?」

「いいえ、とても美味しいですよ」

「なら、もっと楽しそうな顔で食えよ。飯が可哀想だろ」

「やはり優しい方ですね、ウィスターさんは」

 そう言って少年は微笑んだ。

「変なヤツだな、お前」

「おいウィスター、ゼノ君に失礼だろ!」

「へいへい」

「すまないな、こいつは口のきき方も頭も悪いから、失言が多いんだ」

「あ、頭は余計でしょう!」

「本当の事だろ? 男のクセに、いちいち細かい事を言ってんじゃないよ」

「悪うございましたね、どうせ細かい男ですよ」

「仲がよろしいんですね」

「「よろしくない!」」

 二人の声が重なる。

 それを見て、少年はくすりと笑った。

「ウィスターさんの言う通り、食事は楽しくないと糧となった命に申し訳ないですね」

「そ、そうだぞ坊主」

「アンタ良い子だねぇ」

 口々に応える二人。そこへ、

「お待たせしました。鶏の香草焼きです」

 女給がウィスターの前に皿を置いた。



「私だ……そうか、予定通りロンデンブルクに向かったか……」

 それだけ言うと、紳士は懐中伝話モバイルトーカーの蓋を閉じる。

 窓辺から雨の降る通りを眺めながら、彼は珈琲コーヒーを一口だけ嗜んでから小さく呟いた。

「さて……救済の始まりとなるか、あるいは終焉の兆しとなるか……」

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