神絵師は肉を喰らう
でびる
第1話
絵師
ーそれは、絵を描く者。だが、それだけの存在に在らず。絵師の持つその画力は能力-チカラ-となり、画力を求める闘争へ身を置くこととなる。更なる画力を求め、神絵を描く為に絵師は絵師を喰らう。ー
燃え盛る炎が、必死に身を守ろうと翻した肌を焦がす。ジリジリと焼ける肌に顔をしかめた。
「あっつ…!!」
食いしばる歯には牙にも見える発達した犬歯。この戦闘でやや押され気味の絵師は、目の前で不敵に笑う絵師を真っ赤な瞳で睨みつけた。
「切り絵風の絵、ねぇ。僕の絵にはどんなレベルアップをもたらしてくれるのかな?」
炎のようなオレンジ色が揺らめく瞳をした絵師は楽しそうに語る。
「僕は火が好きなんだ!火を描くのがとても楽しいんだよ!」
そう、絵師の能力は、絵師の得意に比例する。この絵師は火を描くのが得意。そして彼が得た能力は、炎を描き出し自由に操る能力。
一方こちらは、切り絵風の絵。単色で描く、鋭く細かな絵で爪や悪魔羽など鋭いものを得意とする。
焼けた皮膚の痛みを堪えて呼吸を整える。
「炎が得意、か…」
俺の絵にどんなレベルアップをもたらしてくれるのか。それはこちらも気になる所だ。
-やるしかねぇ、か…-
赤い瞳は、楽しそうに炎を操る絵師を睨みつける。そして覚悟を決めて、敵めがけて思い切り地面を蹴りつけた。
燃え盛る炎の中に飛び込む身体。
燃える皮膚が、肌が、悲鳴をあげる。
熱い、熱い、熱い、熱い、
だが、その瞳には熱さと痛みに悶える苦痛の色は微塵も見えない。それどころか、三日月型に歪んだ口が狂気の笑みを浮かべている。
炎の中から見えた敵の姿。
振り上げた右手には光さえ吸収する完全な黒で作られた凶悪な爪が纏われ、敵との距離を一瞬で縮めた完全なる黒でできたコウモリのような大きな翼は大きく羽ばたき更に加速させる。
炎から飛び出たその姿は、
見る者に恐怖を与え、
他の絵師からは悪魔-でびる-と呼ばれていた。
「っは?」
炎を操る絵師は、炎の中から突然現れた凶悪な爪で一瞬のうちになぎ飛ばされた。
「ぐっ、え…っ?!…なんで?!」
普通の人なら火傷を恐れて炎には近づかないはずだ。しかも、だ。自らの体が焼ける事など気にも留めず、炎の中を飛び、攻撃してきたのだ。それも笑いながら。
目の前にいる絵師は、彼女は、普通ではない。
先ほどまでの彼女の劣勢はなんだったのか。背筋が凍るような思いだった。そうだ、先ほどまで、あんなにも戦いたく無さそうな、火傷に苦痛の表情を浮かべていた彼女が。バーサーカーとでも言うのだろうか?
自分はとんでもない相手を敵に回した気がする。
ゆっくりと頭を擡げる絵師は、全身が既に火傷まみれ。だが、その目にはまだ余裕と、そして狂気がある。
「俺の絵はね、塗り潰すのが得意なんだ…」
そう言う彼女の体は徐々に赤と黒に覆われていく。火傷で負傷し、赤く爛れた部分は赤、それ以外は黒と、その肌に異様な模様を描いていく。
まるで、どこかのアニメの悪堕ちの瞬間でも見ているようだった。
「痛みも、傷も、線画のミスも全部、塗り潰すんだぜ」
屈託のない笑顔で言う。
いくら火傷や傷を能力で覆って補修したところで怪我の修復には繋がらない。相手から受けたダメージが酷いなら逃げるのが当然だ。
なのに何故?
この絵師は狂っている。
オカシイ。
広げた翼と赤い眼、
それはまさに悪魔で……
「ご、ごめんなさい…許して…」
途端に死を悟った。
恐怖を抱いてしまった。
なぎ飛ばされた体勢のまま、
赦しを乞う。
悪魔は笑う。
その笑みが意味するのは…
ドスッ
腹から背中を突き抜けて真っ白な何かが突き刺さる。
驚くほど白くて、鋭く細かい模様が施された 剣。
「かはっ、」
口からは赤い血が吹き出た。
「俺が基本的に扱える色はね、黒と赤、そんで、白」
悪魔は笑いながら、地面に固定されて動けないこちらの顔を覗き込む。そして空を指差して微笑みながら自慢げに言うのだ。
「白は目立つからね、雲に紛れるようにちょっと前から描いてたわけよ」
ニヤリと笑う。
そしておもむろに手を前に出し、スライドさせる。その指が辿った場所には黒が生まれ、新たな剣が生まれた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
それは今腹に刺さっている綺麗な模様の施された剣とは違い、ただただ黒く肉を離さないと断言するかのような凶悪な返が幾重にも付いた凶刃。
「ちょっ、待っ……」
ザクッ、ザクザクッ
「ぐっ、が、ッあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
それぞれ左手と両足に突き刺さり、絵師の身体を地面に固定する。骨が、肉が悲鳴をあげる。
「キッヒヒヒヒ……ッ〜〜♡♡」
悲鳴を聞いて昂ぶる精神。更なる悲鳴を想像して笑いが溢れる。
「……ッ!!このぉっ!!」
僕っ子の絵師は残った右腕を大きく降って炎を描く。ボウッと音を立てて襲いかかるも、真っ黒な翼でいとも簡単に防ぐことができた。焦っているのだろう、怖いのだろう、痛いのだろう。色々な感情を察することが出来た。
絵師が能力を使うには一定の動きや整った感情が必要だったりする。そして、想像力。想像力は創造力に起因する。絵師の大半は想像力が豊か。それ故に、我が身のその先を想像してしまい心が乱れるなんてこともよくある事なのだ。
炎を跳ね除け、絵師に跨り右腕を掴み上げる。
俺は狂っている。
そんなこと知っている。
「ひゃはっ!!」
迷うことなく悪魔は欲望のままに、勢いよく、地面に固定されて動けない絵師の右腕を引き千切った。
ブチブチブチッ
「ッぎゃあぁあぁアァァァァッ!!」
紅い水溜りが広がる。
動かせない身体を必死にバタつかせる。右腕を引き千切られたのだ、そりゃ痛いだろう。転げ回りたいだろう。だが、悪魔はそれで終わらない。先ほどまで炎を描いていた右腕に齧り付く。
ぶちり、ぶちり、
赤く滴る血に汚れながら、腕の肉を咬み千切る。肩付近の傷口からは丸い、骨のようなモノがチラチラと見えた。
「あ…、あぁ…ぁ……」
目の前で自分の腕を喰われる絵師。彼は泣いていた。痛みだろうか、喪失感だろうか?
「くふふふふ、美味しいねぇ、」
血まみれの食べかけの腕を持ったまま、絵師に話しかける。血は絵の具のように色を広げ、滲ませていく。
その顔、口は、指は、服は、赤く紅く彩られている。
感覚的に、だが、彼の「炎を描く経験値」なるものも感じられる。
でも、やっぱり何か足りない。
絵師が画力を奪う為には、「腕を奪う」「腕を喰らう」「心臓を喰らう」「脳を喰らう」などなどと様々な噂、解釈がある。
腕を喰らった、だがそれだけではやはり何か足りない。
自身の狂気だろうか?今異常に昂ぶっているせいなのだろうか?自分に足りないのは、悲鳴?血?
他の絵師はどうしているのだろう?
「残すのは…勿体ないよね、なら…」
どうせなら、全てを喰らおう。
その血も、肉も、余すことなく!
それならば、どこが一番画力を得られるなんてもの気にしなくて良い!!
そうだ、それがいい!!
「くくくっ」
自然と笑みが溢れる。
悪魔の血色の瞳が、細長い瞳孔が、
彼を捉えた。
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だッ!!」
彼も何かを察したようだ。
「やだヤだヤダッッ!!ヤだアァァァァァア゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーッ!!!」
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人通りの少ない薄暗い路地裏に、今日一番の、凄まじい悲鳴が響き渡った。
不審に思った人が薄暗いその路地裏に近づくと其処には大量の血溜まり、血飛沫が壁一面に広がっていた。
「う、うわあぁぁぁぁ!!?」
またもや悲鳴が響く。
所々が焼け焦げた路地裏の壁と地面。何があったのか、明らかに人が死んでいる程の血の量、犯人が死体をどこに持ち去ったのかも、どうやって逃げたのかも、分からない。
それはまさに悪魔の仕業だと呼ばれた。
夕暮れ時の空。少し大きめのコウモリのようなものが上空を飛んでいく。その動きは少し緩やかでナニカを抱えているように見えたという。
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