『何度も立ち上がるのだ。 だからこそ愛す意義があるのだ』
だが、彼女は常に殺戮のヒエラルキーの上位に居座り続ける。
一刀の元に斬り捨て、それでも食らい付く者には褒美として、ようやく神秘の力で捩じ伏せるのだ。
身体を切断するだけでは機械仕掛けの兵は死なないーー故に『八つ裂き』。
自分の得物を真似た機械兵が刀身を振り上げ迫るとも、確かなる地力を元にした奢りは揺るがず。
「怖い顔してる」
そう呟いた時には、奏愛の脳天に刃が触れていた。
レオンの精製した刀が彼女の額にくい込んだ時にようやく柄に力を込め、皮膚を裂いた時に腰をほんの少しだけ落とし、『技術』を用いる。
だが特別に相手を嘗めたのではない。 現に彼女は渾身であった。
華奢な手には男性の様に稲妻じみた青筋が走り、先に鉄の仕込んである靴底がぐにゃりと曲がり地を掴む。
地上最強最速の居合切り。 銃弾よりも圧倒的に速く敵を斬り殺す存在が、ただ対象一体の為だけに本気の斬撃を見舞う。
ようやく痛みが多少なりとも訪れた時に、レオンの背部から大量の鎖が展開したのを彼女は見た。
だが虚を突くなど、害虫の様に反射で攻撃する者には理解されず、そして通用などしない。
大量の鎖。 大挙として、『宇宙ナメクジ』を絡め取るべく迸る。
しかし、捕らえてどうする。 絡め取りどうする。 檻の中で暴れ狂う狂獣や、ガラスの中の害虫という喩えではとてもとても不足なのだ。
「飽きた」
ーー雲林奏愛の記憶の中にて、時たま、命を奪わずに泳がせた雑兵が獅子に化ける事がある。
例えば、分子レベルで対象の細胞を壊死させる奇怪な武装を使った第三機械兵団員『蟲喰いハロルド』。
例えば、断罪と称して一夜で帝国兵500人、その全ての首を跳ね殺した前第四機械兵団隊長『虐殺修道女オレヴィアンヌ』。
例えば、たった一人で特殊な弾丸と環境利用を駆使し、奏愛自身を死と絶望の淵へ追いやった国軍の一兵卒『六月七日の生き残り』。
戦闘機を超える戦術兵器の試作機『アルファ』。その搭乗者『ガリア・オルファン』と開発技術者達である『鼻つまみ者』。
ーー嗚呼。 皆が皆、忘れる事が出来るはずもない凶悪で狂暴な強者達であった。
彼等が向けたのは圧倒的な殺意。 そして己だけ何をしても何があっても生き残るという、恥を捨てた鋼鉄の意志。
だから、ダメなのだ。 雲林奏愛の愛すべき敵として眼鏡にはかなわない。
三流も三流。 己の命を賭けて、己の命だけで様々な枠を外れた怪物を倒すなど……とんでもなく甘えた犠牲者だ。
だからーー。
「もう、いいよ」
雲林奏愛は剣術を知らない。 いつの間にか、成長する上で握っていた刀の扱い方は、子供が枝で斬り合いの真似事をするかの様である。
故に一刀両断。 人ならざる怪物は、人に在らぬ機械人形を斬り捨てた。
まるで雷で割られた朽木の様に。
「貴方は最後まで怖くはなかった」
コマ送りに見える程の斬撃を見舞った彼女は、伏した自らの上体をゆっくりと持ち上げて、縦に割ったレオン・グリードに言うのだ。
その斬り捨てられた身体は、血も油の様な何かに成り。 肉も鋼の様な何かに成り。 しかし僅かな骨肉が電撃によって焦げている。
もはや生きてはいない。 稼働する事は叶わない。 そこまでの強さや執念は無いのだろう。 『底』だ。
「自分が命を投げれば私を倒せると思ってる人に、私は負けてはあげない……」
所詮、今の時代にて語られる強者相手には単なる雑兵だろうがーー無常とはきっとこの様な刹那なのだろう。
そして彼の復讐劇は幕を下ろした。
(そうか、俺は殺されたんだな)
だが来ない。 それは安い感動劇で何度か見て、何度も安い感涙を与えてくれたアレだ。
(恋人も居たんだが、あの子は走馬灯に写りもしないのか)
砕けた鎖の輪が死に際数秒前のレオン瞳に映り、まず先に彼の右半身は崩れ落ちた。
有象無象の機械兵は日常の通りに死に、そして奏愛は踵を返す。
また何人もこの戦いで死んでしまったのだ。 敵兵への礼節などよりも同胞への弔いの方が遥かに重要である。
(存分に俺は戦った。 だから、後は好きにしろ……まだ『核』は死んでないんだ)
「ーーー。 ー。 ー。 ーーーーー」
「……? 何を言っ」
ーーしかし、弔いや復讐劇ばかりが戦争の醍醐味ではないのだ。
この時代には何人も何十人も、途方も無い数がいる “死ぬ為に闘う者達” は、彼女へのアプローチを何度もしてしまう。
理由はただ強いからだ。 だから、それしか生きる術を知らない者達はその強さに惚れてしまうのだろう。
奏愛は背後からの強烈な、並の女子供を即死させる程の威力の鎖をしならせての衝撃を受けた。
だが迎撃は完了し、振るった機械兵が瓦礫の中から現れた時には、重厚な鎖の鞭はリーチが半分にまで切り落とされていた。
レオンの残した鎖の欠片を一瞬で空中にある間に繋ぎ合わせ、彼は武器としたのだ。
(くれてやるよ……お前も、好きに、しろ)
ーー走馬灯など走るはずも無い。
『機械兵』は死なず。 破壊されて尚、生命を絶たれて尚、彼らは死なない。 死ねないのだ。 まだレオンも、そして後から予定通りに現れた彼も、所詮は機械仕掛けの輪廻の中でのたうち回る他に無い。
(ーー俺はもう、好きに、した)
最愛の人を想いだし、少しばかり甘い記憶の中で死ねるなどと、そんな都合の良いピリオドは人殺しには絶対に訪れないだろう。
だからレオン・グリードは容易く明け渡すのだ。
引き抜かれた『核』は現れた機械兵の腕に食込み、瞬く間に皮膚の下で鋼鉄の触手を伸ばし、そして宿主を蝕み寄生する。
あぁ、継ぐ者よ。 底知れぬ業突く張り君は、どうしてこうも生命を
「ーー久しぶり。 少しは、強くなったのかな?」
ーー必然の蛮行。 当然の強行。 死地にて育った悪鬼は、死地が死地であると知らずに育ち、故に悔恨の感情を覚えずに、また門を潜るのだろう。
人外の怪物を倒すには、自らが深淵に堕ちる事が絶対的条件であるのだから……だったら彼は堕ちる、どこまででも落ちぶれる。
そして雲林奏愛はこの男をどうしても忘れる事が出来ないのだ。
敵である『機械兵』を、時には同胞であった『異能力者』を、有象無象の歩兵達を彼女は蹂躙し続けて、今も蹂躙している。
異才を感じ、異彩を観る。 鬼才と断じ、奇才と信じる。
「帰ろう。 セレナも心配してる」
レオン・グリードと共闘すれば、もしや彼女に大きな負傷を与えられたのかもしれない。
そうでなくとも、もっともっと好機を伺えば打ち取れる機会も訪れるかもしれない。
だが机上の空論。 例えばとそうであったならというIFを理解する知能を彼は持っていなかっただけだ。
「あの子が可哀想」
そう……運命にIFなど存在しない。
賢い者達は何時でも何時の時代も仮の話を恥も外聞も無く、何枚あるのか分からない舌でほざく。
闘うしかない事実ーーそうでなくては、こうではなくては。
まるで手品師の様な彼の拳銃の扱いは、機関銃でもないのに右の銃口から一瞬で三発全弾、装甲車をブチ抜く凶悪な弾丸を吐き出す。
血溜まりに浸かり、まだ足りぬと底から上がらずにーーあぁ、こうでなくては。
そして奏愛はその弾丸を刀の峰に生えた鋸の刃で削り斬るーーやはり、そうではなくては。
「神奈斗。 おかえり」
金属製の異形の左腕は複雑に防御プレートが折り重なって、彼女の不可視の斬撃を食い止めた。
約半分まで斬り込んだ一刀だが、神奈斗は見切って完全に文句の付けようもなく、受けて止めてみせる。
それだけで、その瞬間に奏愛は紛れも無い母性にも似た感情が溢れたのだ。
レオンの『核』を受け継ぎ立ち塞がり、信頼のおける自らの拳銃を使い、防御の態勢へと舵を切ったーー。
止められないだろう……害虫が毒虫へと化ける瞬間こそ、雲林奏愛の本性は包み隠さず悦ぶ。
「言葉と太刀筋が合ってないぜ」
そして、神成神奈斗の対異能力者の想定はよりにもよってこの女だった。
素直な反応をする同い歳であり、よろしくない沢山の技術を神奈斗は奏愛に教えられた。
実践しよう……先ずは初歩。 機械化した腕の中から現れた生身の太い神奈斗の腕が、奏愛の片腕に絡み付く。
片腕で長刀を振るう彼女の細い右腕へと、一瞬僅かに全身の機構から炎を吹かし、完全にその時だけは奏愛の腕が極まる。
「ーーッ」
不意に触れた彼の命と血の肉の熱に反射的に奏愛は退いた。
しかしーーその瞬間だけで構わない。 現実問題、過去に奏愛はその刹那的瞬間に神奈斗の片腕を、彼に教え込ませる実践として、見事へし折ったのだ。
これこそ『宇宙ナメクジ』に突ける事が可能な常識。
乾いた子気味の良い音こそ、ある意味で彼等彼女等がまだ辛うじて『人体』の枠の存在である事の証明でもある。
その証明。 寧ろ更に冷徹な奏愛を熱くさせる。
搭載するフレーム……要するに異能力者の骨肉と血液は得体の知れない神秘だが、骨格はまだ『人間』であるのだ。
それでこそ、神成神奈斗。 その眼を信じた自分は眼は、間違いなく節穴ではなかったのだとーー。
殺戮兵器と化したレオンではなく簡易的な変態のみで、小手先の技で奏愛の利き腕を折る地力、そして本気を出した彼女には瞬殺されるとしても実行する度量、如何に神成神奈斗という人物が闘争に酔っているのかよく分かる。
「ーー私が仕込んだだけはある」
神奈斗の余裕を持っていた表情に汗が流れる。
歪な角度になった上腕を奏愛は握り、骨と骨が軋む音を響かせる。
そして破壊されたはずの肘を無理に伸ばし、左手で肩へ向け押し込んだ。
多少の活動が鈍さをもってしても、関係など無い。
疾風迅雷の電光石火は、神奈斗の5つあるうちの二つ目の銃の弾道を見切らずして躱してみせた。
だが定石なのだ。 素人が見せるような逃げるだけの、後ろへと退いて体制を整える戦術は。
速いから、速すぎるから単に斜めに銃弾の軌道を切るバックステップが、彼女が行うと神速の見切りに見えてしまうのだ。
(ーー来い)
とうの昔に彼女の手の内など知り尽くしている。
敵よりも沢山、嫌という程に彼は見てきた。
だから、だからこそーー。
機械仕掛けの機械人形に成った今だからこそーー見切って、更に反撃が出来るのだ。
(来るか、来るか……!)
不可視。 電光を眼で追っていては余りにも遅すぎる。
しかし幸いにも、彼女の頭はあまりよろしくはない。
あまりにも容易に想定出来た一手。 考え無しの、本能が目先しか見えないのは、慢心に他ならない。
剣戟に在らず、故に剣術に在らず。 雲林奏愛は精々、両手で握った一刀両断は片手で握るよりも幾分か強い程度の知識しか、勝つ上で知ることは無かったのだ。
けれども彼女はまだ遊ぶ。 子供が、知らぬ子供を試す様に、甚振るのは世の摂理。
神奈斗には見えない。 感じる事も出来ない。
姿も見えず、形跡を追えぬ程の神速ならば、きっと巨大なライフルを構えて照準を付けても、何かが分からぬだろう。
ーーそれは『雷』だ。
自らの得物である長刀を逆手に握り、化物である奏愛が渾身の力で投擲する攻撃には、瞬間的に発電し放電した電流が纒わり付く。
彼女は試しているのだ。 その都度、その度、確かに強くなってゆく神奈斗を昔から知っているからこそ、何度も試す。
叩き、殴り、斬り、傷付ける。 まるで歪んだ母性。
訓練と称した闘争を、神成神奈斗は過去の帝国軍在籍時ですら行ってきた。
(躱しても良い、受け止めても良いーー)
『雷槍ライトニング・ゲイボルグ』
投擲する得物は、何でも構わない。
どうせ電流の熱と大気の摩擦で、対象に届く頃には鋒は尖りに尖る。
ましてや雲林奏愛の持つ長刀は特別製である。
人骨と人肉を斬り捨て、機械兵の外殻を刻み、装甲車を両断しても尚ーーその刃は欠けず、そして錆び付いてはいない。
刀鍛治が命を削って打った名刀や業物でもコレには及ばぬと信じ込める、最高級で最上級の肉切り包丁。
その銘は『八ツ裂キ』。
(ーーどうする? 銃弾よりも、私の槍投げは速いッ!)
ーーそんな事など、彼はとっくに知っている。
何処に居ても、何をしても、寝ても醒めても闘いから心が完全に離れぬ彼の仮想する敵は何時でも彼女だ。
最愛の恋人が出来たとしても、想った密度は敵わない。 募る想いはキリがない。
誰よりも雲林奏愛を倒す為に思う。 なぜなら神奈斗の知る中で、彼女こそが最強の『宇宙ナメクジ』であるからだ。
『死神ヴァルキュリア』や『金切り声のルクレツィア』、『闘神イクサ』に『十字架背負いの姫神』などの名だたる異能力者よりも、後世まで語られる強者よりも奏愛は『狂者』であると彼は信じ、確信し続けている。
だから前へ。 だから畏れるな。
好機も好機。 僥倖も僥倖。 げにも恐ろしい獣と相対すれば、逃げるなど死に直結する愚策。
幸運にも神奈斗はそれを知っている。 だが、彼は何時でもそうだ。
何の為に、何をする為に、誰を守る為に、何を成す為にーーあぁ、大義と正義を知らぬ知らぬと生き延びてきた唯の兵士は、生き恥から逃れる為に生きるのだ。
雲林奏愛の対処を間違えば即死級の一投は無論、見えずーー聞こえずーー感じずーー。
ーーけれども。
(驕らせてくれ)
けれどもーー。
(誇らせてくれ)
けれどもーー。
(理解などされなくとも構わない)
けれども……神成神奈斗はずっと地獄から這い上がらなかったのだ。
血溜まりに浸かり続けた。 鉄風雷火の空を仰ぎ続けた。
阿鼻叫喚の中で、優しさも何もかもを知った。
だから奏愛に、純粋無垢で強過ぎる者に彼は惹かれ、異性であり面識を持ちながらもその感情は要らないのだ。
『抱いてくれるな我が女神。 拭ってくれるな我が涙を。
愛情と慈悲など、私を腐らせる猛毒にしかならないのだからーー』
神奈斗の腕は強力な電圧により灼け爛れ、しかししかしと食い下がる。
掴んだ奏愛の得物、『八ツ裂キ』の柄は彼が握り、その長刀を彼女へと振り下ろす。
彼は投擲など読んではいなかった。 見切っていなかったが、この戦いで、また強くなるつもりなのだから、予知してみせた。
故に奏愛には彼の中に未知の強さを見、故に彼は既知の強さを彼女に魅せた。
投げ付けたはずの得物を、投げた当人のすぐ横で奪取し振り落とすのだから、この瞬間この刹那、完全に値踏み無しで言うなれば瞬間的に神奈斗は格上の裏をかいた。
『けれども認めて欲しいんだ。 俺はずっと『此処』に居続けたッ!!』
「ーー認める」
一瞬。 僅か一瞬の高濃度の推進力を乗せた斬撃をかました事が、奏愛のリミッターを少しばかり解除する要因となった。
頬に自らの得物の刃が喰い込んだ瞬間に、峰側から掴み機械兵特有のジェット推進を要いた斬撃を力のみで制止させる。
「怪物……ッ!!」
「嬉しいよ。 私の知る貴方はこうでなくちゃ……ね」
裏をかいたら不意打ち。 恐れを忘れた強襲。 殺意の宿った剣裁き。
あぁ、どれもこれも優秀な人殺しの業達。 奏愛が彼に仕込んだ業達。
あの時震えていた少年に、少女であった自分に縋ったあの薄汚い少年に、今にこうして血を流させられるとはーーやはり、それは褒め称えるべきであり、その感情に心中の声は喉を伝って口から出る。
「おめでとう」
その声が神奈斗の耳に入った時には、『八ツ裂キ』の刀身に彼女の明るく鼓動を打つかの様な血液だけが残る。
そして電撃を、先程よりもずっとずっと、暗がりを照らす明る過ぎる電撃を纏っている。
「けども、まだ、貴方は、戦える」
固定概念の『こうあるべき』。 強迫概念の『そうあるべき』。
千差万別は平等の概念とは遠く。 しかし、機械兵も異能力者も、神成神奈斗も雲林奏愛も言論で統率をとる世界では生きてはいない。
生き残りには強者にならなくてはならない。
存在の意義を証明するには闘うしかない。
マトモでいる事の……なんと狂気的な事だろうかーー。
「だって貴方は、もっともっと、もっとーー」
ーーこれ以上喋らせない。
神奈斗の創り出した、装甲車の添乗員も外側から殺す威力の杭打ち
半身を抉り取るつもりで腹部へ放った。 削り切るつもりで彼の最大の出力で点火した。
だから彼は、たった人一人分の距離で踏みとどまった奏愛へ伝える想いは、いつでも一方通行。
親愛で敬愛なる『宇宙ナメクジ』。
例えば、人間に角が生えたならばそれは『悪魔』だ。
例えば、人間に翼が生えたならばそれは『天使』だ。
普通の人間は血がギラギラと煌めかないのだが、彼等は違うのだ。
人間が神秘を得たのではない。 神秘が人の皮を被っただけなのであれば、言わずもがな、『宇宙ナメクジ』共がどの様な存在か分かるであろう?
「ーーいいね。 けれど、貴方に惚れたらセレナは怒る」
ドッ。 ドッドッ。 ドッドッドッ。 震わす様に聞こえてくるのは彼女の心臓の音だ。
脈動している。 何時でもどんな異能力者もそうだ。
彼等の異質の根幹は『血』。 過去、幾多の研究者がソレを欲しがり、数多の兵達がソレを潰そうと躍起になった。
『血』を生み出す『心臓』こそ、やはり『宇宙ナメクジ』の恐ろしい力の核と呼べるのだろう。
「ーー出したかよ」
まるで重厚な精密なエンジンの様な一定のリズムを刻む心臓音と、そして彼女の背中を突き破った多量の血液。
その血が瞬く間に、色を変え、質を変え、けたたましい轟音と共に『雷の翼』へと豹変するのだ。
過剰な地力は顕現し、神奈斗へと向けるのは殺意ではなく、それはあいも変わらない昔からのーー。
「それで、俺をどうしてくれるんだ? ーー奏愛」
「決まってる。 愛してあげるんだよ」
『
多数の異名を二十歳にも満たない彼女が持つのは、それだけ闘いの中でその様な事ばかりを繰り返してきたからである。
そして、その雷翼を顕現させた時は、電光石火の軌跡を紫電が付いてまわる。
加えて翼に手を入れれば無尽蔵に引き抜かれる『雷の刃』は、機械兵の武装も機構も溶断せしめる。
あぁ、これは少し羽目を外した時の姿だ。
神奈斗は自らの右側に銃弾を放ち、そこに現れた奏愛がその銃弾を翼を変形させて受け止める。
予知した場に現れそして尚、予測射撃すら受け止める反応速度は正しく『弾丸』。
『銃弾よりも速く人を殺す
それは雲林奏愛が四歳の時の、初めて他人に呼ばれた異名であった。
ーーー。
あぁ、奏愛はあの翼を出した、随分と久しぶりに。
絵空事の様な、幻想的なあの姿を見れた男は、装甲車の中でモニター越しにその様子を笑いながら見ている。
助手としての添乗員達は、笑いのツボに入った第一機械兵団の副長に冷ややかな眼を向けるのではなく、乗り込んできた敵勢力の女性に怯えていた。
「はははははっ! 出したぞ、久々に出したなお嬢ちゃん! 相も変わらない眩し過ぎる翼は、やはり遠くから見るに限る」
第一機械兵団は、言わば元研究者達集いだ。
服装の規律を逸脱した黒人であるアデヴ・イフス隊長に次ぐ……いや、彼に継がせた屈強な体躯の初老の男こそ元部隊長である。
第一機械兵団には部隊長が二人いる。
丸と四角が合わさった階級を示すレリーフは、虫眼鏡をモチーフにしており、イフスと同じ物が黒革のコートに付けられている。
そして使い古された大きめの白いカップの中のコーヒーを彼は飲みながら、夢中で映像に釘付けになっていた。
並の異能力者ならば捕らえて研究材料にする事は造作無いのだが、老いた身ではあまりにも雲林奏愛は強過ぎるのだ。
だから傍観者に落ちぶれる。
「知っているかね? 諸君らは幸運にも機械兵となっても、学とやらのおかげであの様な未知の化け物と闘わなくとも良いがーー。
知っているかね? 空を飛ぶ『F-25ホーク』を撃墜する怪物なのだよ、彼女は。
あの翼はプラスとマイナスの性質を自在に変貌させーーまぁ、早い話が屁理屈で音速で飛翔しーー。
ーーおお! 見たまえ! 帝国の裏切り者を、自らのスパークで追尾しているだろう?! もはやあの周囲は『八つ裂き雲林』の手中だ。
弾けて行き場を無くした電撃すらも、彼女に掛かれば対象を追尾する鏃となる!」
異能力者の部隊『アザー』の深い紺色の軍服に身を包んだ、桜色の髪の彼女は徐ろに近付き、カップを奪って中身を飲み干した。
交戦の意思は無い。 あればとっくに添乗員二人はこの車内で血のシミと化している。
「どうしたのかな、麗しき
「どうせ野次馬をするならば寒空の下で、火の粉のかかる距離でせずとも良いだろう。
ーーなに、私も興味があるのだよ。 第一機械兵団副隊長、『ベルギット・ホーク』」
ヴァルキュリアの持つカップへとベルギットはコーヒーを注ぎ直し、自らと同様に車内のモニターに釘付けになる彼女へと問うのだ。
悪魔も泣き出す電撃少女は、敵もに味方にもその素性が知れ渡っており、特に奏愛が鼻たれの時代から面倒を見てきたヴァルキュリアは当然、離反者へと目を向ける。
同じくベルギットも、新たな同胞へと、故も知れぬその青年へと興味を持って眼差しを向けていた。
「聞かせておくれヴァルキュリア。
彼の特異は一体、あの君達と同じ血の本質はなんだ?」
今や神成神奈斗は『異能力者』と『機械兵』の
後天的に得た『血液』によって虚弱となり、その虚弱は自己修復を本懐とする『機械仕掛けの核』の効力を、これまでの者達よりも比類無き速度で引き出している。
まるで死に向かうかの様に。 死の門を叩くかの様に。
であれば元より研究職であり、特に学者の中では強く、部隊長にまで上り詰めたベルギットは、人外専門学の観点から正体を突こうとするのだ。
神成神奈斗がどの様にその血を得たのか、そして死に至らずに瀉血を完了したのかーー寧ろソレこそどうでも良く、凡そその想像はベルギットの想定した通りであろう。
故が分からぬのは今、彼の身に流れる血がどの様な異能を孕むのかである。
「ーーずっと使っているさ。 微かに、誰も気付かない程に微かに。
あまりにも僅かであるから、きっと神成も確証が持てぬだろうがな」
だからこそ、利用しただけなのだろう。
身に余る神秘の力が己を滅ぼすと本能が知っていたからこそ、自壊ではない力を選択する事が叶う、古人の叡智を選んだだけの話だ。
そしてヴァルキュリアは続ける。 とうの昔に暴かれた秘匿は御伽噺の一節に今は成り果てて、何十年も姿見の変わらぬヴァルキュリアよりも、もっと前から変わらぬ姿の『生命体』は何時でもこう呼ばれた。
『星の落し子』と。
しかしヴァルキュリアも、何故にその血を分け与えたのかは理解に及ばない。
知っている。 知ってはいる既知だ。
けれども、それはきっと、酷く単純でか弱い意志なのだ。
啓蒙は誰にも理解されなくとも良い。 だから当事者は、夜空を見上げた落し子は、施したつもりはなくーー。
見つめ合い、触れ合い、愛し合い、溶け合いたかっただけなのだろう。
『私は貴方の『好き』を知りたい。 星から落ちてきた女の子は手を伸ばして、その手を握る人を待っている。
その子は知りたがっている。 ひどく臆病だから闇を覗く。 ひどく寂しいから光を願う。
啜り泣く声の代わりに心を痛め、咽び泣く代わりに心を閉ざし、泣き叫ぶ代わりに人を愛したがった。
私は貴方と仲良くなりたい。 夜空に何かを探す少女は誰かを信じて、自分を信じてくれる人を待っている。
その子は知りたがっている。 自分を慰める為に誰かを知りたがっている。
その女の子は寂しがり屋だ。 目を閉じて聞き耳を立ててるけども、耳を塞いで目を見開いているーー』
『
必要性や関連性がこの場には無いと思われるかもしれないーー現にベルギットはただヴァルキュリアの口元を横目で流し見ている。
しかし、モニター越しに映る神奈斗はまだ戦う事が出来ていた。
直接的な事は、ヴァルキュリアは確かに何も言ってはいないが、確かに神奈斗が強敵が放つ高圧の破断させる電撃を対処仕切る事態ーーベルギットは早合点し、その僅かな可能性すらも信じる。
トライ&エラー。 まこと、失敗は成功の母であり、不正解など書面でしか存在などしない。
「私は、何も知らん」
「ーー知らぬなら、知らぬで構わんよ、ヴァルキュリア」
「故にーー貴様に、貴様達の様な糞の様な研究者共に聞かねばならん。
答えろ。 答えねば、此処の場が連合国軍人の屠殺場と成り果てるぞ。
私が知りたいのは無論、神成神奈斗の事だ。 連合国軍の軍門に下った事など、私はどうでも良い。
敵になったのだ。 倒すべき、殺すべき敵にーー。
だが、私も何百何千の機械兵を見、そして屠ってきた」
徐々にヴァルキュリアの口振りが強く言葉を放つ。
苛立っているのではない。 特にもはや神成神奈斗は立派な正規機械兵に成り下がっている。
第三機械兵団の列に連なる一人の機械仕掛けの兵。
負傷兵であり、その叡智により生命を拾った復讐鬼達の部隊に彼は席を置く。
裏切り行為だが、真に末端の戦闘員であったからこそ、機密の漏洩などの可能性なども皆無だ。
「神成のザマはなんだ? よりにもよって雲林相手にああまで食い下がる、人間を止めただけではないあのザマはなんだ?
奴は一匹の機械人形ではない。 もはや貴様達の様な上位者と同様の怪物を超えた怪物になっている。
進化と退化を繰り返し、今、私達が覗く今でさえ、『異能力』と『機械信号』の両立を可能としているのだ。
奴は一体何者だ? 奴に一体何をした?」
まだ足りない。 ヴァルキュリアの投げ掛けるつもりであった問答は、まだまだ足りないのだが、ベルギットの高笑いが彼女の口を閉じさせる。
「……ふふ、ふはははははははッ!! 分からぬか!? 分からぬかよ!? まるで生娘の様に、男の感情を知らぬのだな、我が愛らしい『
私が? 私達が? 彼に? 彼を? こうも他者の、そうまで弱者の、どうしても敗者の心中や執念を! アレだけ殺して、死体に立つ君が分からないのか!?
骸の上に立つのが君の宿命であろうというのに……君の轍であろうというのに!!」
掴むベルギットの白いマグカップの取っ手を彼女は握り砕く。
彼女は神奈斗の上官であった。 異能力を持たぬ異能力者部隊お抱えの三等兵を、その時の最高位に立っていたヴァルキュリアが知らぬ訳など無い、知らぬ筈も無い。
だが心中。 歪んだ信念と血生臭い執念など知る由もない。
けれども、けれども、一人の優しい少女が望んだのだ。
だから彼女は知らない。 心優しい、愛くるしい、自身に近しい場所にずっとずっと居続けた少女が恋した相手が、唯の我が強いだけの男で済まなかったなどとーー。
「君達と同じ穴に居ては狂うだろう! 分かりきった常人の末路だッ!!
君達の様な異能力者、『人間』ですらない気色の悪い『宇宙ナメクジ』の巣窟で狂人であると自覚しないのは、同じ血で繋がったものだけだ」
「脱兎兵に力を与えて飼い慣らし、闘わせ使い潰すのが連合国軍人の新たな兵法なのだろうッ?。
奴は闘いに狂ってないどいない! 彼は血に酔ってなどいない! 神成は! 神奈斗はーーッ」
「狂わせたのさ! 私が知らぬ、君が知る、機械兵の素体など皆狂っているさ!!
十にも満たぬ歳で、人を殺めた人間が、常識の範疇に留まる存在だと思うのはーー精神性の退化だよ『ヴァルキュリア』!
ーー甘えがすぎる。 そして君は甘やかし過ぎた。
だが、君の、君達の考えなどは、地獄で生き続ける弱者には届かぬよ」
助手の二人は逃げ出し、ヴァルキュリアの形相は憤慨の意志を示す。
温く、砂糖の多いコーヒーの入ったボトルを持ったままのベルギットは、しかしその形相と声色にすら……帝国最強の異能力者を背にして変わらずに、ただ答えるのだ。
そして、最強無比で無慈悲な神秘は溢れ出す。
青と赤の混じった汚れた色のガス状の異能『
「ーー私達は手助けをしただけだ」
「姫司乃が国軍へと引き抜き、ゲーラーが空気に馴れさせ、ゲルドハルドが本性を見定め、リディアードが地力を値踏みし、イフスが狂う『核』を調整したーー」
国軍に置いて、機械兵団に置いて、現状の神成神奈斗への措置は異例であろう。
脱兎兵を受け入れ、そして希望通りに彼に力を与える施術を施した。
だが、何も特例ではない。 大義名分として存在する事実は、『機械仕掛けの子宮』とは元より医療目的の開発なのだから。
行使する者が、ソレを禁忌の悪魔的技術として振るうのかは、裏切らなければ何の問題も無いのだ。
故にーーベルギットは、狂気の技術者は、ただただ事闘いにて正気を無くした『男』に魅入る。
『機械兵』など、所詮は敗北者。 傷付けられ、もぎ取られ、踏み躙られ、奪い去られーー。
「狂っているよ……貴様達」
ヴァルキュリアのその言葉は、きっとどの機械兵にも届かぬのだ。
誓う言葉は教訓となり、憂う未来は絵空事の結末と言いくるめられた。
あぁ、もう何年だ。 もう何十年前だ。 それとも何百年前だ。
「君達が私達の狂気を保証するのかね?
我々を何だと思っているのかッ!! 我々は敗北者なのだ。 敗北して、尚も戦場へ留まる事を選ぶ敗北主義者の精鋭だ」
だから何も変わらぬ。 ベルギットの記憶は、きっと後二人ほど神奈斗と同じ様な戦闘狂を、同じ様に作り上げれば彼を忘れてしまうだろう。
異例だが特例ではないという事項は、被検体の同意と施術者の合意によって、ずっとずっと伝え続けられている『警句』を亡きものとした。
禁忌が時代によって容易く変わってしまうのが、この異能力者と機械兵が主軸となる人的資源ばかりを使う冷戦だ
「だから彼は、きっと彼は戻らぬよ。 君の元にも、あの子の元にもな……」
「ーー離反者を捕虜として連れ帰る。 我等が現隊長は、奴を殺そうなどと思ってはいない。
だが、どうも私は貴様等を許せる程に優しさを失ってはいないのだ」
ベルギットも随分と長い間この軍に身を置き、そして身を擦り減らしてきた。
死地へと赴かねば、死の門を潜らねば長く生きてしまう事が、機械兵となる事の唯一の悲しき欠点だろう。
本来は既に肉も骨も朽ち、血も涙も枯れ、命さえ尽きる程の年月を彼は既に生きている。
「連れ帰りどうする?」
「私が決める事ではない」
言葉を交わすうちに多少は冷静さが戻り始めたヴァルキュリアは、ベルギットの背から目を背けた。
敵前逃亡ではなく、またもやヴァルキュリアはこの男を見逃すのだ。
ある意味で、これこそ彼女の僅かな弱さであり、ただ旧知の異性を敵だとしてもそのままにするというのは、それはたんなる感情論。
この男では自らには決して敵わない。
その自負と自尊心。 ベルギットもヴァルキュリアに同調し、決して今から事を、彼女のメンタルを荒立てようとなど思うはずもない。
「笑わせる。 またするのか? また常人であった彼を、そして機械兵となった神成くんを相手に君達は、また行うのだろう? 止めもしないのだろう?
血の営みをーー」
今までは決して勝負にはならなかった。
一方的な蹂躙の権化。 やはりベルギットは打算的に賢しさを持っているのだから、例え激昂したとしても今は食らいつけると判断したのだ。
無論、それは何も研究職の彼でなくともその役は構わない。
嫌な冷たく不気味な一つの風が吹いた。
まるで、何かに呼び寄せられたかの様にーー。
例えるならば、例えたならば、ヴァルキュリアという人物は確かに敵対者からすれば畏怖の対象だろう。
遥か高くに存在する、あまりにも強く強すぎる戦術兵器の様な地力を持つのだ。
「どうした? 我が麗しの『ヴァルキュリア』? 君がその気にならば私の首を刎ね、核を踏み砕くなど容易いであろう」
「ーー貴様が呼んだのか。 貴様が直したのか。
あの悪魔を……あの外道をッ!!
何処まで落ちぶれたのだッ! 戦争犯罪者まで貴様は利用するのかッ!?
ベルギット・ホークッ!! どうして奴を地獄の底へ閉じ込めて、その蓋を閉ざさなかったッ!?」
外部から装甲車を両断せしめたのは刃による二撃であった。
鉄を鉄が切り裂く音すらも間近の者達にすら聞こえない程であり、それが証明するのは二つの事項。
卓越し過ぎた超絶秘技による剣戟と、そして度を超えた性能の大業物。
『忌み物』が帰ってきた。 外気が流れ込むと同時に、ヴァルキュリアは予感した通りの人物の姿を見てしまう。
女性だ。 明らかに女性。 どう足掻いても、その修道服を纏う修道女であった。
「ーー次は私が地獄へ落としてやろうか……ッ!」
これがベルギットが期待し、待機していた人物である。
今は、ゴロツキの掃き溜めである第二機械兵団よりも、ずっとずっと狂った組織に成り果てた原初の機械兵の部隊の長。
数年前に雲林奏愛に討たれた『虐殺修道女オレヴィアンヌ』の後釜は、正式に公認される前に一度倒された。
討たれた者は語り継がれるのが世の常である。
だが彼女は戦い続け、姿は正しく『伝承の聖女の如く』。
「殺さずに帰るつもりだった。 つまらぬ老害一人の存在など、つまらぬ闘争など、今更この身には余る娯楽だ。
私は血に飢えてなどいない。 飢えてなどいなかったーー。
だが、だがそれでも、貴様を見たのなら殺して私は帰路に着く。
ーー名乗りを上げろ『殺戮修道女』ッ!!」
ずっと、ずっと、戦場に現れ続けていたその者の名はレジェーラ……『シスター・レジェーラ』。
あぁ、敬虔なる神の信徒よ、天罰の執行者よ。
我が空は何時以下なる場合においても、終焉の赤い空であると盲信するのだ。
憐れな異教徒へは救済の死を与えたまえ。 守護に値する弱者には、『主』の思し召しとして啓蒙の死を与えたまえ。
「我は代行者。 我等は『アポカリプス』。 我等は主の代弁者也。
我等の使命は虚言の根源、主の名を語る悪の根源の血を一滴の果てまで討滅する事也。
我は神罰の代行者。 星界からの穢れた血を現世ばら蒔いた愚か者を絶滅させる事こそ、我等の悲願也。
故に死を。 愚かなる模倣品の神へ耐え難き苦痛の杭を与えねばならない。
世界を狂わせた元凶の血を、そしてその血で生きる、哀れ穢れた無価値な塵芥をーー我等『アポカリプス』、
順手に持った剣と逆手に持った剣で模倣するのは、それは磔の十字架。
それは処刑の意味を持ち、野晒しという蹂躙の意味を持つのだ。
「ーーえへっ! どうですか? 格好良かったですか? 久しぶりですね、ヴァルキュリアちゃんっ!
……あ、そうだ! 『イクサ』くんや『神姫』くんはどうしてるの??
皆して私の事いじめたの、許してないけど……あなたが謝るなら特別に許すよ!」
第四機械兵団隊長シスター・レジェーラは帰還を果たした。
軍人としては最凶最悪で最狂最低。 軍属の常識を持たぬ、単なる敬虔なる『主』に使える信徒は、また帝国の仇となり無垢な戦闘の駒として嬉々として、きっと沢山の倒すべき生命を殺し尽くす為に彼女は帰ってきたのだ。
「そうだ〜! あの子、あの子は何処? 何処にいるの?
……えっと、金髪の背が小さい、お目目がくりくりで、おっぱい大きい子!」
奏愛に砕かれたあの瞬間の記憶を忘れていない様子は、正しく掛け値無しにこの異名が相応しいだろう、『
「し〜たい〜ま〜つる〜、しゅなるぅぅ〜『』よぉ〜。
とらえ〜たま〜えぇえ、われおぉお〜」
故に知らぬ。 レジェーラは知らぬのだ。 あの時のまま、彼女の精神は成熟する機会を失った。
見た目は確かに淑女の外見をしているが、初期の機械兵として人体を叡智により弄ばれた時間から、その心は幼子のままであった。
「名前〜、あの子のお名前〜。 なんだっけ、なんだたっけーー」
既にヴァルキュリアは異能を刃に変えてレジェーラを引き裂いている。
右肩から左脇腹に振り下ろした、刃が異能を噴き出す鎌状の仕掛け武装『ヴィリアヴル・ワルキューレ』の斬撃はあまりにも、全ての要素の無駄が無い。
だが、その瞬間に思い出す。 レジェーラの前回は確かにこの様な形で終わったのだ。
さぁ、続きだ。 続きをしよう。 『主』という、とうの昔に忘れた何かからの使命を遂行するのだ。
『アポカリプス』の他の面々が今は居ないが、そんな事はどうでも良い。
ベルギットが心を込めて修繕し改修した今の状態は良好、つまりは調子が良いのだ。
斬られた瞬間に瞬く間に傷を塞ぎ完治する、異常な自己治癒機構は、彼女の恐るべき得意兵装なのだ。
「ーー我が神罰の先は卑劣なる『宇宙ナメクジ』。
下劣な下等生物は人と交わり、護るべき弱者を自らと同じく醜悪な存在に作り替えた。
忌むべき悪魔。 殺すべき悪魔。 吊るして晒して、後世まで辱めるべき悪魔也ッ!!
ーー思い出したッ!! 思い出した、思い出したッ!!
セレナっ! セレナちゃん!! ねぇどこ?? あの子はどこ??」
弱者を探し、探し当てたならばきっとレジェーラは容赦無く殺し尽くす。
『セレナ・シェヴァイツァー』の悪行を彼女は知っており、それは彼女しかもう覚えていない『主』の教えをもってすれば、決して許されぬ行為なのだ。
殺さねば。 殺して殺して、肉の一片まで、骨の欠片まで、血の一滴まで殺してーー。
「あははっ! 怒った? 怒らないで『お姉ちゃん』! 酷い事しないでっ!
ーー我は断罪の代行者也ッ! 恐るべき神の真似事のする、醜悪なる星からの化物に鉄槌を与える者也ぃぃいッ!!
霞に隠れようとも我が目は見逃さず、土葬の中であろうと我が鼻は腐臭の悪鬼を滅する事を宣言すッ!!」
地中を突き破りヴァルキュリアの異能が間欠泉の如く天目掛け現れ、そしてレジェーラを構成する何もかもを崩壊させる。
一瞬で右足の大半と右腕の全てを欠損するが、
そして森羅万象万物を元素の根源から崩壊させる神秘の力に呑まれて尚も、彼女の剣はまるで『聖剣』として穢れず壊れずに在り続ける。
「……まだ! まだ貴様はッ! まだおぞましい怪物を目指し続けるのかッ!!」
「死の果てにて我は合間見えた。 我に使命を下し、神罰の代行者として力を振るう事を許した『神』にッ!
祝福の洗礼は既に終わり、故に我等は戦い、戦い続け、貴殿らに死を与えん。
右手には聖剣を。 左手にも聖剣をーー」
果たして何回目の蘇生なのだろう。 それは何度目の死に戦なのだろうか。
何度も負けては立ち上がり、何度も殺されては生き返る、正しく修道服の所々に縫い付けられた翼を模した刺繍は、やはりやはり『不死鳥』なのだろうかーー。
……違う、彼女は死に続ける事が脅威なのではなく、真の脅威の真骨頂は、
「何処までーー堕ちる気だ!!」
そして触れる。 ヴァルキュリアの異能に身を文字通りすり潰されながらも、既に『
対象の桜色の後髪を、後頭部で結われた部分を掴み反撃させる暇もなく、自らが全壊する程の全開の稼働で、軽いその身を地面へと投げ付けた。
踏み抜く追撃は躱され、予見したレジェーラは二対の斬撃を見舞うが、更にヴァルキュリアは技量で上を行き、先程切り裂いた筋にもう一度逆方向から両断せしめた。
「痛いっ。 痛い痛いっ! 死んぢゃう!
ーーあぁ! 死ぬかと思った」
自らを左右から突き刺す自傷行為は、気狂いの彼女には医療行為であった。
ズレ動く身体を固定し、一瞬で行われる修復行動には、歴戦を重ねたヴァルキュリアでさえ不気味さを覚え、心底おぞましさに嫌悪する。
「ベルギットよ。 強化と修復の改良よりも、このキチガイは人格矯正を行う事が最優先だろう。
此処で死ね。 一旦死ね。 取り敢えず死ね。 貴様は狂い過ぎているよ」
哀しき過去を持つ人物には、本来はヴァルキュリアも同情や憐れみを向けるはずなのだ。
けれども、この女がその枠には当然に当てはまらない理由は単純明快である。
それは狂っているからだ。
あぁ、どうしてなのだろう。
数多の研究者に遠い過去から玩具にされ続け、弄ばれ、更に弄ばれた悲運の協会の少女に、どうして慈悲の心を誰も向けないのだ。
「わかった! あなたが私を仕留め損なえば、私は……とりあえずいっぱい殺す!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます