『死せる己の墓標の為に、君は闘え』
ーー。
ーー身を焦がすのは、負の感情あろうとも、正義であろうと愛であろうと、命を賭するならばどれだろうと、本人からすれば変わりはないのだ。
老い先の無い偽証と継ぎ接ぎの生命は短く、ならば、ならばと彼は腹を括るのではなく、結果として決意が自らの弱さを埋め尽くす。
元より、人間に理性を求めるのは酷な話だろうと、争いばかりの歴史がそう綴る。
死ぬまで戦いたまえ。 飽く事は無く、地獄の底で戦いたまえ。
皆が強くあるべきであり、そして真の強者は蠱毒の中でしか生まれないのだから。
そして暴走が確固たる信念の元に行われるならば、決して愚行ではない。
判断は血に迷い、決断はその先の事態を見据えてはいない愚かだとしても、来るべき自壊の死を覚悟し、故に僅かな時間を生き延びる選択を棄てたのだ。
強さと弱さの概念に賢愚と優越の付け入る隙は無くーー。
窮鼠に貪り喰らわれる事を強要する輩は、変わり果てた者達の屈強さを知らない。
人が怪物となり遺体が塵と化す場では、弱者は血と狩りに酔う事こそが、それは懸命で、そして賢明な選択なのだ。
一人を突き殺した切っ先はそのまま振り翳され、歯向かう連中を殺した。
機械仕掛けの膂力は掴み上げた頭部を地にねじ伏せ粉砕し、飽き足らずものの数分で惨殺の数を増やしてゆく。
身は銃弾に耐え、そして刃を凌ぐ。
反撃などそんな好機、帝国の兵には決して巡っては来ないのだ。
一方的な蹂躙。 一方的な暴虐。 何人たりとも逃げる事は許さず、何人たりとも歯向かう事しか許さず。
一度の敗北が常人を阿修羅に変える。
一度の怯えによって折れた心は、しかし切っ先は鋭利であり叩き鍛えればそのまま刃となるだろう。
義務と責務で敵兵を僅か数人だけ殺めた者が、当然と言えば当然に、まともな死に方など出来るはずもなく、そしてそれは許されはしない。
(聞こえるか)
復讐に染まり、憎悪に沈み、反射して殺意を迎え撃つ姿は『獣』などと愛らしい比喩では例えられない。
その姿は正しく戦士に殉じるが、狂戦士の死はいつの時代も一瞬だ。
存分に暴れたまえ。 存分に、そして残虐さも感じぬ程に殺したまえ。
悪に染まり、悪を尽せ。 正義の居場所は己の此処に在らず。
ただただ、悪鬼羅刹を討ち滅ぼすが対する者の運命ならば、男の望む奴は必ず現れる。
(聞こえるのか)
撤退戦が掃討戦へと変わり、生き延びたと信じた兵達が、一般的な兵器ではない得物によって死に体へと変貌する。
引き裂き、串刺し、そして四肢は怪異なる機構によって千切られた。
残虐性を感じざるを得ない一方的で冒涜的な、最早それは闘争とは呼べず加虐に他ならずーー。
しかし復讐鬼は決して肉を裂き、そして血を浴び、その末に骨を砕く快楽には酔ってはいなかった。
これが “狩り” の真似事ならば男は酔いに酔い、そして酔い潰れる寸前まで悦に入っているだろうが、殺意とは決意であるという常識は幾ら人の道を外れても、それだけは見失う事は出来ないのだ。
(聞いているのか)
もう誰も彼の行為を、善意に訴える事により咎める人物はこの世にはいない。
左脚を奪われた帝国軍の若い兵は憚らずに這って逃れようとするが、対戦車を想定したような弾丸で撃ち抜く。
右腕が辛うじて繋がっている壮年の兵は照準定まらずとも銃弾を放つが、撃ち切る前に胴体に子供一人分の風穴を空けられ絶命した。
逃げ出した者達も、逃げ始めた者達も、それが多数であろうとも、女であっても新兵であっても関係無く、戦場における『機械兵』の素晴らしさを死を持って叩き込んでゆく。
どれだけ泣こうが騒ごうが関係無く、ただただ己が求める理由の為に、変形し変質化した掌が凶器となり遠距離の対象を貫き、矢継ぎ早に人ならざる速度でまた血溜まりを作り出す。
大型の機動ウイングを躱して背中を突き破り現れた第三の腕の存在が、遂に本格的な臨戦態勢に移行した事態の表れだ。
多重多関節。 節は無数で分厚く、銃を持った兵では太刀打ちなど出来ない。
まるでこれから一人で一個の小隊を叩き伏せるかの様な変貌だが、それは誇張ではない。
現実に撤退の援護に現れたと思わしき帝国軍の希少な戦車の砲撃が着弾したが、その機械仕掛けの第三の腕は表面が焦げ付き欠けただけに留まり、その強固さと頑強さ、そして数十メートル先の分厚い装甲を抉りとる凶悪な攻撃力と射程ーー。
ひたすらに、直向きで愚直な澱んだ感情により、短期間でまだ人の形と人の感情を持っていた機械人形が、悪魔へと変わったのだ。
その証明は純粋なる狂気の強さにより可能となる。
「ーー。 ーーーー」
だから、彼女は認めたのであろう。
血溜まりの戦車の上、怪異なる機械仕掛けの第三の腕を踏み付け、そこに居る。
「聞こえない」
誰かが呼んだか。 誰かが求めたのか。 果たして彼女は同胞を救う為に現れたのか、はたまたーー。
だが、道理も過程もどうでも良い。
ただ一戦。 第三機械兵団所属のレオン・グリードは、憎悪を晴らす為だけに身を叡智に食い荒らさせたのだ。
生命の終わりは近く、そして彼はその感覚を感じて、今も味わっているのだから、本来ならば見逃すはずの脱兎の兵を殺し尽くした。
『戦後処理は新兵の役目だ。 そこを狙って殺し尽くせ、グリード曹長』
力に飲まれた怪異で異質な姿の機械兵に成り果てたが、思考までは復讐を果たす事が目的の性根が狂わせなかった。
今の時代が過去の様に軍的資源に溢れた状況ならば、異能力者達も開戦と同時に恐ろしい本性を露にしただろうが、現状は違う。
単騎にて彼等彼女等が牙を剥き爪を立てる状況とは、簡潔に言うならば今の惨状こそが最適なのだ。
可能な限り同胞を巻き込まず、可能な限り対峙する者しか居ない。
強く在るが故。 そして戦うが為。 人的資源ばかりが溢れるならば、その時点で枠から外れた兵士は、本性を露にする場が限られるのだ。
『お膳立てが済めば、奴は嬉々として稲妻を呼び雷鳴を叫ぶ』
心優しき稲妻の戦乙女は、泡沫の生命の雑兵が抱いている幻想に他ならない。
紛れもなく彼女はエリートの中のエリートであり、類稀なる “ 戦闘力” ーー。
だが血みどろの中で狂ったのではなく、素面のまま生まれて育ってきたならば、それは生粋の純白なのだろう。
形こそ人であれ、血も骨も人に在らず。
その艷めく肩に掛かる黒髪も、傷の無い肌も、華奢な肉体もーー口数の少なさはミステリアスを醸し出し、それは時に色気とも見間違えるのだ。
敵陣からの銃撃を掻い潜り、透き通った刀身を振るい、弱者を救う。
弱視の者達は確かに言った。 確かにそう呼んだ。 『
『……人の形しか、人としての枠に収まってはいない。
有効打など地力で彼女を超える他に無い』
それはレオン・グリードの生きてきた中で最も、彼が大嘘だと思う事柄であった。
銃弾など彼女は初めから “見て ” 避けているのだ。 得物は峰に鋸刃を据えた人斬り包丁で、老若男女問わずに平等として強きも弱きも挫く。
幻想に塗れ、曲解が溢れ、弱者の願望を浴びせられ続けた彼女の理想像は、知らぬ者達は美しさを思ったのだろう。
異能力者共の集団の中にて確かに彼女は二位の座に付くが、殺された奴も奪われた奴も誰しもが言うのだ。
常に最強とは盾に有らず。 しかし彼女を知れば銃弾を最凶とも言えない。
帝国所属特殊兵団アザーにて、現序列二位となる以前より彼女は同胞を守護する凶刃の矛であった。
故に爪牙となる。 連装の散弾銃を稲光を孕む素手で払い除け、金属的構成物の触手を一本の刀で刻み、猛進する。
並大抵の銃身と銃弾では傷しか負わない機械兵の人ならざる耐久を文字通りに八つ裂きにし、瞬きの隙間に雲林奏愛は己の間合いにレオンを捉えた。
「久しぶり」
『八つ裂き雲林』
齢は二十歳に未だ届かず。 だが戦場における経験則は、生き残っただけの老兵を遥かに凌駕しており、脂の乗った今の歳は戦うには好都合。
ーーそして飽いている。 血の通う人を、言葉を話す人を、物を考える人を……先程の様な超人的で超常的に蹂躙せしめるなどど、それは敵国の生命であろうと度を越しているのだ。
「弱い人だけ殺すなんて、貴方は酷いね」
枷を嵌められるべき狂犬か、それとも首輪を自ら嵌めた忠犬かーー。
望むべきは争いの無い平穏か、それとも血で築かれた平和なのかーー。
……ただ、ただ一つだけレオンが知り、それを何も疑いも無く結論付けるならば、彼女は悲鳴と流血を待ち望んだかの様な登場を果たした。
「あの日、病棟で見逃した甲斐を今から見せてくれるんだね」
狂人は常人の皮を被り、悪魔は天使を騙り嘯くだろう。
そして、改めてレオンは実感するのだ。
『力』もそうではあるのだが、より奴等が怪物と形容される真の理とは、正しくこれが正体だ。
正体は既に明るみになり、しかし、暴かれた神秘とは理解に届かぬ事象など、それは腐る程に世に蔓延している。
だからこそ、脳髄で理解せずとも構わないのだろう。
稲妻に焼ける臭いを嗅覚で感じ、電流の迸る音を聴覚で感じ、目も眩む雷光を視覚で感じーーそしてそれらを敵として認識すれば良い。
今、己の間合いに存在するのは歴戦の猛者ではなく、破壊の魔人でもなく、そして見目麗しい戦場の花でもないのだ。
「ーーようこそ」
コマ送りの如き速度で奏愛は機械兵の部位を突き破る貫手を放つ。
惨たらしく対象を殺し尽くすその手は、人智を超えた耐久性と再生能力と、そして彼女自身の異能力『
考察も観察も最早不要と断ずる事が決定すべき、それは一片の情報で彼女が既にーー否、初めから人間の括りではないと誰しもに知らしめる。
ーーだが機械の兵は死なず。
元よりレオン及び彼等の大概は死と絶望の淵から、得体の知れぬモノに縋り僅かな生の時を朽ちるまで争うという決意と引き換えに手繰り寄せている。
亜光速で放たれる奏愛の素手の狂った一撃が触れるその直前、彼は見慣れた二つの目で見る世界を失った。
そして脳髄は生き長らえるという心の何処か片隅の希望を削除し、より甘美な福音として殲滅のワードを精神に刻み付ける。
『悪魔となれ、気色悪いナメクジ共を倒す為』
得体の知れぬモノに、残る全てを捧げる。
それこそ、それでこそ生き長らえた価値は見い出せるのだろう。
身も心も『機械仕掛けの核』の供物として捧げた末に、ようやく彼は帝国の序列二位に鎮座する雲林奏愛と同様の土俵に立つ事が叶うのだ。
「……善い眼だね」
レオン・グリードの視界にて、数え切れぬ数の彼女の唇が動き、何処か冷徹で醒めた声を発した。
彼の頸椎を狙い撃った弾丸よりも速い貫手を文字通りに鉛の牙で噛み止め、更に彼女の細い首を這う動脈を、形容出来ぬおどろおどろしい機構のブレードで切り付ける。
しかし喰い付かれた手など意に介さず、ジェット推進の動力を片腕で抑え込むのだから、正しく超人を超えた化物だ。
そして迎撃は超高圧の電撃で敢行され、力の暴走ではなく一から十まで制御された破壊力抜群の攻撃が、刹那的な超高温を金属物質の内部を駆けた。
雷の熱量が対象の外部から内部、そして外部へと突き抜けた結果に発生する『溶断徒手格闘』の存在は、雲林奏愛が普遍的な武装を好まず、専用特注の刀すら時として使わぬ真っ当な理由となる。
「でも、貴方は正しい。 他の有象無象の機械兵よりもーー」
故にそれを使うに相応しい対象であると彼女は認める。
力任せにレオンの機械仕掛けの顎と鋭牙から引き抜いた右手は、骨格に沿って肉が削ぎ落ちてしまっているが痛みに狂える程に温室育ちの虚弱でもない。
むしろ、肉が裂けた熱い痛みこそ、動脈が切り裂かれ漂う血臭こそ、特に忘れる事が出来ず、そして忘れてはいけない生き様なのだ。
「さようなら」
青光りした両眼は無数の瞳を宿し、精製された牙で己の口元を裂き続け、電光石火で移動する対象を背面と片腕の武装機構で狙い定め続ける。
躱さなくては命中する攻勢にまで、レオンは進化し、更に最適化され始めている。
首を薙ぎ払う一閃。 潜り抜けた対象を背面から生えた多重多関節の腕部で叩き潰す……地面を穿つ破壊力で。
だが容易く躱し、迎え撃つ肉の裂けた右の拳は中指第二関節を突き出し、
ーーだが彼は明日を捨てた。
そして彼は愛を忘れた。 やがて彼は刹那を諦めた。
戦闘意思は決して止まる事はありえず、腹の底から、そして脳の髄からやって来るのだ。
自我の崩壊とは、意志の破滅とは悲劇なのだろうかーー。
しかしそれは、当の当事者にとっては何処までもどうでも良い事象である。
ましてや彼は選んだ、人智を超える人の形をした怪物に近く到達する為に。
「存分に闘うと良い。 人格を無くしても、純粋な意志は貴方を動かし続けるのだから」
手向けなど敵には無用であろう。
情け、救い、死地に赴いた者共には何の歓びがあろうものか。
そして彼女の目の前で、一兵卒のレオン・グリードは死に一人の“完全体なる機械兵”は生まれた。
痛みと恐怖を忘れた純粋な意志と、人間性を糧として捧げた末の常軌を逸した人ならざる戦闘力は、それはまさに闘うべくして世に零れ落ちた外道の存在なのだ。
起動した動力の発破は轟音として響き、雄叫びと同時にレオンの喉からは金属の反響音が轟く。
大気が震え、それは機械兵の内に潜む造り上げられた自己修復を可能とする
ここからは憎悪と愛憎という憎しみや、勝算や確率という子供騙しの付け入る隙の無い、身体と生命を削る領域だ。
贅肉を削ぎ落とす様に、凡夫の血の染み付いたブレードは真新しい層を剥き出し雲林奏愛の得物、刀と酷似する似姿へと変貌を遂げる。
「……良い反応」
しかし真価はソレではない。
肉切り包丁の形状を変えたなどと、ソレは進化とは程遠い。
両の眼は白目と呼べる箇所は潰れ、その瞳孔はおどろおどろしく、おぞましく恐ろしい。
数百の眼光が対象を捉え、対象を見切る。
弾丸よりも速く人間を斬り殺す『八つ裂き雲林』の術に非ず、技に非ずの剣戟を、視認している。
彼女は剣の訓練などしない。 故に自らが閃光となって尚も、確実に斬り捨てる事を可能とする。
そしてーー使える物は、その場で惜しみ無く牙を剥く。
剣の流儀など、精々両手で構える程度の知識しか無い人斬り女だが、彼女もまた細工した武装を得物として持つ。
レオンの斬撃を自らの刀でいなし、攻防一致の二本目の異形の太刀による、電撃を帯びた一閃は少なからず彼女が思考を使い始めた事の現れであった。
しかしながら、対象は人でなく、人たらしめる思考と意識を亡くした亡者であったが故にーー。
人たらしめる裂ける肉と割れる骨でなくなった化物であるが故にーー止まらない。
「私よりも賢いんだね」
斜めに斬り下ろした一閃を止めたのは背骨であり、彼女の持つ刀の峰の刃と同様の刃をたくわえた鞘を捕え。
彼女の背後から鷲掴みにしたのは、地中を掘って奇襲をしかけた腕を模した汎用性の高い機構だった。
そう、掴んだ。 身体を穿つのでも、握り潰すのでもなく、拘束に終わる理由など一つしか答えが無いではないのだろうか。
機械仕掛けの圧力は異能力者や、同じく機械兵でないならばそのまま握り潰して殺せるのだが、彼女は異能力者ーー、いや、彼女達は不可思議な力を扱うだけの存在に非ず。
『宇宙ナメクジ』。 知を得た有識者達も、学の無い有象無象達も……ただ一つの事実だけは、啓蒙を授けられなくとも分かるのだ。
奏愛の背から、ソレは吹き出した。
機械の拘束機構を容易く引き裂く蒼白い光。
形成す稲妻。 鋼を焼き切る閃光は、もはや神から与えられた特別な力と呼べる枠を超えているのだ。
『ヒト』ではない。 『ヒト』であるはずがない。
「けども……」
だが神秘は暴かれた。
レオンの身体は数個の銃口を開け、そして数百の弾丸を吐き出したのだ。
内に潜む無数の撃鉄は、雷鳴の轟音を容易く上書きして轟きーー確かに、機械じみた反応速度で闘う奏愛は恐怖こそ感じてはいなかったのだが、彼女は避けた。
ガトリング銃口と同等の連射性を発揮し、正しく人殺しの機械仕掛けは散弾を対象を捕捉し続ける。
スラッグ弾に酷似した弾丸を、ものの数秒で人間を消滅させ、赤い染みに変える機関銃と同じ速度で射撃を敢行するのだ。
そして追う。 戦闘の駆け引きなど、その様な児戯は闘技者たちの領分であるが、彼は軍人だ。
感情と思考が死に絶えた、脳死の機械仕掛けの戦士は反射のみで最適解を選ぶ。
ーー例え人ならざる彼女の速度が、彼の夥しい数の視線を振り切ったとしても、刀を模したブレードによる迎撃は、今の彼にとっては容易い。
奏愛の愛刀は折れずとも、折れぬからこそ、華奢な見てくれに準じたかの様に、与えられた衝撃の方向へと吹き飛ぶ。
見切りの剣戟は、相手はソレを受ける他に術が無いのだ。
……瞠目だ。 無論、レオンにその様な思考は既に無いが、彼のその死に間際の苛烈な生命の灯火に雲林奏愛はそう感じる。
防御は完全ではあったが、奏愛の身体は自重以上の瓦礫の山を吹き飛ばして行き、純化した機械兵は彼女の息の根を止めるべくして次なる攻勢へと移行した。
右腕を変換したブレードは、奏愛の得物と激突しへし折れたが、だが、だとしても人類史始まって以来の超攻撃的な異能力である『
雷の翼によって焼き裂かれた背面の機構ーー簡易的に修復した奇っ怪な三本指の機械の手で引き抜くは、ソレは人を斬るのではなく明らかにそれ以上の怪異を仕留めるかの様なーー。
長く。 太く。 重く。 剃り。 そして鈍く煌めき、刃は鋭く光る。
化け物と相対しているのだ。 『宇宙怪獣』比喩されるモノを仕留めるのだ。
だから大きく膨張した、ただ破壊の為の大太刀に加え、変形した右腕で大蛇の如くしならせ斬り伏せる。
地を穿ち、瓦礫を穿ち、常人を木っ端微塵にする一刀は、雲林奏愛の悪魔的な最高速度の一歩を踏むよりも先に、彼女を上から押さえ付けた。
「泣いたら許してくれるかな?」
舞い上がり続ける瓦礫の破壊による砂塵の中で、頭部から滴る出血を拭わずに彼女は呟く。
「けれど、喧嘩は泣いても終わらないものだものね」
そして視界に自らの血が滲む。
だが、所詮は初めから彼女は値踏みをしており、その価値が評価出来るのであれば値を吊り上げる。
道理は単純であり、単純であるからこそ、彼女はどれだけ強く有る強者と対しても潰す事ばかりしか考えられないのだ。
「……そうだ。 貴方は、私と」
死線を超えた達人の太刀筋よりも遥かに速く、修練を超えた玄人の一太刀よりも遥かに強くーーその様な機械仕掛けの斬撃は遂に雲林奏愛の肉にくい込んだ。
刀と一対の双刃となる仕掛け鞘を合間に相手から腹部から引き抜き、気付いた瞬間には人斬り包丁を彼女は収めており、喰らい止めたのは素手。
解れ汚れた黒い袖から覗く細い指と薄い掌こそ、寧ろ組織内にて上位に位置する『異能力者』にとっては凶悪で凶暴な凶器である。
彼女は戦闘狂である。 血に歓び、狩りに酔う悪魔ではなくとも、齢二十歳に届かなくとも闘争の経験値は老兵にも匹敵するのだ。
戦い続ける事と、勝ち続ける事は同意義だ。
その経験則が言う。 今、対峙する機械兵の刃も装甲もーー貫けるのだと。
『ガチン』という音を奏愛の耳が拾い、そのレオンの体内での撃鉄音は内蔵の機関銃が火を噴く兆し。
「私と喧嘩がしたいんだ……ッ!!」
銃弾を止める装甲を、視認出来ぬ速度を、そして殺戮だけに重きを置いた凶器を、知らぬと断じて奏愛の右の
急所を狙う拳の形であるはずの貫手を、触れた部位を破壊する剣としてーー砕き、穿ち、そして貫いた。
火の入った無数の弾丸は起爆し、だがそれは正真正銘の怪物の前に、正真正銘の『宇宙ナメクジ』の前にはもはや自爆にすらならないのである。
灼熱である稲妻は防御膜であり、破壊を伴う爪牙でもあるのだ。
「 ひ と つ 」
金属が破断したかの様な澄んだ鋭い音と共に、血と油の混合液を浴びて引き抜くのは、臓器を思わせる形状の機械仕掛け、これが『核』だ。
レオンは、もはやそれに毒され、生命の灯火が消え失せた程に侵されている。
故にまだ、まだまだ、闘志にも似た殺意の連鎖は止まらない。
彼の変形した右腕の刀の斬撃の気道は奏愛への意趣返しを思わせる、顔面への串刺しだが、意に介さず次は左の貫手がレオンの脇腹へと叩き込まれる。
切っ先が舌を伸ばせば届く距離にて2つ目の『核』を捕え、小鼻にほんの僅か切っ先が触れた距離にて『核』を握り、自らが自らの口内に切っ先を迎え入れた時には、砕いた『核』を引き抜いている。
「 ふ た つ 」
分厚い鉄板を突き抜く一撃を歯で、歯だけで受け止める。
二つの『核』が破壊された事が理由となり、犬歯すら使わずに強度がほんの僅かに劣化した刀を、奏愛は噛み砕く。
格闘技ならば噛み付きなどダーディーな行いだろうが、喧嘩ならばこれ程に健全な護身は存在しないだろう。
咬合力すらも雲林奏愛は悪魔の域へと、とうの昔から踏み入っているからこそ、この様な八百長じみた攻防を可能にするのだ。
彼女は見ている。 見て、判断し、対処する。
経験則など戦いには必要性は無いのだと、圧倒的な地力は証明しているのだ。
回避すべき攻撃は回避し、触れられても構わないのであれば触れさせる。
そして自らは時に、機械兵に付き合わず素手で彼等と対峙し、存分に叩き壊す。
レオンの背面から生えた機械仕掛けの腕が変形し細分する。
上を、右を左を、そして地中を潜って迫る彼女の背中を取る全方位からの斬撃。
その軌道と速度は人が目で追う事がやっとであり、二本腕の生物は対応など出来ないが、彼女の前では、やはり機械兵はただの人間を殺す事が最適な戦力なのかと錯覚させる。
例えば、並の異能力者ならばレオンは蹂躙し殺し尽くす。
銃で死ぬ者が大半を占め、剣で貫けば重傷となる。
「大きいのは、後一つ」
だがこの女、規格外。
戦う者は、強く産まれているのだ。
戦うべき理由は、後から幾らでもこじつける事が出来るのだ。
そして、痛みと恐怖……脳が死に絶えた機械仕掛けの兵士は、もはや誰かと言葉のやり取りも文字のやり取りも出来ないから、彼女は本気を出さずとも手を何一つ抜かない。
錆び付く前に、技術には熱を入れるべきだ。
僅か十数センチ右脚を上げ、瓦礫の足場を踏み締めた。
雲林奏愛に限らず、他の組織内序列上位の異能力者達も基本は本質を防御へと割り振る。
理由など知れているーー度を越した盾は、剣を容易く破壊する……それだけだ。
ーーそして瓦礫を踏み締めた足。 その足で更に地面を踏み抜く。
電撃は放出され、だが何かを媒介し遠距離の標的を焼く為ではなかった。
迫る多量の刃が奏愛の軍服に刺さり、そして肉に届いた瞬間に触れた全てを焼き払う。
理屈など知らぬ。 だがしかし、もっともっと弱い者であった時から、奏愛は知っていた。
『毒虫は自らの毒では死なない』
そして、銃弾を刀剣を、あらゆる己に向けられた殺意に対抗する為だけに、ソレを彼女は呼ぶのだ。
何百里先からも見落とすはずも無い程の閃光と、そして、けたたましい轟音。
紛うことなき “大技” である。
燻る硝煙と、まだ消えぬ残火を掻き消すかの様なーー。
『駆け登る落雷』の着弾地点で黒髪を逆立たせた奏愛は既に刀を抜いていた。
致命傷とは呼べない流血は、未だ止めどなく流れ続け、そして彼女はほんの僅かに込めたのだろう。
血が脈打つ。 黒い髪の下、頭皮の傷が。
そして額を伝い流れる血が。
心臓の鼓動にも似てーードクン、ドクンと明るく脈を打つのだ。
「ーーけども、私は見くびっていたんだね」
だが、死ぬ気の兵は殺せても、死んだガラクタは殺せないだろう。
生命を値踏みし、見合うならばとーーただほんの少し、ほんの少しだけの本性を見せれば、雲林奏愛の内の悪魔が目に見えて表れる。
誰が望むのか。 誰かが望んだのか。 瞬きの瞬間に、対象のアレもコレも引き千切る様は正しく『八つ裂き』。
落雷の衝撃により、僅かに生じたレオンの硬直に付け入る様は正しく『ケダモノ』。
鋼にも似た鋼鉄を引き裂き、掻き毟り、引き千切るーー人が特別な力を得た訳では無いのだ、『宇宙ナメクジ』という存在は。
初めから、彼女達は怪物として生を受けたのだ。
機械兵の核を彼女は毟り、しかし其の姿は残酷さも冷酷さも感じられないのは、単なる機械仕掛けであるからなのか。
故に彼は泣き叫ぶ事は出来ず、許しを乞う事も忘れているのだ。
「ーー」
ただーー。
「……ねぇ」
ーーただただ異様な表情は、能面の如くへばり着く。
「ねぇ、貴方は……」
レオンの身体の様々な箇所を引き千切り、そして奏愛が遂に顔面を、頭部を掴んだ瞬間であった。
狂気じみた機械兵の笑みがようやく形を変えーー話す。
「核が抜けたから? ねぇ、貴方は死んでいなかったの?」
電撃を伴う貫手がレオンの鳩尾に当たる部位へ叩き込まれ、容易く奏愛はその身体を貫いた。
「死ん゛デいたサ」
レオン・グリードの本命の攻撃が既に効力を発揮している事が、動きが完全に停止した奏愛の身体として示している。
鉄仮面と呼んでも差し支えのない彼女の表情にも、時として驚愕が表に出る事もあり、その時こそようやく彼女達『宇宙ナメクジ』も紛いなりにも『人』と呼べるのだろう。
「だ、ガ……お前モ連レ゛、て行ク」
「そう。 面白くなってきたね」
『冷酷であり、残酷であり、そして悪魔的でなくては彼等を超える事は出来ない』
その教えをレオンは実行に移していた。
死ぬ覚悟こそ、闘いの中では美徳であると同時に、紛う事無き強さに繋がるのだ。
殺意とは決意なのだ。
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