第2話

ガチャ……

日没寸前の薄暗い時間。家のドアが開いた。

「ただい、まー…」

姉の声だ。疲れ切っているのか、声は小さく途切れ途切れだ。

はぁ……

姉のことだ。またどこかの絵師と戦ってきたに違いない。

「おかえ、りー」

姉と同じイントネーションで言葉を返しつつ玄関を覗く。

「ちょ?!」

驚いた。目の前には体が所々焼け爛れ、血を流すボロボロの姉が壁伝いに立っている。

「何?!また他の絵師と戦ってきたの?!」

「いや今回はあっちから…」

そんなんどうでもいいわ!!

戦ってきたことに違いはない。ボロボロの姉は今にも倒れそうだった。

グロいのは嫌いだ。

私は姉に駆け寄ることも、その傷を介抱してやる事さえも躊躇っている。


「お肉、一緒に食べようと思ってさ、…倉庫に入れておいたぜ」

妹はグロいのが苦手だ。綺麗なグロは好きだと言うが、それがどの程度までのグロが好きなのかはよく分からないでいる。駆け寄って介抱してもらいたいのだが、今のこの状態ではそれも難しい。

「っ……」

目眩がする。全身の火傷がビリビリと痛みを脳に焼き付けてくる。もうそろそろ立っているのも難しそうだ。


あぁ、ツンデレのマイシスターにあーだこーだ言われながら介抱されたい……。


これが言葉に出てたら大惨事だが、既に目の前は真っ暗で全身の感覚は無くなっていた。


「ちょ!!緋音-あかね-!!」

男口調で男勝りの姉が倒れる。

「チッ……!!」

手を前に掲げる。瞬時に創造したのは柔らかくその傷にダメージを与えないもの。そして尚且つ、あとあと治療に役立つもの。

白くフワフワしたそれは優しく姉の身体を受け止める。

私の絵は姉と対照的。切り絵風の鋭さを誇る緋音と違って、私は淡く滲むような柔らかい絵。まだちゃんと戦闘で使ったことはないが、別に誰かと争う気にもならない。

そう、こんなボロボロになるくらいなら……

姉に向けたこの眼差しが、呆れなのか軽蔑なのか、よく分からない。


「……んん?」

目がさめるとそこはいつもの自分の部屋だった。

「ふぇ?」

何かおかしい。

動けない。

柔らかい何かで固定されている。

これは、監禁というか…拘束というか…


ガチャリとドアが開く。

「あ、起きた?」

人を監禁の如く拘束しておいた妹は、何食わぬ顔で部屋に入ってくる。

「お母さん大激怒なんだけど、」

「いやなんでこんなガッチガチに拘束されてんの俺」

話が噛み合わない。双方の話したいことの主張が激しい。

「まぁこれ食えよ…」

芝居掛かった口調で妹は、湯気が立つ皿を差し出す。

「ねぇ、マイシスター。この動けない状態で食えと?」

「仕方ねえなぁ…」

おらよ、とスプーンですくって口元に運んでくれる。

優しいなぁ。口元に運ばれたお粥を口に流し込む。

……ん?

「ぉ熱゛ッ?!あ゛っつぅ?!」

火傷する!!全身の火傷に更に口の中まで焼け爛れちゃう!!

熱々ドロドロのお粥は熱を保ったまま口の中で暴れまわる。

「あぁ、冷ますの忘れた、」

「ヴァァ!!てめぇ!あっつ!涙音-るい-、お前てめぇワザとだろマイシスター!!」

「なんで一言に二人称4つも入ってんだよwww」

姉妹の会話は側から見れば険悪だが、これはこれで仲良くやってるのだ。


「てかお前、あのボロボロの状態で絵師の肉処理してたの?」

「はふっ?あぁ、お肉はちゃんと処理しないとすぐ、はふ、悪くなるからな…はふ、」

ふーん、と聞き流す妹は次々と口にお粥を注ぎ込んでくる。

「そんなんしてっから、ぶっ倒れるんだよ」

それはそうかもしれない。だが、食べ物は大事にしないと……

「はふ、ねぇ、ちょっと、あふっ、、もぐ、ふあ、ねぇちょっと喋らせてッ?!」

「ん?あぁ、すまねぇな」

涙音の表情には笑みが浮かんでいる。この子はこれで楽しんでいる。ドSというか、毒があるというか…

「まぁ食えよw」

「ねぇw」

2人で顔を見つめ合って笑い合う。

これはこれでバランスが良く取れた姉妹なのかもしれない。


ガチャ!

勢いよくドアが開く。

「緋音!!あんたまた絵師と!」

母親だ。

「ふっかけられたからやっただけだよ、大丈夫誰にも見られてない」

「問題はそこじゃないの!もう、お母さんあんた達の事が心配で心臓が保たないよぉ」

お母さんがガシリと腕を掴む。

痛ぇ!!!!

「おぉぉお母さんそこダメえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

「うわぁ?!ごめん?!」

素早く手を退ける母。火傷した所を握られるとこうなるのか…。なんとも素っ頓狂な声が出てしまった。

「あんたなんて声出してんの…www」

顔を隠す母は笑いを堪えている。

妹は、それを見下すかのように見ているが…恐らく彼女も笑いを堪えている。


大量のガーゼと包帯でグルグルにベッドに固定…いや、拘束されている姉。

緋音は優しい。いつも私のことを考えてくれていたり、両親や友人、周りのことを考えている。

恐らく今日も他の絵師に、その異常な狂気を押し付けてきたのだろう。

家にいる時、仲間達といる時とは比べ物にならない狂気。悪魔-でびる-を名乗る、病みと緋色を纏う絵師。

自分でつけた厨二病な二つ名『病みの緋い悪魔』はしっかりと板にはまっているし、伊達じゃない。

だが、

私だけが、その優しさと気楽さ、緋音の本当の弱さを知っていると思うと、ふと愉悦を感じた。


お父さんが帰ってきて、皆が夕食の為にこの部屋から居なくなった頃。

緋音は1人、妹、涙音が愉悦を感じていたのを思い出していた。

「ふぅ……負けてられないねぇ」

最大のライバルであり、最愛の妹。それに負けない為に、一歩でもリードしていたいが為に頑張っている。

悪魔と呼ばれ、悪魔-でびる-を名乗る絵師は静かに目を閉じた。


絵師は画力-チカラ-を求めて絵師の肉を喰らう。


今ある幸せを噛み締めて、悪魔は眠った。

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