第二幕 七番倉庫の荷物


 プレイハは大陸西方にあって中央にほど近いガレアス地方東部の都市で、モダル川を挟んで西はバーリオン、東はヴィーネという二つの都市へと通じる道があり、別名『河川の都』と呼ばれている。

 ここで少しややっこしい話をするが、ヴィーネは西方でも海に面した「西の商都」でバーリオンはその東の内陸部に位置する薬学と手工業が盛んな都市だ。

 つまりは西側が東の都市に、東側が西の都市にそれぞれ繋がっているという事になる。なぜ、このようなややっこしい現象が起きているのかと言えば、それはプレイハを東西で割っているモダル川の地形のためだ。

 モダル川は下流に行くとダヌビス川というガレアス中部からヴィーネに向かって流れる大河と合流する。バーリオンは、この大河とモダルの中州に位置するというワケだ。

「例の荷物ブツはどこなんです?」

「こっちだ」と右手の親指で合図しながら、幼い少女が先導する。

「あたいの記憶通りなら、この先はスラムになっているハズだ」

 対岸を逸れると、いくつもの古塔と石塀が並ぶ旧街道が伸びていた。そこから路地裏に入ってしばらく歩くと、通りには座り込んだ物乞いらしき男やボロをまとった子供がじっとこちらを見つめていた。進むごとに、その数はだんだんと増えていく。

「なんかさっきから嫌な視線を感じるんですが……」

「お前のその蝶ネクタイが目立つんじゃないのかい?」

「勘弁して下さい。こいつは俺の流儀なんですから」

「はいはい」と呆れたように返すロゼリッタ。

 狭い路地裏を突き進んでいくと、前方にすすけた煉瓦の壁が見えてきた。

「見たまえよウィスター君、恐らく例の倉庫街だぜ?」

「なら、とっとと行きやしょうロゼリッタ様」

「わかってるよ、うっさいねぇ」

 部下の小言を煩わしく思いながらも、少し急ぎ足になる彼女。

 そこへ――招かざる客が舞い込んできた。

「そこの兄さん、ちょいと付き合ってくれませんかねえ?」

「あん? なんだいお前ら……」

 少しイラつきながらロゼリッタが訊ねた。

 目の前に立ち塞がった男達は周りの見物人たちと同じようにボロをまとっていたが、顔や二の腕などに蛇を象った刺青をしており、腰には剣や短刀を二、三本差していた。中にはどこで拾ったのか、片手猟銃プリムケットを下げている者までいた。

「威勢が良いね、お嬢ちゃん。けどなあ、お兄さん達はおママゴトに付き合うほど暇でもないんだよねえ」

「あ? 消し炭になりたいのかい?」

「まあまあ、ここは俺が」

 いきり立つロゼリッタをなだめながら、一際目立つ蝶ネクタイ野郎が前に出る。

「おいガキども、俺達は急いでんだ。そこをどけ、さもないと……」

「はっ……さもないと、なんだって?」

 そう言ってヘラヘラと笑いながら不用意に近づく若者。不意に、

 ウィスターは彼の後頭部を掴むと、いきなり鼻っ柱に向けて膝を喰らわせ、

「蹴っ飛ばすぞ!」と一括する。

「もう蹴っ飛ばしてんじゃねーか! てめー!!」

「やっちまえ!」

 号令一下、男達が一斉に得物を抜いた。

「ガキが、粋がってんじゃねーよ」

 余裕の笑みを浮かべ、くいくいと人差し指を自分に向けて曲げながらウィスターが挑発する。

 視線と視線がぶつかり合い、どこからか

「ぶっ殺す!」と叫んで得物を振り上げる若者達。だが、次の瞬間――

「じゃっかあしいわ!」という幼女の声と共に空気がぜた。

 突然の爆発に巻き込まれ、一斉に吹き飛ばされる。

「無駄な時間取らせんじゃないよっ! とっとと行くぞウィスターっ!」

 しかし、その声に答える相手はいなかった。

「あ?」と眉を吊り上げるロゼリッタ。だが、見渡せど肝心の部下の姿が見当たらない。あるのは、先に吹き飛ばしたボロ屋の瓦礫とススだらけになっている男達の山。と、その中によく見ると見慣れたニームのジャケット姿があった。

「やっべ、つい面倒だからまとめてやっちまってた……」

 紅蓮の髪を掻きながら乾いた笑みを浮かべるロゼリッタの頬を一筋の汗が流れ落ちた。




 倉庫街までいくと、これまでと打って変わって人気がまるでなかった。

 ロゼリッタとウィスターは左右を警戒しつつも目的の倉庫へと急ぐ。

「何番って言ってましたっけ?」

「七番倉庫だ」

「そいつは良い。いかにも女神ラックが微笑みそうな番号じゃねえですか」

「だと良いけどな……」と彼女は少し浮かない顔で返す。それから、こう呟いた。

「どうもキナ臭いんだよねぇ」

「そういえば、例の『荷物ブツ』ってのはどんなモンなんですか?」

「そいつがな、あたいも知らねんだよ……あのジジイ、肝心な情報は教えてくんなかったモンだからね」

「そいつは困ったもんですわ……って、アレじゃないですか?」

 そうウィスターが指さす方向には、入り口の上の方に七の数字が書かれた赤煉瓦の倉庫が建っていた。

「ああ、あれだ……さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「言う割には随分楽しそうな顔ですね」

 呆れるように呟くウィスター。

 少女がその能力を存分に発揮できる機会が中々無いため、こういう時程嬉しそうに笑う事を彼は良く知っている。だからこそ、彼は溜息を吐いた。

 入り口まで来ると、彼はおもむろにドアノブを捻る。ドアの鍵は掛かっていなかった。

 ギィィィィィと錆びたような音と共に硬い鉄扉がゆっくり開く。

「ひゃっ!」と突然、可愛い声で飛び跳ねるロゼリッタ。

 不意に中から冷たい空気が流れ込んだからだ。

「おや、ロゼリッタ様もそんな声出すんですね」

「焼き殺すぞ?」

「おー怖い怖い」とからかうように聞き流すウィスター。

 一歩、ロゼリッタが踏み入れた刹那、周りを取り巻いていた冷気が暖気に変わる。全身から熱気を噴き出し、幼女幹部が暗い廃屋に歩を進める。

蛍火ムスペラ」と一言発すると、手のひらに小さな光の玉が生まれた。

 光は徐々に闇に広がっていく。

 ふと前を見ると、いつの間にかそこに誰かが立っていた。

「なんだい、アンタは?」というロゼリッタの問いに、その小さな黒ずくめの影が答えた。

「初めまして、貴方が運び屋さんですか?」

「フン、顔を見せないような奴に素性を明かすとでも思ってんのかい?」

「それは失礼しました」と答えると、彼はその目深に被ったフードを取った。

 その下に現れたのは、短い黒髪とどこか寂し気な笑顔を浮かべる美少年だった。

 血のように紅い瞳が印象的だ。

「これでよろしいですか?」

「ま、良いだろう。で、例の『積み荷』とやらはどこにあるんだい?」

 ロゼリッタの問いかけに、しかし少年は微笑みながらこう返した。

その『積み荷』ですよ。道中、よろしくお願いしますね。可憐な運び屋のお姉さん」

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