『羨望はやがて苗床となり、根を張り芽を出すは渇望である』
焦がれた力は体内で蠢き暴れる。
神成神奈斗の考察はやはり正しく、年齢が二桁に届くかどうかという幼少期の考えは、だからこそ理に適っていたのかもしれない。
己が悪魔となっても良い。 この世が地獄であっても構わない。
生き抜くだけならば、逃げ遂せるだけならばそれは余りにも容易く、野垂れ死にと隣り合わせの自由は常に手の届く場所にあった。
しかし、少年を地獄へ絡め取り縛り付けたのは他者からの呪いの言葉に非ず。
戦い続ける未来から逃れようとする怯えは、元より彼の心には在らず。
思考停止の境地は、やがて仏すらも殺す修羅の道へと足を運ばせるのだ。
そして余りにも幼稚で、幼稚以上に陳腐な渇望。
『生きる事が戦いならば、人は戦い続ける宿命なのだ』
皆がそうやって生きてきた。
己よりも全てにおいて優れた人間を殺してしまう行為は到底許される行いではないだろう。
己が持たぬ全てを持つ人間を殺してしまう行為を、愛される人間を殺してしまう行為を、しかしながら、だからこそ戦う意義は存在する。
己の存在の証明。 己の存在の肯定。 それらは必然、他者を否定し続ける信念となる。
『人の善悪と賢愚は違う場所にある』
学は無いが知恵はあった。
常識は薄れたが意志は強固に存在した。
そして逃げ出す臆病さも、彼はとうの昔に忘れてしまった。
ーー闘うしかないだろう。 戦い、争い、『死』という完全なる敗北に支配されるまで、『戦士』は止まらない。
そして、現実の怪物と対峙した時、矜持は容易く抜け殻の様に砕けるのだ。
強くなる為に。 そして、そうで在り続ける為には全てを捧げなくてはならないのだ。
生まれ持った資質。 幸運を掴む貪欲と掴み続ける固執。
与えられたモノを、自ら勝ち取ったと叫ぶ傲慢さは、ある種としては阿呆であるが、愚かとしても強者の素質。
故に彼は欲しがった。 故に彼は二つを追い、掴み、喰らう。
『宇宙ナメクジ』と呼ばれる少女に愛され、文字通りの外敵を迎える『機械仕掛けの核』を埋め込み、二つの軍勢の主力を人の身で受け入れる。
業突く張りであり、組織の人間としての誇りなど何も無いから、そして臆病に逃げ出す事すらも忘れてしまったからーー。
「君は、何と戦いたい?」
「君は、何を守りたい?」
「君は、何を救いたい?」
健全と神秘の2つの血液に侵された神奈斗は、弱り切った抵抗力を逆手にとって蛮行に走ったのだ。
恐るべき速度で蝕む『核』の侵食は、抵抗力と適応力の無さの表れであり、だからこそ悪魔か天使かも分からぬ叡智は微笑む。
しかしそれは自らが選び突き進んだ道だ。
生きる限り、死への片道切符は手から捨てる事は出来ず、どう足掻こうが “死に急ぐ事” と “生き急ぐ事” は全くの同意味。
賢きは哀れであり、愚かしさこそ凡夫以下の存在には救いである。
道徳と常識を分からぬと悟り、結局は崇高なる信念を容易く踏み躙るなど、思考停止の極地でありーーだから獣の牙は己が為に研ぐのだろうか。
「ーーならば、君は、一体何を倒したい?」
人の身で辿り着く領域など知れたものだ。
戦術や相性。 得手や弱点。 余りにも桁の違う敵と対した時、それらはくだらぬ子供の戯言の様に掻き消える。
一刀で三分割する剣技を超えた傷害。 腕を切り落としても怯みすらしない勇猛。 弾丸を目視で躱す機敏。
それは神に選ばれし幸運なのか、それは何処からか零れ落ちた塵屑なのか。
だがどうでも良い。 徹頭徹尾、来歴など弱点でありさえしなければ、それはそれで構わない。
今は、今この瞬間は赤子の如く暴れ回れ。
痛みを自ら感じるべく、恐れを自ら克服すべくーー。
何より神成神奈斗は、獣の様に賢くはないのだから。
牙を得たならば噛み付き、爪を得たなら引き裂き、棘を得たなら突き刺し、
逃走の文字を忘れ、敗北の意味さえ忘れた刹那、弾丸と剣戟ばかりのゲルドハルドの攻勢へと真っ向から叛逆する。
何度目かの変形した機動ウイングは装甲を増して盾と翼の役割をーー。
故に『機械仕掛け』。 彼等は砕けた兵装を、丸まった切っ先を、錆び付いた刃を何度も何度も尖らせ対象を穿ち殺す為に。
そして、ゲルドハルドが隠れ蓑としてそれを認識し切り裂く為に、二又のブレードが触れた瞬間、その一撃は現れる。
あまりにも低い適正能力と、反して高次元の適応能力は、だからこそ選ばれた戦士と錯覚させるのだろう。
比較し低次元の存在である故に、もはや至るべきは進化。 もはや過ぎる過程は進化。
死に怯えぬ欠陥的で致命的な要因を孕んだ、それこそ “情けない進化” の体現者と堕ちぶれようとも。
だが、誰の声も届かない。 誰の手も寄せつけない。
友愛が見えず。 親愛に触れられず。 情愛は聞こえずーー。
徹頭徹尾、神奈斗の
伏せた目は殺すべき対象を野獣の眼光で見つめ、縮こまった手は血と泥と油に汚れ傷ばかりで殺しの業を蓄え、塞いだ耳は断末魔と慟哭をずっと聞き続ける。
『だから強く在れる』
同じ穴の狢達は共感する。 道徳の最底辺に位置する糞虫達は賞賛する。
そんな真理に辿り着いたのは随分と昔の話だったはずだろうが、ようやく神成神奈斗は足りぬ物を得て、目も眩む暗黒の理想に手を掛ける事が出来た。
ーーゲルドハルドの血は沸いていた。
不意打ちを仕掛ける程とは、現状の全てにおいて余裕を持ち始めた証明であるから、確実に神成神奈斗はゲルドハルド自身の領域へと、恐るべき速度で踏み込んでいる。
逸材だと直感する一撃は、吹き飛んだゲルドハルドを追って一発では決して終わらなかった。
対象を補足し、超加速で距離を詰め、何度も何度も機械仕掛けの得物で仕留めにかかる一連は、機械的であり、及びに本能的であった。
怯えを知る猛獣は此処には在らず。 逃げを選ぶ
狂獣などとは非ず。
ならば狙われた者達は言うのだ。 体躯と力量の問題で、矮小な存在だったはずの生き物が時に悪魔的な存在に見間違う様に。
本能。 延いては攻撃本能。 強いては防衛本能。 取り繕う言葉のオブラートを一枚捲られてしまえば、単なる『殺人本能』。
数人纏めてを、生き伸びた事を後悔させる衝撃を浴びせながらも、神成神奈斗は止まらず背中を突き破った翼と、それが吐き出す推進剤の加速でゲルドハルドを追う。
もはや自壊する左腕のパイルバンカーは再構築の速度が勝り、故に最高の一撃は決して衰えない。
これまでに見えた逸材達の中でさえ、神成神奈斗は一際目立つ存在として、彼の目には映った。
彼は、選ばせた。 仮に『神』が居ると仮定して、明らかな蛮行と無謀を晒して、選ばせた。
己が強き者に成り果てるのだとーー。
振り返り、見渡した轍に悔恨は無くーー。
だからこそ、生まれながらの強者と違い、あれもこれも捧げるのではなく捨てる事によって強さを得た強者達は、誰も彼もが闇が内を照らすのだ。
血塗られた半生を、憎しみを彩られた人生を。
愚かしさばかりの運命を、そしてただ生き続ける為の天命を。
『生きる事が戦いだと言うのならば、人は戦い続ける事実なのだろう』
「ーーだから、毒を撃たねば君らは止まらない」
半壊の身体でゲルドハルドは神奈斗の左腕の得物を切断し、間髪入れない右腕の超振動を発生させる刀身を己の多重間接の機構で絡め取った。
時間を経て、彼がほんの少しばかり地力を見せたのではないと神奈斗は無論理解しており、ならばと精製した武装を破棄し距離を離す。
実力者は、彼等なりに色々やっているのだ。
それこそ物的資源は冷戦に湯水の様に注ぎ込む事が不可能となり、兵器ばかり、兵士ばかりの熱い時代は終わって冷たい時代は到来した。
技術競争の資材は底を尽き、同時に死の商人達の資財も尽きた。
真の意味で命と命が殺し合う時代、大量殺戮の体現者も胡座ばかりをかかず、頭を使うのが正当な流れであろう。
獣の目。 それも人喰いの獣の目。 そんな闘争に染まり切った神奈斗の眼光は弱くなどならない……しかし、ゲルドハルドの遅効性の新薬、もとい『新毒』は遂に悪鬼の
地面は迫り上がり視界は歪む。 落下する様に前傾で倒れた神奈斗だが、やはり、当然として四肢は土を掴み、また起き上がろうとする。
戦うには立たねばならないーー故に彼は生き残る為ではなく、存在する証明を示すのだろう。
だから。 だからこそ。 愚者でも理解に容易い道理は愚かしさが性根と言える彼の本質であり、もはや戦闘を続けるなど馬鹿馬鹿しい程のダメージが蓄積し、そして言葉すら奪う猛毒を受けて尚、神成神奈斗は立ち上がろうとする。
壊死寸前の右手は拳を血を吹き出しながら形作り、ようやく弱者と呼べる姿を見せた戦闘狂いは、己と敵が抉り回した地面を叩き、顎を上げ補足する。
「気分はどうだ?」
「ーー」
己の歯と歯が噛み砕ける程に耐えるのは劇毒にも勝る激痛であった。
感覚過敏の作用は類稀な狂気の闘争本能のアドレナリンを低下させ、死を間近に感じさせる。
しかし、それでも気が触れる事無く二つの足で立つ理由はーーただ、ただただ単純な屁理屈なのだろう。
肉は破れて裂け、骨は折れて歪み、もはや過負荷と呼べる『機械信号』は彼の発動指令には応えはしない。
「……」
「ーー訓練は終わりだ。 だが、君は他の連中の一度の演習を凌駕する経験則を得た。
戦士など……兵士など、死線を潜らねば強くはならん」
「知れて……いる、やはり」
幾度も痛感したのだ。 やがて身体が動きを止めるまで、その鈍る肉体と骨格と、そして精神に鞭を打つ未知が無いのかと。
「悪魔も、天使も、神も仏もーー『女神』も『獣』も、全部を捧げる奴にしか、味方をしてはくれない……」
眼は木漏れ日に焼け、鼻は花の香に嘔吐き、耳は小さな生き物の囀りに劈かれ、喉が自らの声で焼き切れる感覚こそ、今、神奈斗を蝕むそれらこそゲルドハルドの新兵器である。
晴天の空の明かりは眼球に血溜まりを作り、脈動する異能力者の血は、『宇宙ナメクジ』の血液は妖しく光度を持つ紅い瞳という狂気の見てくれを演出した。
だが、いよいよもって常人を発狂死させる感覚過敏化の劇毒は、神奈斗の戦闘への衝動を鈍らせる。
そしてーー立ち上がった瞬間、言うなれば地と己が縫い合わされた様な、耐え難き痛みを超えた痛みが這い上がるだろう。
「君は、何処で “人間” を忘れてきたーーッ?」
ーー追憶の中。 彼は腕を無くした同胞を見た。 彼は足を無くした敵兵を見た。 彼は心の壊れた廃人を見た。 彼は頭の壊れた障害者を見た。
どいつもこいつも……いや、 “どれもこれも” ありふれていた。
しかし押し並べて敗者。 彼等は死者ではなかったのだ。
敗北ばかりが満ち、逃走ばかりに堕ちーーだが、外部から与えられた力は、元々程度の低い危機感をより一層鈍化させたのだろうか。
死ぬよりも苛烈に辛い感情とは、今、己を蝕むコレだと初めて納得しながらも、渇望し求め続けるは縋る行為ではない。
何にも縋らない。 誰にも求めない。 差し出し、そしてまた奪う。
「何度も……食い潰せと、願った。 だが、俺に根を下ろした叡智は、エサの喰らい方も、知らなかった」
だから呪いの声を届かせなければならない。
『機械仕掛けの核』とは身を蝕み殺してしまう自滅因子の類いではなく、故に遂に機械兵たちは俗世に逃げ込み、もしくは逃げ帰ったのだ。
いつの時代か掘り起こされた『叡智』は、真なる救いの担い手だったが、神成神奈斗はそうは思わず、護身の銃と剣こそ最後の盾であり最初の矛であるのだと信じている性根は断言する。
機械兵は延命措置を受けた負傷者に在らず。
そして、彼は血の枯れた傷ばかり。 歪み固まった骨ばかり。 だが健常。 理由も無く生き抜く為に戦い続けた身体は、人の枠から外れたがっていた。
外道の行為。 道徳の欠落。 破滅と自壊を容認するーー。
精神が肉体を凌駕したからこそ、ずっと以前から、そうであったが故にーー。
覚醒は留まることを知らず、進化は収まることを知らず、適性を適応で補うのだ。
『我が身を食い潰せ』
脳髄から下り、蝕む核への伝達は指令ではなく強行せよとの号令である。
生命を燃やすのなら己を糧として、身に巣食う何かに捧げるべきでないか、それこそ必然ではないか。
兵士なのだろう? ならばこそ、当然として傷に溺れるのだ。 痛みを痛みとして感じぬ程に。
戦士なのだろう? ならばこそ、当然として血に酔うのだ。 汚染された視界が清浄の空として見える程に。
命を棄てて、命を奪え。 それは至極当然なのだ。 そうでなくてはならないのだ。
明るく、救われる未来など、殺人者達は夢に見てはいけないーー故に強く、強く、恋い焦がれるほどに強く、ただひたすらに強く、強く在らねばならない。
そうでなくてはーー地獄へ落とした者達へ、この世からどの様な顔を覗かせたら良いのか。
「どこまでも、『兵』なのだな」
「ーー」
深い呼吸を伴い、神奈斗の吐き出す吐息は紅い。
正体は血であり、その血は人類にとっての解析された劇薬だ。
肉を蝕み、血を犯し、長い時間を掛けて元々流れていた彼の身体を瀉血した。
紅い血の色素が蒸発を始め、ただ荒く深い息を吐く姿すら、人ではない何かに見せる。
「問おう、神成三等兵」
死んでも構わないという自壊衝動が、何が何でも殺してしまいたいという殺人衝動を凌駕した。
愛らしく、弱々しく、そして歪んだ庇護愛を求めた異能力者から分け与えられた『宇宙ナメクジ』の血液。
崩壊間際の『機械仕掛けの子宮』が託した劣性で悪性の強い『機械仕掛けの核』。
二つは反発せずに溶け合っていると『器』は信じ、もはや創作物の特異な者達よりも魁偉で怪奇な存在と成り果てる。
内に蠢く存在が精神的な邪悪ではないと、これは確実にそのままの意味での『武器』だと理解し、震えるのは歓喜によってだ。
「今の気分はーーどうだ?」
「……あぁ、なんて言ってるのか、分からないがーー」
その言葉は開戦の合図には幼稚だった。
学が無く、知識しか無い彼には適切な会話を選ぶ余裕が今は無く、だが、敵対する者が見て分かる様にーー刃と銃口と、翼と、そして眼光と、表情を示すのだ。
「 元 気 い っ ぱ い だ ぜッ!!」
理屈と理論で稼働する兵装を体内から突き破らせた姿は、しかしながら獣であった。
爪牙として武装し、本能としてそれらを剥く。
距離にして不遜な大股歩きで十歩。 だが加速は一歩にも満たない身体の運びだった。
迷いが無いと言え、腹を括ったと呼べ、勇敢と表せられ……その実、勝利と敗北を知る男は勝つつもりでいるのだから、唯一の確定的要素は同居し融和した自壊と殲滅の意志である。
神奈斗の背を破り爆発的な加速を可能とした機構の翼と、ゲルドハルドが同じく背から生やした多重多間接の機械仕掛けの節足は、互いの本体が触れ合う前に激突する。
目も眩む多量の火花は、耳を劈く鮫肌の様な金属表面の摩擦音と同時に発せられ、互いは互いの速力を殺し合う。
見えるだろうか? これが悪魔も逃げ出す人間の素晴らしき本性だ。
己が身を喰い潰すーーそしてまた、救済の叡智だった力を食い荒らす。
ひしゃげた左右の腕は一刻も早く元の骨格になりたがるだろうが、『機械信号』は確かに在るべき人体の修復を形だけでもと作用するが、知らぬと呆けた。 分からぬと断じた。 くだらぬと宣った。
だが、時に外道なる治癒の異能は邪道の使い道を見い出せる。
ゲルドハルドは自身の鉄塊すら切り裂く鋏状のブレードが、武装を纏わない対象の左腕を切断せしめたと思い込んだ。
常人の人体をナマス切りにする大業物の『人切りバサミ』の片刃が、強制する骨組みを断ち、皮膚を裂き、肉を潰し、骨をーー骨を断ち切れなかった。
真っ向対面から一秒という冗長な時間が経った瞬間、神成神奈斗は本能のより深くに蠢く、生き延びてきた弱者の狂ってしまった生存本能を、おどろおどろしい本性を露わにするだろう。
二度と恐ろしい二対の刃が口を開けぬ様に、割かれた肉の傷口から吹き出した鎖はデタラメに、だがその悪魔的なゲルドハルド鋏状のブレードを絡めとる。
重い。 ただただ、その血に錆びた様な金属食のそれは重い。
精製した神奈斗の全体重を優に超えーー自切を選ばせるよりも速く、そして第三の接触の準備は終えていた。
より速く左脚を踏み込み、より速く右脚は地を蹴り、彼の右腕は何度か創り出したパイルバンカーの形状はもはや定石である。
余程その手に馴染むのか。 それとも、これが知る限りの人体に対して多大な損傷を与えると思っているのか……武装機構は火を放てば加速し、鬼神の如き眼光と野獣の如き眼力は、対象に迎撃を選ばせる程にーー。
「君の負けだッ!!」
空前の灯火が仮に強風に煽られ掻き消えるならば、その瞬間こそもっとも苛烈に火が灯るものだろう。
明日は要らぬと断じた。 未来を知らぬと断じた。
『生きる事が戦いならば、人は戦い続ける事が宿命なのだろう』
否定すべきを選別せよ。 同時に肯定すべき事象を心底澱みなく選別せよ。
戦いたいのか? 生き延びたいのか? しかし知れた事。
呼応すべきだろう、人の知恵よ。 真なる獲物を狩る為に。
まだ、まだ彼は誰一人として強者を狩ってはいないーー故に、死ねないのだ。
対峙者が殺すつもりの決闘ではないのだとしても生命を賭し、抵抗ではなく最後まで殲滅する気でいる。
だから、ゲルドハルドは牙を折る。
だが果たして、ゲルドハルドが牙を折ったのか、折ったつもりなのかーー否、苦虫を噛み潰したように笑みを浮かべたのは、ゲルドハルド自身が消えぬ闘志と潰えぬ闘魂の、一番底を見誤ったからだ。
挟み込み、そして断つのではなく、神成神奈斗の覇気とも呼べるソレが、武装を砕かせた。
だがそれは何度も自壊し、そして何度か破壊された時とは比例出来ぬ程に硬質化しており、己の得物が同じ様に砕けた時に気付くーー形だけを模した、これは殻であったと。
……最後の最後、最大限に痛めた身体と底をついた異能は、遂に打ち止めとなる。
劇毒を克服する事は未だ叶わず、視覚も嗅覚も聴覚も均衡が崩れ、戦闘行為の停止が近い事を彼は痛感していた。
「……いいや」
だから戦う。 生きる限りは戦い続けねばならぬという、それはもはや呪いの類いではなく、完全なる一片の欺瞞も無い使命感だと断言する。
あれもこれも求め、そしてそれもこれも犠牲にした。
選び、情けなく言葉を選ぶならば彼は縋り続けたのだ。
得体の知れぬ叡智を内に孕ませ、その胎内は宙から零れた血で満たされていたのだが、結局は巡り巡って、それらも神奈斗の闘争本能の手足には成り得なかったのである。
武装が砕け、ひしゃげた右腕が現れた時、初めから持っていたモノに縋る姿は滑稽であるが、ゲルドハルドは本質を刹那的に理解し、その素晴らしさに畏怖を覚えた。
「俺のーーッ!!」
対装甲車用三弾装填回転式大型拳銃。
神奈斗の最後の手段はこれまで数人の機械兵を地獄へ落したそれは、愛すべき、そしてもっとも信頼のおける得物だったのだろう。
省みぬゼロ距離射撃の敢行ーー対象の機械仕掛けの眼球を分厚い銃口が砕き、つまり彼は格上に対して勝つ気で、そして殺す気でいる。
「俺の勝ちだぁぁあッ!!」
手負いの獣も、死にかけの乞食も、反射で動く害虫もーーどの存在も、所詮は己の敗北等を理解出来ぬ低次元の存在なのだろう。
ーーー
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