第4話

「我々はね、自分たち自身で絵を描かない、つまり、トレスや模写、転載をする集団なんだ」

「は……?」

いばらに貫かれた腹から血が多く流れている。涙音は失血のしすぎで聞き間違えたのかと思った。

しかし、その手下と思われる絵師たちは納得顔である。

トレス絵師、模写絵師、どちらもまだ絵を描くから能力自体は使える。だが、無断転載絵師、描いてもいないのに能力が使えるのは本当に謎だ。

「私はね、神の声を聞いたんだ!」

突然何を言ってるんだ……?

「暇を持て余した神様は、我々人類に神に近づく機会を与えてくださったんだよ!!」

神さま……?

息が苦しい。

「神様は能力を平等に与えた!でも!力の差があるのを疑問には思わなかったかい?」

もう、返す言葉もない。呆れているのもあるが、頭が朦朧としてきている。

そもそも、返事すら返せる状況ではないのは見てわかるクセに未だに拡声器で喋り続ける意味は何なんだろう。

「絵師の力は!自分で描き続ける事で成長させていける!だが退屈した神様は、闘争を求めた!その血肉を喰らえば、能力を自分のものにしていける能力をも与えてくれたのだよ!だから!」

…だから……?

未だに動かない父と母。事故に巻き込まれて血まみれの人たち。

涙音は顔を上げる。

「周りを巻き込んでまで、私を食べるって…?」

その目には、怒りのような強さが宿っていた。

「良いよ!その目!私は目を食べるのが好きでね!トレスや模写、無断転載していくのには良い目が必要なんだ!!」

「……」

もはや返す言葉もない。

涙音は無言でまだ動く腕を高く上げ、振り下ろした。

「えっ」

目に見える敵、全員の体に紅い薔薇が咲く美しいいばらが巻きつく。

「……私はね、グロテスクが嫌いなの。邪魔だから、綺麗に死んで。」

そうこう喋っている間に自分の体にもあちらの能力で返ってきた薔薇が咲き誇るいばらが巻きつく。が、そんな事は気にも止めない。

何故なら、次の絵は出来ていたから。

「死ね。」

冷たい死刑宣告。見える敵全員の胸に真っ白な十字架が突き刺さる。

流れる血はいばらを伝うが紅く咲き誇る大輪の薔薇はそれを更に引き立て、グロテスクさよりも病んだ美しさが際立った。

誰も動かない、やっと終わった。

「神様から声を聞いたんでしょ?なら、祈りながら死ねたんだから贅沢なものでしょ?」

「…驚いた……とても、贅沢だよ」

返ってくるはずのない言葉。

涙音は背筋が凍る思いがした。



雲の広がる空を、今までにない速さで飛び、抜ける。

とある街中の上空。

そこだけ大量のカラスが鳴き、空で円を描くように舞っていた。胸騒ぎが、不安が、更に大きく声をあげた。

こちらを見つけたのであろうカラスの軍団。そのうちの1羽が寄ってくる。

「キンキュウジタイ、ルイ、キンキュウジタイ。アカネ、キュウジョ。」

しわがれた声で単語を連ねるカラス。言葉を聞き取るや否や緋音は即座に、カラスの集う場所の真下へ滑空する。

倒れる人、人混み、大破した車が、いばらに囚われた誰かが見える。

緋音は渾身の力を込めて黒を作った。

視界を奪う、光さえ通さない完全な黒は騒動の渦中にある地上に向けて放たれた。

音もなく、

地上は一瞬で黒に包まれた。

たった今到着したメディアも突然降ってきた黒いドームに驚いていた。

緋音は出来た黒に躊躇なく飛び込む。完全な黒の背景に絵を描いてきた緋音にとって、視界を奪われた彼らを見渡し瞬時に状況判断する事はたやすい事だった。

巨大ないばらに貫かれた妹。血まみれで倒れている父と母。

無言で、いばらを切り落とし妹を助ける。

「あ、か、……ね?」

「遅くなってごめん」

妹を倒れている両親の元に連れて行った所で声が響く。

「いやー!素晴らしい!この目潰しはいくら返しても君には効かないようだ!」

どこか理性のタガが外れているような声が聞こえる。

「神様は私にお声をくださったんだ!私が負けるわけにはいかないんだよ!」

白い十字架が突き刺さったスーツ姿の男。

「神様?知らないねぇ、俺は、でびる だから。」

緋音の声はいつになく静かだった。

「神様は我々に力を与えてくださった!神様は直接私にお言葉をくださったんだ!!私は、神に近づける、いずれなれると!!」

ズルズルと十字架を引きずりながら大きく手を振り回すスーツの男。

涙音にも突き刺さっていた、あのいばらが襲いかかってくる。

「チッ……!!」

避けきれず右目に棘が突き刺さる。

いばらの棘から目を引き抜く際に、倒れている母の手を踏んでしまった。

「あ、」

謝ろうとつい後ろを振り返ってしまった。再び暴れだすいばらに、体をなぎ飛ばされる。

「いっ……!!」

倒れた先で、自分の体が以前の火傷といばらの傷とで万全ではない事を思い出した。

ただただ暴れるいばら。妹も倒れる家族と自分を守ろうと必死に防御に回っている。

「緋、音…る、い……」

途切れ途切れの母の声が聞こえた。

「大丈夫、だ、よ……」

「お母さんッ!!」

慌てて母の元に駆け寄る。

母の指からフワリと色彩が溢れる。

「お母さんッ!無理すんなっ!」

「よかった、お母さん、生きてたなら、もっと早く助けてよ…!」

駆け寄る娘2人を、母の指からフワリと滲み出た色彩が淡く包み込む。

「産んだんだ、から、2人の身体のイメージも、全部…出来てるよ……大丈夫、」

「待ってお母さん、無理したら!!」

必死に母を止めに入る。これで死なれたらたまったもんではない。

黒の中に淡い色彩が浮かぶ。

「なんだ、母親も絵師だったじゃないか!!おいお前ら、何モタモタしてるんだ、絵師が、3人もいるんだぞ!!」

もう動けない、動かない手下達が見えていないのか必死に叫ぶ男。

「滑稽、だ、ね、」

お母さんは途切れ途切れに男を嘲笑う。

母は一体何を描くのだろう。暖かい色彩が体を覆っていく。

「え、嘘…」

「傷が…」

2人の身体のイメージは出来ている。母が言った言葉。

失われた身体の部位を正確に描き出す色。皮膚や筋肉、内臓に至るまで正確に。


完全に身体が治るまで数秒とかからなかった。


振り下ろされるいばらを背景の黒に馴染む黒で作った翼で薙ぎ払う。

「お母さん、ありがとう。もうちょっとで終わるか----------

「ご、めんね、お母さん、先に…お父さんと一緒に……」

母に遮られた言葉。母の言葉のその先は聞こえない。

絵師を引退したハズの人。人の失われた一部を描き出す高度な技術を使った代償がコレなのだろうか。

どんなに祈った所で、神様は笑って見ているだけなのだろう。


「お母さん、お父さん、ありがとう…、


安心して。


2人とも、俺たちが食べるから。」


「……」

涙音は何も喋らない。ただ、涙を堪え指先に怒りを込めている。

神様大好きスーツ男は未だに喚き散らしている始末。

攻撃を防ぎながら涙音に尋ねる。

「涙音、自分の顔を隠すモノを作れる?」

「…なんで、いま…」

「外には野次馬とメディアだらけ。この目潰しの黒を消さないとあっちの攻撃も見づらい。だから消して、一気に潰す。そんで、逃げるよ」

「……了解、」

涙音がお面を描き装着したのを確認すると、緋音は自分の顔を覆う猫の半面を創り出し、この場所を覆う黒をかき消した。

その途端に『おぉぉ!!』『消えた!』などなど外野からの歓声が上がる。

面で隠された顔はメディアには映らない。

「見つ、けたアァァァァー!神に、なるのは、私だあぁぁぁぁ!!」

単調な動きのいばらを避け、涙音に伝える。

「よみ!!くれぐれも本名は喋るなよ!!」

「…ラジャ!」

一瞬いつもの名前と違う呼ばれ方をして戸惑った涙音だが、すぐさま理解をし、返事をした瞬間。涙音は一瞬で地面から剣を大量に出現させていばらの動きを止める。淡い色彩で美しい模様を持つ西洋の剣だった。

「そんなのこっちの力で…」

「やる暇はねぇんだよなぁ」

真っ黒な翼で間合いを詰めた緋音は、真っ赤なナイフのように鋭い爪を男の首に突き立てている。

「ま、待て、聞いてくれ、手を、手を組もう!そうすればほら!君も、神に近づけr」

ずぶり。

言葉を遮って首に爪を刺しこむ。

「…かっ、ぁ……」

「俺の家族に、俺の妹に、手を出した奴と手を組む?……無理」

「ぇガッ???!!」

そう言いながら首に刺し込んだ爪で思いっきり首を引き裂いた。2人の死を、巻き込まれた人々を弔うように赤い紅い花が引き裂かれた首から咲き誇る。緋音の面や服にもその血は飛び散ってくる。

その瞬間を1度目にした涙音は目をそらすように美しく巨大な蝶を描き出し父と母の体を持ち上げさせた。

「よみ、先に行け。すぐに追いつく」

やりたい事があった。

「おけまる。」

涙音は紫色が美しい蝶の羽を広げ、巨大な蝶と共に飛び去る。


一方で、ギャラリーは呆然としていた。こんな、映画みたいな事があるのだろうかと……。


静かになったギャラリーをよそに、緋音はまだヒクヒクと動くスーツ男の顔を見つめていた。胸に突き刺さった白い十字架。

「コレが神様の選んだ結末なら、俺は悪魔-でびる-として、神様を否定してやるよ…」

緋音は、その目玉を強引に抉り出し口に運んだ。まるで、小さな果実を苛立ち紛れに喰らうように。


神になると叫んでいた主人のその目玉には、見るチカラが感じられた。絵を描くには良い目も必要だが…さっきの戦闘での能力を思い返すと絵自体を描くことには慣れてない…そんな気がした。


『悪魔…』『やば…』

ようやっと喋り出したギャラリーに目を向ける。

騒めく会場にメディア。

(恐らく)涙音が作ったいばらの障壁も薄っすらと消えかけている。

ここにもう用はない。


悪魔は目玉のくり抜かれた死体から十字架を引き抜き、乱暴にその足首を掴み上げ、真っ黒な翼で事の発端となる人物の死体と共に飛び去る。


その姿はまるで、人を地獄へ連れ去る悪魔のようだとされた。

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